第13話 情報聴取

【女人転母】のブレンドを適した形にし終えたのは空が夕焼け色に染まる頃合いであった。

 早めの夕食を摂り終えた私はポーション類と実験道具を死体二人に持たせ、倉庫の下に作った地下牢へと向かう。

 甘ったるい香の匂い――呪薬【夢幻空華】の匂いに満たされた地下牢では全裸の男たちが眠りについている。


(痛みの緩和、治療時に抵抗が生まないようにする呪いではあるがこれも使い方次第だな)


 香の蓋を閉じると匂いは収まり、椅子に座る。

 部屋の中に滞留する匂いは次第に薄まっていく中、私はペンと羊皮紙を取り出すとバインダーに挟み男たちの身体的特徴を書き始める。


(男たちの名は不明。とりあえず、A.B.Cで区別する。男Aは中肉中背で体毛が濃い。男Bは小柄で痩せぎす。男Cは中背でデブ。皆一様に黒い蛇の入れ墨をしている……と。他の情報は地下に下ろす際に測り終えているし最低限の区別はこれでつけれる)


 匂いが完全に消えたところで暫くすると男たちは意識を取り戻し始める。


「ここは……クソっ!ここから出しやがれ!!」 


 一番最初に目覚めた男Aが格子に掴みかかる。

 声に反応し、他二人も起き始めることに私は笑みを浮かべ、『底無』を引き抜き引き金を引いた。


 ダンッ!!という発砲音と共に男Aの耳を掠め背後の壁に魔力の弾丸が撃ち込まれる。


「五月蝿いですよ」

「ッ……!!」


 男Aは私を睨みつけながら冷や汗を垂らし、格子から離れる。

 その様子に満足げに頭を縦に振り、『底無』をホルスターに仕舞い、足を組む。


「静かになりましたね。ああ、安心して下さい。実験が終われば解放しますから」

「ぐっ……!!」


 憎たらしげに睨みつける男たちの感情をあざ笑いながら持ってきた鏡を手に取る。


「ではまず、実験に入る前に幾つか聞きたいことがあります。答えなけれ記憶を読み取らせてもらいます」

「……ざっけんな!!そんな事できるわけねぇだろ!!」


 激情する男Bが怒鳴り、格子に掴みかかる。

 その様子に私は大きくため息を吐き出し、鏡の鏡面を男Bへと向けた。


「【浄瑠璃鏡】」


 鏡に魔力を流すと鏡面が赤く光り、そして一筋の光が男Bの額に射し込む。

 男Bは目を白目にさせ、力を無くしたように地面に膝をつく。


「【浄瑠璃鏡】は人の記憶を写す鏡。本来の用途は罪を理解し正しい裁判を行うためのものですが、まぁ今回は良いでしょう。……これで私が貴方たちの記憶を覗けば嘘はわかります。質問に答えてもらえないのでしたら、今度は脳でも適当に破壊して話してもらえるようになってもらいますよ?」

「クソっ……!!」


 男Aと男Cは忌々しげに私を睨みつける。が、先程のように抵抗する素振りを見せない。

 有言実行したことで、私の言葉が即座に実行可能な脅迫でしかないことを証明したからだ。

 愉快げに笑みを浮かべ、足を組み直すとバインダーに新しい羊皮紙を挟む。


「さて、話してもらうものは二つ。まず一つ目は何故私を襲ったのかです。貴方がたが物取り、或いは私の身を狙って私を襲ったということは重々承知ですが、その情報は何処で手に入れましたか?」


 私は基本的に外に出ない。

 引きこもりたくて引きこもっているのではなく、身の危険から守るために外に出ることを極力少なくしている。

 だからこそ、情報を売るような愚か者は確実に始末しておかなければならない。


「ちっ……酒場で、『法螺貝の歌亭』で変わった服の女に依頼されたんだ。『ダークエルフの女を生きて連れてこい、その間に何をしても良い』ってな。金払いも良かったから受けるに決まってるだろ」


 男Aは憎たらしげに吐き捨てる。


「その女性は何処に?」

「さてな。酒場で話しかけられてそのまま依頼された。見た目は裏通りの連中に似せていたが肌は綺麗だったし指も細い。何より衣装がここらへんじゃ見ない服を着ていた。多分貴族街の人間じゃねぇか?」

「貴族街ですか。種族は?」

「さてな。ただ、狐耳だったな」

「狐耳……ルナールですか」


 男の言葉に私は眉間に皺を寄せ、羊皮紙の上を走らせていたペンの動きを止める。


 ルナールは人族に分類される獣人種族の一種。狐の耳と太く大きな尾を特徴としている。

 遠い大陸からの流民であり、この大陸――レーゼンドーン大陸にも僅かばかり住み着いている。


(ルナールは奉仕精神の強い種族だと本に書いてあった。同時に、その希少性と種族特性から異端扱いされた恨みから人族に害を及ぼす事例もあるとも。まぁ、私は魔族だが)


 羊皮紙をバインダーから外し、新しい羊皮紙を挟む。


「それでは二つ目の質問です。貴方たちの武器は何処で入手しましたか?」

「これは依頼人が『これを使えば確実に彼女の身動きを封じることが出来る』……て。俺らも何が何だか」

「……そうですか」


 男たちから目を伏せ、顔を手で覆う。


(……ルナールに貴族、か。貴族が原因か、ルナールの単独犯が原因か定かではないが……これは動くべき事案だ)


 明確に敵対行動した者に容赦をするつもりはない。

 人族社会に身をおいているが根は魔族であり、人族社会の異端である。それ故に、時と場合によって法の一切を無視することに躊躇いはない。


「……わかりました。それでは、実験に移りましょうか」


 バインダーから羊皮紙を外し、新しい羊皮紙を差し込む。

『禁忌』に根ざした実験、そのことに興奮し私は頬を赤く染めるのだった。






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