第9話 裏通り

 イメリアという街は海を介した貿易で栄える港湾都市である。

 しかし、整備され人で賑わう表通りと違い入り組んでいて裏通りは治安が悪く道に迷いやすい。


「……しまった、迷ってしまった」


 汚れ、朽ちた建築物が並ぶ細い通りの片隅で立ち止まり、私はため息をつく。


(表通りを歩くとダークエルフということもあってジロジロと見られるからと裏通りに入ったのが間違いだったか……)


 裏通りをホテホテと歩きながら裏通りを見ていく。


 裏通りは表通りには置かれていない商品・サービスを取り扱う店が多い。

 露店・娼館・商店すべてが自己責任。病気にかかろうが借金漬けになろうが騙されようが全て自己責任とされている。

 その反面、少数ながらマトモな価値観の下商品・サービスが売買しているものは市井に出ているものよりずっと良いものが多い。


(贋作も多いけど、その分掘り出し物が安く買えたりサービスを受けたりすることができる。そう考えると釣り合っているのかな)


 商店が多い地区を抜け、娼館が立ち並ぶ地区に足を踏み入れる。

 昼間は娼婦たちも寝ているためか人通りは少ない。しかし、昼間でも起きている娼婦に声を掛け路地裏へと入る男や娼婦に誘われるがまま建物の中へと入っていく男の姿はチラホラある。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 娼婦たちの様子を伺いながら歩いていると、男の絶叫が聞こえてくる。

 声がした方向を向けば、複数人の男が白い髪の女性に取り囲んでいた。


(あれは……)


 その女性に私は見覚えがあった。

 女性は男達より一つ頭デカい。

 その服装は真っ黒なドレスで身を包み、谷間や背中、腋といった部分を隠すつもりが無いのか全て曝け出している。

 金銀細工のネックレスや胸元に赤い宝石のブローチを着けていることはある種のステータスのようにも感じる。

 遠目から見ても柔らかそうなパーマの入った白髪から羊を思わせる捻れた角が生えており、彼女が獣人であることを現している。


 名前をウル。私の数少ない友人の一人で、魔族――ホワイシープの女性だ。


 ウルが剣を振りかぶった男の頭を掴み力技で放り投げたところを見た瞬間、懐にしまっていた『底無』を手に取った。


「あの馬鹿……!!」


 即座に六発。引き抜きざまに『底無』に装弾できる非殺傷の弾丸最大数を放つ。

 六発の魔力の弾丸は弧を描き男達の首の付け根に直撃。衝撃でそのまま意識を刈り取られ、地面へと倒れる。


「よいっしょ」


 そう言いたげな緩慢な動きの拳を振るう。

 その動きとは裏腹に鋭角を抉るような鋭いアッパーカットが男の顎を捉え、粉砕する。

 男の体が地面に倒れると同時にウルは振り向き、頭掴むとその頭を力技で地面へと叩きつけた。


(相変わらずのパワーファイターだな……。魔力の消費を最低限に済ませれただけマシか)


 私は再装填した魔力を分解し懐のホルスターに仕舞う。ウルもまた私に気づいたようで、上半身の半分を覆う乳房をブルンブルンと揺らしながら駆け寄ってくる。


「カトレアちゃん、久しぶり〜」

「ああ、久し――おぶっ!?」


 間の抜けた声と共にウルは私の頭を自身の胸に抱き寄せる。

 柔らかい、羊毛のように柔らかく温かく心地よい。

 それでいて汗ばんでいるのか酸っぱい匂いと微かに甘い匂いが鼻腔を満たす。

 至福。そう断言できる中で背中からミシミシという音が聞こえてくる。


「――痛い痛い痛い!!骨が、骨がミシミシ言ってる!!」

「あはは、ごめんごめん。久しぶり過ぎてつい、ネ」


 ウルから解放された私は僅かに距離を取り、警戒心を跳ね上げる。


 ウル自身の性格は温厚でスローペースの一見すれば無害そのものな印象を与える。

 しかし、そのタフネスと筋力はホワイシープのそれでヒュームの成人男性なら甲冑を着ていても投げれてしまうほどだ。


(熊のじゃれつきで人は死ぬ。つまりはそういうことだ)


「もー、どうしてそんなに警戒するの?」

「当たり前のようにハグしようとウズウズしてるから。私は抱き枕ではない」

「でも旅をしてた時は抱かせてくれたじゃーん」

「それは狭い一人用のテントに無理矢理入り込んできたから仕方なくだ」


 ジリジリと詰め寄ってくるウルに私は辟易としながら雑談を交わしながら事態の話を聞く。


 ウルは娼婦として店を経営している。

 規模自体はそこまで大きくないものの、本人の趣味嗜好と相まってそれなりに儲けているらしい。

 その事に納得のいかない娼館の経営者が先程のゴロツキを雇い、襲わせてきたらしい。表通りなら衛士に捕まるが、裏通りは穴場がそれなりにあって襲撃のリスクが高いのだ。


「月に何回かあるけど、ここ最近は週に四、五回はあるかなぁ。カトレアちゃんも注意しなよ〜」

「私の住んでる場所は郊外だし、元より人族との関わりが薄い。そこら辺は問題ない」

「カトレアちゃんは私以上に容赦ないものね〜」


 朗らかに笑うウルは「暇なときは店に顔を出してね〜」と言い残し無駄にデカい臀部を揺らして立ち去っていく。

 その後ろ姿を見つめながら、私も帰路につくのだった。






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