第12話 呪いの薬

「ん、んん……」


 紙とペン、薬の匂いと仄かに甘い香炉の残り香、そして死体の匂いに私は目を覚ます。

 服の全て床に脱ぎ捨て、褐色の肌に日の光が触れ僅かに温かい。実験に熱中し過ぎたせいで服を脱いでしまったらしい。


 体を起こし、部屋を見回す。

 部屋の片隅に二人の死体が体育座りをしており、微動だにしていない。


(私は……ああ、そうか。【舎利仏涜操】で復活させた死体の実験をしていたのだったな)


 近くに撒かれていた羊皮紙の1枚を手に取り、私は笑みを浮かべた。


 死体二人に行ったのは話す、持ち上げる、歩く、文字を書く等の日常的な生活動作に関する実験を行った。


 復活させた死体がどの程度動くことができるのか。


 記憶などをどの程度保持し話すことができるのか。


 脳へのダメージは肉体の機能にどのような影響を出すのか。


 日が昇るまでの間、テンションが高まり寝る間も惜しんで実験を行い、部屋の床に散らばった羊皮紙にそれらのデータが記入されている。


(結果として得たのは『脳へのダメージによって記憶の連続性、行動能力、思考力に影響を及ぼす』『性格自体は変わらない』『基本的な日常生活動作に支障はないが、指先の精密動作の精度は低い』こと。復活させるタイミングでこうした結果が変わってくるか、死因でどのように変わるのかも知りたいところだが……まぁ、今回の主目的では無い以上必要ではない。また今度行うとしよう)


 立ち上がり、コキコキと首を動かすと床に捨てられた下着類を着直す。

 昨日着ていたワンピースを洗濯籠の中に放り込み、適当なシャツとズボンに着替えるとその上から白衣を着直す。


「とりあえず、仕事の方を先に終わらせよう。実験はその後だ」


 両手に革手袋を装着し調合室に入る。

 昨日の実験に用いた道具類が置かれている中、暖炉の鍋を持ち上げる。

 既に冷めており、鍋の中を彩るケミカルな紅い薬液の刺激臭を深く吸い込む。


(……良し、いい感じに出来ているな)


 魔法で再度沸騰させると箱をテーブルに置き、部屋に用意していたザルと木箱を持ってくる。

 薬液の中から大きめの素材を取り出し、ザルを通して木箱に薬液を注ぐ。


(そして、これの中に指輪を入れる)


 別途で保管していた指輪を手に取り、薬液の中に入れると木箱に杖を入れる。


「よいっしょ……」


 ゆっくりと掌から魔力を流しながら3時間ほど時間をかけて搔き回し、箱の中の薬液に染み込ませる。

 暫くすると薬液の色が紅から紫へと変色していき、泡立ち始める。


(そろそろだな)


 杖を抜き取りタオルで拭き取ると木箱に蓋をする。

 釘を打ち付け、蓋を封をすると調合室の片隅に置いて日時と魔法を記載した羊皮紙を貼り付ける。


「これで完了っと」


 革手袋を外し、肩を回す。

 杖を壁に立てかけると大きく伸びをすると、調合室の片付けを始める。


「さて……生かした三人に飲ませる薬を用意しておかないとな」


 仕事が終われば趣味の時間。

『禁忌』に由来する実験、そのための前準備を始めなければならない。


 調合室の片付けを終えると、薬棚の中から木箱を取り出す。

 木箱の中には十数本のポーションがあり、全てに【女人転母】と書かれている。


「【女人転母】……まぁ、性転換及び種族変化の呪薬が妥当かな」


 悪趣味なものを作ったものだとため息をつき、私はポーションをテーブルに乗せていく。


 人族を魔族にするには特殊な呪詛魔法の行使が必要となる反面、人族を別の人族にするのは魔族にするよりも簡単に出来る。

 そのため、人族の中で刑罰や拷問のために種族や性別を変える呪薬が複数開発された。

 【女人転母】は性犯罪者用に作られた呪いであり、男としての尊厳を剥奪し人としての尊厳を犯罪者たちに踏みにじらせることで罰とする刑として今でも使われる。


(しかし、人族はコレを刑罰や拷問に用いるとはよく考えたものだな。いや、あくどいのか?少なくとも、魔族では考えないだろうな)


 魔族が種族変化の呪いを行使するのはコミュニティの維持存続のためか個人の悪趣味のためだけ。それ以上のために種族変化の呪いを使用することはまずない。

 そのため、人族の刑罰や拷問といった尊厳を破壊し社会的に抹殺する方向へと発達した呪詛魔法は魔族視点から見ると非常に興味深い。


(まぁ良い。とりあえずブレンドから変えていくべきだな)


 十数種類のポーションの中から赤、青、黄の三色のポーションを残して木箱に入れ直して薬棚に戻す。

 そして、スポイトと様々な薬液の入った小瓶の入った木箱を取り出す。


 呪薬【女人転母】による種族変化や性転換は種族の血液や精液といった体液を加工して作った薬液を用いることで種族毎の異能力――種族特性を再現することができる。

 あくまで再現であり完全には至らないものではあるが、それでもあるだけで実験の幅を広げることができる。


 薬液を取り出し、ポーションの内の二つに数滴垂らし、ポーションと混ぜ合わせていく。

 作製理由を基軸にそれに適した形に作っていく。呪薬の作製の中でも私は【女人転母】は比較的好きな部類だ。


「ふんふんふふふーん」


 口角を釣り上げながら私は鼻歌を歌う。

 そうして時間は過ぎていくのだ。









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