第11話 死体を操る魔法

 人の家に無断で入り込んだ愚か者三人の身体的特徴を記録し終え、地下牢に放り込むと二人の死体を処置室の台に乗せた。

 三人への実験は二つあり、その一つに二人の死体が必要になるためだ。


(えーと、種族はどちらもヒュームか。銃殺死体の損傷はそこまでではないし、剪断死体の損傷を直せばいけるか)


 手袋を嵌め、私は笑みを浮かべた。

 久方ぶりに実施できる死霊系の呪詛魔法に内心興奮していた。


「さて、道具の準備や時間的に行えるのは【舎利仏涜操しゃりふつとくそう】と【デッドマン・ウォーキング】の二つだけだが……死体の鮮度も良いし【舎利仏涜操】にするか」


 私は作業室の棚から銀色の糸と針を取り出す。

 銀色の糸は散髪した際に出た私の髪を一つに繋げて加工したもので細く滑らかだがピアノ線のように硬い。

 針は人体への施術に使うもので裁縫に使う物より大きい。


 針に糸を通し、魔法で剪断された男の上半身と下半身を縫合して繋げていく。一針一針、丁寧かつ均一に縫っていく様は布と布を繋ぎ合わせるようなものだと思えてしまう。


(しかし属性魔法を使った後に呪詛魔法を使うと思うが、本当に手間が多い)


 属性魔法と呪詛魔法、その原理自体は変わらない。


 違いがあるのは属性魔法は体内の魔力制御、魔力操作で魔法式を組み立てるのに対し、呪詛魔法は材料と魔力の反応を組み合わせ魔法式を組み立てる。

 体内か、体外か。それぞれにメリットとデメリットがある。


(体外方式だと複雑な魔法の組み立てがし易く一定範囲内なら努力と才能のバランスが良い反面、素材選びや作製の手順など憶えることが多くまた一つの魔法を構築するのに時間がかかる。体内方式だと圧倒的に手早く魔法を作製でき習得難易度も低い反面、複雑な魔法を構築するのが難しく才能や種族に大きく左右されやすい。どちらも一長一短、適材適所だな)


 剪断された体を繋ぎ合わせると私は流れ出た汗を拭う。コチコチと鳴る時計は午前3時を回り、私は欠伸をもらす。


「ふわぁ……」


 目をこすり、用意していた火鉢に挿していた木の枝のように細い鉄の棒を引き抜く。

 円形の棒の先端は赤く赤熱しており、革手袋越しにその熱は伝導している。

 男の心臓を目分で測ると心臓を囲うように棒の先端を押し付ける。肌に焼き付く黒い痕はさながら数珠のようだ。

 同じように射殺死体も心臓を囲う焼印をつけ終えると全てを終えると棒を火鉢に戻し、長杖を手に取る。


「よいっしょ……」


 ナイフで左手の掌を掻っ捌き、傷を作る。

 傷から血が流れてくると傷に沿うように長杖の柄を握りしめる。

 血が杖を伝い床に落ちていくのを確認し男たちの胸に焼き付いた印ほどの円を床に描く。


「後は……そうだ、呪文を唱えないとな」


 呪文は人族が編み出した魔法操作法の一つ。

 特定の発声によって歌を歌うことで魔法のイメージを掴むことで威力や精度を高めると同時に魔法の習得難易度を下げることができる。

 今では魔法師見習いが魔法習得のために学習する程度の代物だが、呪詛魔法の中には呪文の詠唱を必要とする魔法も少なくない。


「【冥き虚、虚空に浮かぶ星、伽藍洞の楽園にて狂いし神への歌が響く。――ああ、悍ましき女僧よ。その虚ろな目で私を見てくれ】」


 静かに、腹の奥底から負の感情を湧きあげるように。

 低い声で詠唱を終え、杖に魔力を流す。

 魔力は床に描いた血の円に繋がり、同時に二人の死体に刻まれた黒い焼印に赤い光が灯る。


「うぐっ……!!」


 練り上げられた魔力が引き抜かれ、だらりと鼻血が溢れる。

 十二分に魔力を与えると赤い光が次第に消え、円の内側が消えていく。円の中が完全に融解し、マットが見えたところで死体たちの目が見開く。


「ココ、ワ……」

「アレ、俺ハ……」


 死体たちは声を上げ、マットレスから起き上がる。

 虚ろな目は何も写さず、しかし私の指示を持つようにその場に立ち尽くす。


「確カコノ女ニ殺サレテ……アレ?殺シタイ?」

「分カラナイ。何モ分カラナイ……」


 男たちが支離滅裂な自問自答をしている中で私は男たちの様子を観察する。


(【舎利仏涜操】で復活した死者が記憶の一部を有する。これに関しては文献通りの結果だな。が、射殺死体の方は記憶が損傷している。立てた仮説通りではあるが、脳自体に物理的な損傷が入ると記憶に影響が出てくるようだが……知識はどうなのだろうか)


 記憶は肉体と魂の二つに分けて蓄積される。

 転生の記憶から経験と知識、この二つは別々の場所に保存されると仮説を立てていた。


(死者を操る魔法は種類はあれど『魔力で擬似的な魂を作製し死体に収めることで操作を可能にする』という点に置いては同一。だから新しい魂を入れると知識面の記憶が完全に消去されると踏んでいたが……いかんな、色々と試したくなってきた)


 手に包帯を巻き、ペンと羊皮紙を手に取る。自問自答している二人に私はにこやかに話しかける。


「二人共、実験の時間です。さあ、私の研究に役立ちなさい死体たち」


 寝ることよりも実験を進行させること。

 興奮冷めきれない私は実験へと進むのだった。




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