第22話一人ぼっちの兵隊

タカシが市役所を休職して1ヶ月が経とうとしていた。

酒浸りになり、ソファーで寝ていると彼を揺り動かす人間がいた。

タカシは目を開くと、仰天した。

かなこだった。

「か、かなちゃん?かなちゃん生きてたの?」

かなこはニコリとして、

「私は死んでなんかいないよ。それより、もうお酒は控えて、仕事しなきゃ。タカさんの対応の仕方が障がい者の方や高齢者の方に評判なんだから。だから、お酒を辞めて」

タカシは涙をはらはらと流して、

「うん、分かった。酒、控えるよ。今から美容室行って身なりを整えて、明日は出勤する。また、マカロニサラダが食べたいな」

と、タカシは嬉々として話た。

「ごめんね、タカさん。それが出来ないの」

「どうして?」

「神様にわがまま言って、天国に行く前に最後にタカさんとお別れしたいってお願いしたの。タカさん、私はずっと見守ります。私は星になります。だから、タカさんは新しい人生を歩んでください」

かなこの姿が薄くなる。

「ちょっと待って!かなちゃん!まだ、喋りたい事があるんだ」

と、言うと、かなこはタカシにキスをして消えてしまった。


気付くとタカシは酒類をキッチンで流した。

久しぶり部屋の空気を入れ替えた。

シャワーを浴びて、ヒゲを当たり、美容室へ行った。

鏡の向こうには、いつもの凛々しいタカシの姿があった。

あれは、きっと夢に違いない。死んでから天国とかタカシは信じていない。

でも、キスの感触は本物に近かった。

そう言うのを、体感幻覚と表現する。

1ヶ月ぶりに、市役所に出勤した。 


福祉課長の椛山は、

「杉岡君、もう大丈夫かね?」

「はい、ご迷惑おかけしました」

「最愛の人との別れはつらいものだ。杉岡君は後で話しがある」

「はい」

「夜は空いてるかい?」

「予定はないです」

「分かった」



デスクに座り、普段の業務を再開した。

真横の、栗原と言うオバサンは、

「孝志君、無理しちゃダメよ。出来るだけ、私らがフォローするから」

「栗原さん、ありがとうございます。助かります」

と、お礼を言ってPCを開いた。

暫くすると、若い受付の女の子が、

「杉岡さん。敬老パスの手続きをお願いします」

と、言うので、老夫婦の対応をした。


夕方、椛山課長は杉岡を飲みに誘った。あの日から酒を控えていたが、たまには良いだろうと考えて快諾した。


2人は割烹料理屋早水のカウンター席に座り、生ビールで乾杯した。

暫くは、雑談をして、

「来年の春、杉岡君を主幹にしたいと思ってるんだ。どうかね?」

タカシは魂消て、

「私が主幹で勤まるでしょうか?」

「勿論、引き継ぎはしっかりする。君は課内では人気者だ。誰も文句は出ないと思うよ」

「今月、24歳になったばかりですが」

「年齢は関係ない。仕事に没頭すると、彼女さんの気持ちが落ち着くだろうと、課内で話し合いがあったんだ」

「課長、頑張ってみます」

椛山はニコリと笑い、その日晩はハシゴした。

タカシは思った。

かなこのお陰で主事からいきなり主幹になる事を。会社では、係長だ。

翌日の土曜日は、昼まで寝た。

誰も相手のいない、一人ぼっちの部屋で。

翌週から、通常の業務と引き継ぎで、かなことの別れが思い出になりつつあった。


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