第2話 霊園に来る者

 朝食を食べ終え、黒いワンピースに着替えると地下室から出て一階部分に出る。


 部屋の中は本棚が置かれ、多数の蔵書が所狭しと言わんばかりに本が置かれている。

 白衣の裏に隠したガンショルダーに掛かったリボルバーライフル――魔道機銃『底無』があることを確認し、外に出る。


「眩しいな……」


 空を覆う晴天の光は眩しく、目を細め周囲を見回す。

 家の裏には石造りの墓が立ち並び、周囲に人の気配がない。


(まぁ、私が管理する霊園なのだし仕方ないか)


 解呪の仕事は無ければ無いほど良いもので基本的に収入は安定しない。そのため、副職として墓守の仕事をしており、街の外れにある墓を管理し多少の金を得ている。

 霊園に収められた墓の数は100を越え、その一つ一つを丁寧に手入れをする。


(死した魂は神の下に向かう。故に、魂のない肉体に意味はない。それでも墓は死者への祈りを捧げる数少ない拠り所になり得る。……尤も、私は死者を冒涜する側であるのだが)


 墓守の仕事をしているのは人が寄り付かず、『禁忌』の大多数を占める呪いの研究に勤しむことが出来るからに他ならない。

 そして、その中には死者を操り冒涜する魔法も存在する。


「おはようございます、カトレア様」


 霊園の掃除をしていると声をかけられる。

 立ち上がり、視線を向けると黒い喪服を身に着けた年若いエルフの貴婦人が立っていた。

 黒いベールで顔を隠し、色白の肌を見せ女性に私は笑みを浮かべた。


「おはようございます、アイビー様。今日も旦那様の墓参りで?」

「はい。毎日の管理、お疲れ様です」


 貴婦人はベール越しに愛らしい顔に笑みを浮かべ、頭を下げる。

 その笑顔に酷いもの悲しさと腫れぼったい眼があることに気づく。


(また泣いていたのか。本当に夫を愛していたのだな)


 アイビー・クードルーン。霊園のある港湾都市、イメリアに住む貴族の一人。昔は旦那と仲良くやっていたが死去してからは悲しみに暮れて毎日喪服を身に着け墓参りに来ている。

 アイビーの夫、シグルドとの大恋愛劇と愛憎劇は今でも劇になるほど語り継がれており、その中で培われた愛情は深いものになっていることが分かる。


「アイビー様、エルク様の方はお元気でしょうか」 

「ええ。今日も学問に励んでおります」


 アイビーとシグルドの間には一人の子供がいる。

 名前はエルク。二人の唯一の実子であり、クードルーン伯爵家の次期跡取りでもある。


「あの、カトレア様は確か呪詛魔法の解呪を仕事にしておられるのですよね?」


 他愛のない会話をしていると、ふとアイビーが切り出してくる。


 呪詛魔法はこの世界の魔法の系統の一つであり肉体・精神・魂へと干渉する魔法全体を指し示す。

 呪いと呼ばれる『禁忌』たちはその全てを呪詛魔法に分類されており、呪いの研究とは呪詛魔法の研究と言っても過言ではない。


 私はできる限り口角をつり上げ柔らかい笑みを作ると、


「ええ。呪詛魔法の解呪が私の専門ですしそれを生業としています。解呪の件で何かご要件でも?」

「ええ……ここで話すのは少し……」


 そう言って困り顔で周囲を見回すアイビーに笑みを浮かべ、家へと案内する。


(アイビー様が困る、というのは何かあったのか)


 家の戸を開け、応接間にアイビーを中に入れるとそそくさと紅茶をティーカップに淹れる。

 湯気が沸き立ち、ティーカップを手にしたアイビーは大きな縁のある帽子を外し対面に座る私を見据えた。


「これから言うことは他言無用ですので、話さないでくださいね」

「ええ、わかっております」


 私が頭を一度縦に振ると、アイビーは懐から一つの物を取り出す。布に包まれたそれをテーブルに置き、布を開く。

 布に包まれていたそれは一つのナイフであった。刃は黒く、赤黒い液体で汚れており使われた痕跡がある。


「昨日、私共の邸宅に侵入者が来ました。数こそ多くありませんでしたので取り押さえましたが、皆一様にこのような得物を持っておりました」

「怪我した人は?」

「メイドが5人と私が。息子を庇った時に一度ナイフを刺されてしまいました」


 そう言うとアイビーは喪服から色白の肌を見せる。その肌の一箇所、肩にかけて包帯が巻かれている。

 アイビーは巻かれた包帯を摘み、解く。すると、色白の肌には似合わない刺し傷と右肩から広がる黒く変質したものが広がっていた。


「少し触っても?」

「どうぞ」


 私はアイビーの後ろに回り込み、黒いシミを指で押しこむ。


「ん……」

「ああごめんなさい。痛かったですか?」

「は、はい……」


 アイビーの様子を確かめながら、私は肩に広がるシミに指を置き、何度か押し込む。


(……呪いを蒔き散らすというより少しずつ壊死していく呪いとみるべきか)


 アイビーの肩から指を離すと対面に座り直す。


「そのナイフで刺されたのですか?」

「はい」


 アイビーからナイフを受け取り、魔力を流す。魔力はナイフの柄から刃へと浸透し、そして黒い刃は刃紋のような赤い光を放ち始める。


「ナイフそのものに刻まれた【壊死の呪い】ですね。即効性の強い呪いではありませんが放置しておくと命の危機ですし、解呪しましょうか?」

「ありがとうございます。代金の方はおいくらでしょうか」

「一度の解呪で1000ガメルでございます」


 1000ガメルは高いか安いかで言われれば高い部類である。10ガメルあれば安い食堂で一食ありつけるため十二分に高額だ。


(まぁ、慈善活動でもないし高額ではあるが溜めておけば使えるほどの金ではある)


「……わかりました。メイドや護衛たちへの解呪もお願いできますか?」


 代金を聞き、目を付していたアイビーは灰色の瞳をこちらに向ける。

 感謝、そして申し訳無さが目立つその瞳に私は笑みを浮かべる。


「構いませんよ。とりあえず、まずはアイビー様から行いましょう」


 席を立ち、私はアイビーに手を差し出す。

 アイビーはその細い手を伸ばし、私の手に置いた。




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