第3話 解呪の施術

 応接間の裏、マッサージの個室を思わせる作業室に案内すると喪服を脱いでもらう。呪詛魔法の解呪によっては服が汚れてしまったり、肌に直接触らなければならないためだ。


(破壊するだけなら簡単だが、それだと対象者への負担も大きいからな)


 絡まった糸を鋏で切るか、解きほぐすか。

 呪詛魔法の解呪というものは解きほぐす方法論を取っている。


「あ、あの……これでよろしいでしょうか」


 道具類の準備を終えると更衣室で服を脱いだアイビーが出てくる。


 胸と股に手で隠し、顔を真っ赤にして内股で歩いてくる様子は男が入れば生唾を呑んでいただろう光景だ。


 女性も男性もどちらもイケる口ではあるが、公私混同することはしない。面倒だし。


「はい。ベッドがありますのでそちらに座って下さい」


 手製のマットレスにタオルを敷いた、簡易的なベッドへアイビーを誘導し座ってもらう。

 暖色系の光が暗い室内を照らし、日に当たっていない色白の肌と黒く変色する肩が良く見える。


「今回の施術の説明を致しますね。まず傷口に刻まれた呪いを解きます。使用する道具はこちらです」


 私は銀のトレイに乗せた銀製の細長い針をアイビーへと差し出す。


「この銀製の針は【療病銀鍼】といい、解呪に使う道具でございます。この針を患部に刺し、呪いを吸い出すのです」


 呪いは魔法によって作られる。

 同時に、魔法である以上魔力を元にして発動している。

【療病銀鍼】はそうした呪いを形作る魔力を刺して吸い上げ、打ち消す呪具なのだ。


「あの、魔法で解呪と言うわけには……」

「いきませんね。魔法での解呪には限度がありますし、肉体への負担も大きい。肉体・精神への影響を減らし、尚且つ安全のためにも道具を用いた方が簡単なのです」


 アイビーのいう魔法による解呪は信仰魔法と呼ばれる魔法系統に属する魔法にある。

 呪詛魔法による解呪とは違い、強引に解呪する魔法であるため手っ取り早い反面、後遺症が発生しやすく限度がある。


「話を戻しますね。この針が呪詛の魔力を吸い出しましたら針を抜いて施術は終了します。後は神官に頼んで治癒の魔法をかけてもらえば黒く変質した部分は元に戻ります」

「わかりました。お願いしますね、カトレア様」

「はい」


 ゆったりと笑みを浮かべるアイビーはベッドの上に横になり、うつ伏せの体勢をとる。

 人間の皮で作った革手袋を手に嵌めるとアイビーにタオルを差し出す。


「針を刺すと痛いですからいざというときは握り締めたり口に咥えたりして耐えて下さい」

「わかりました」


 アイビーはタオルを手で握る。

 僅かばかり震える様子に私は手を置き「大丈夫です、良くなりますから」と告げると部屋の片隅にある香を炊く。

 甘く穏やかな、人を落ち着かせる香りが部屋の中充満してくると銀の針を手に取る。


「それでは針を刺しますね」

「はい」


 ゆっくりと、黒く変色した肌へと銀の針を刺しこみ、魔力を流す。


「ん……」


 アイビーは僅かにビクリと跳ねる。

 針は仄かに赤い光を放ち始め、黒い肌もまた仄かに赤い光を放ち始める。

 刺した場所から血が滲み出し、清潔なタオルで拭う。再度、銀の針を手に取り刺していく。


(さて、これで施術のおおよそは完了だな。しかし、微弱ながら全身に魔力が流れているか)


 赤い光はアイビーの背中から臀部を通り足へと、また両腕を通して体の前面にまで伸びている。


「アイビー様。全身に呪詛魔法の魔力が流れています。少々お体に施術してもよろしいでしょうか」

「カトレア様にお任せします」


 アイビーの意思を確認し、体に手をつけ揉み上げる。同時に私自身の魔力を刷り込ませ呪いを形作る魔力へと干渉していく。

 手の動きとともに、呪いを形作る魔力もまた動く。動いた魔力は肩に刺した針へと流れて吸い上げられていく。


「よいっしょ……」


 腕を、足を、臀部を、背部を、首を。

 ゆっくりと力を込め、揉み上げ押し上げる。

 次第に体に伸びていた薄い魔力は消えていく。

 同様に、赤い光を出していた針もまた光を失っていく。30分ほど体を揉み上げ、押し込み、押し上げていると赤い光は完全に消えていく。


「施術は完了しました。ああ動かないで。針を抜きますので」


 起き上がろうとするアイビーの肩から針を引き抜き、傷薬を塗り込み、包帯を巻く。

 胸を隠し、ベッドに座ったアイビーは何処か晴れやかな笑みを浮かべ包帯を巻き終えた私に頭を深々と下げた。


「体にのしかかっていた不快なものが無くなりました。カトレア様のおかげです」

「いえ、それが私の仕事ですので」


 頭を上げたアイビーは更衣室へと入っていく。

 その後ろ姿を見つめ、私はベッドに座る。まだ生暖かいベッドの温度が伝わるが、それはそれで悪くないものだった。

 袖口からアイビーを刺したナイフを取り出すと魔力を流し赤く発光させる。


(アイビー様の施術は完了した。……が、呪いの武器か。随分と悪趣味な得物だな)


 呪詛魔法は他の魔法系統『属性魔法』『信仰魔法』『精霊魔法』『錬金術』『召喚魔法』『魔動機術』と比べ使い手は少ない。

 それは呪詛魔法の殆どが『禁忌』とされ使うことも許されない事が多く、また手軽さもないことから率先して学ぶ必要がないためだ。

 呪いの武器が呪詛魔法の使い手が作成したものであることは明白であるがそれが誰なのかまるで分からない。


(……まぁ、後で調べるとしよう)


 ナイフを袖口に隠し、ベッドから立つ。

 呪いを無秩序に出回ることは許し難いことなのだ。

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