第10話 魔法薬の作製

 夜。家に戻ってきた私は早速依頼に取り掛かる。

 家の隅に作った調合室で私は様々な薬草や獣の血などの呪詛魔法用の材料を手に取っていく。全て今回の魔法に使用する魔法薬の作製に使うためだ。


(道具に呪詛を刻むのは比較的簡単な作業だ。何せ、特定の薬液を染み込ませて魔力を込めれば良いのだからな)


 道具に呪詛魔法を刻む技術は前世でいうところの化学反応に近い。

 特定の素材を砕き、擂り潰し、煮詰めて出た物の中に入れ、適度な魔力を込めることで素材同士が反応を起こし、道具に呪詛魔法を刻むのだ。

 素材の関係上自然由来のものが多く、包帯やインクといった市販のもので対応するのが難しいため金はかかるが、作ること自体は比較的容易なのだ。


(しかし……最近は外に素材採取しに行ってないから材料が少なくなっているな)


 狼の魔物の血の入った小瓶を手に取り、小さくため息を漏らした。

 呪詛魔法はその多くが魔法を使用する度に新しい材料が必要になってくる。一度使うと魔力に触れた際の反応が悪かったり、逆に反応が過剰になり過ぎる危険性があるためだ。

 しかし、一つの魔法薬――呪薬を作るのに数種類の材料を調合する必要がある。その都度材料が消費されるため、使う頻度が多い素材であればあるほど消耗が激しい。


「狼の血と牙、シジル草、あとは忘却草の花の蜜が枯渇するか」


 シジル草は森林部に生える薬草の一種で葉自体に止血の効能がある。

 忘却草は初夏から夏にかけて青い花を咲かせる薬草で蜜に脳の回路を破壊する毒が含まれていることからその名がつけられている。しかし、毒も転じれば薬となるように、製法によって傷薬にもなる。

 どちらも治癒効果のある薬草だが、魔力でかけ合わせると金属に魔力を刻印する性質に変わる。


「忘却草の花の蜜は時期がもう少し先だし、今度狼とシジル草の採集に出向くか」


 蛇の眼球、猿の耳、蛙の舌、蜥蜴の身、カプル(象のような魔物)の鼻等の各種必要な素材を素材棚から取り出すとテーブルに乗せる。

 テーブルには薬研や金槌、ナイフといった小道具が置かれており、既に狭い。

 その傍らに水で満たした釜があり、魔法で薪に火を付ける。

 革製の手袋を装着し、壁に掛けられた先端に黒い結晶のついた長杖を手にし私は笑みを浮かべる。


「さて、それじゃあ依頼の呪詛魔法【六根清浄】を始めるとするか」


 私は肉切り包丁を手に取りカプルの鼻にを入れ、輪切りにしていく。肉厚な鼻は切りにくいため、体重をかけると上手く切れる。

 形は不恰好ではあるが全てを輪切りにすると釜の中に放り込む。


(さて、次は……)


 蛇の眼球はそのまま釜に入れる。

 ナイフを手に取り、猿の耳、蛙の舌、蜥蜴の身は長さ3ミリほどの切れ込みを均一に入れていく。

 どれも大きくないため丁寧かつ手早く終わらせると釜の中に入れる。


(っと、水が沸騰してきたな)


 釜の水が沸騰してきたのを見越し、狼の血が詰められた瓶を手に取り中身を全て釜に入れる。

 瓶をテーブルに戻すと再度ナイフを手に取り切っ先で薬草類に切れ込みを入れていく。

 全ての薬草に切れ込みを入れると薬研に放り込む。


(あとは狼の牙を砕いて……)


 狼の牙を金槌で砕き、薬研に入れてすり合わせる。

 狼の牙は魔力に当たると他の素材の効能を高めてくれる。釜に入れる前に混ぜておいた方がその効能が高まる。

 薬研で擂り潰し終えると全てを釜に入れる。ここで水を追加し、蓋をする。


(さて、これで後は半日ほど煮詰めてジックリと効能を湯に広げ、魔力を与えれば呪薬の完成だ)


 手にした革手袋を外し、私は欠伸をもらす。


「ふわぁ……とりあえず一区切りついたところだし、眠ろうか……ん?」


 バリン、と。

 玄関の方から響く音に私は反応し、首を傾ける。

 その瞬間、調合室の扉が蹴破られ五人の男が押し入っていくる。それぞれがナイフや剣といった武器を持ち、舌なめずりする。


「へへ、アニキの情報通り極上のダークエルフがいやしたね」

「ああ。あの胸も尻も抱き心地良さそうだし、こんな辺鄙な場所で墓守をしているような変わり者を攫ったところで誰も気づきやしない」

「……そういう事でしたか」


 私の尻や胸を下品な目で見る男達に冷淡な視線を向け、胸を持ち上げる。


(確かに、ウルに比べたら小さいが平均より胸は大きいし尻も大きな安産型。身を狙う男がいてもおかしくない……か)


 郊外で近くには墓しかない一人暮らしの女。

 盗むにしても襲うにしても、狙われやすい環境にあることは事実なのだろう。


(……別に構わないけど)


 私は大きくため息をつき、男達に柔らかい笑みを浮かべた。


「けど、丁度いいですね。実験の材料は多くて損はありませんから」

「ああ?一体何を――」


 そういった男の眉間に一発、風穴が開いた。

 懐から引き抜かれた『底無』から放たれた弾丸が男の眉間を撃ち抜いたためだ。


「なっ、てテメェ!?」

「おや、私を襲おうとした男が殺される程度の覚悟も無かったと?……まぁ私からすればどうでも良いですが。皆さんの身柄、拘束させてもらいます」

「ふざけ――!?」


 私が長杖を手にした瞬間、男の一人が地面に倒れた。


「な、あ?」

「私の魔力に当たられて気絶してしまいましたね。人族というのは本当に脆弱極まりない」

 銃を懐にしまい、長杖を男の一人に向けて私は魔力を練り上げる。


「しまっ――」

「【ウィンドスラッシュ】」


 魔法の名を唱えた瞬間、杖の先端から風の刃が放たれる。

 男は回避する間もなく刃に触れ、剪断される。


(ふむ、久方ぶりに属性魔法を使ったが……存外まだ感覚は残っているものだ)


 いつもは愛用の銃を使っているがウルと旅をしていた頃は杖を用いた属性魔法――火や水などを生み出し操る魔法系統――を使用していた。

 街に居を構えてからは携帯性を重視し銃を愛用していたが、感覚は鈍っていなかった。


「く、そおおおおおおおおおおおおお!!」

「アニキたちの仇だ!!」


 残った二人が私に向かって突貫してくる。

 振り下ろされる剣とナイフを容易く躱し、一人の頭を掴んで床に叩きつけ、もう一人を杖で殴打する。


「あがっ!?」

「がひゅ!?」


 たったそれだけで男達は床に倒れ、意識が無くなった。


(さて、と。とりあえず生かした連中を倉庫地下の第二牢屋に放り込んで死体は後で実験の素体にするか……ん?)


 ふと、足元に転がった男のナイフを手に取る。

 魔力を軽く流してみると、刃紋のような文様が光り始める。

 アイビーたちを襲った襲撃者が用いたものとよく似ている。


(これは……話を聞く必要があるな)


 魔力を過剰に流し、刻まれた呪いを強引に破壊すると私は男たちを見下ろした。


 呪詛魔法を巫山戯た道具にした者の情報源、それを見過ごす訳にはいかなかった。

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