第21話蒸発都市

かなこは、服部医師からステージ1の子宮体ガンだと告げられて、タカシの子供はまだ産める体では無かろうか?と考えていた。

手術の当日、タカシと両親が病院に来てくれた。

ストレッチャーに乗って、みんなに手を振った。

その後の事は記憶にない。

術後、タカシと両親は顔が強張っていたが、必死に笑顔を作っていた。

母親なんか、目が充血している。

これから、キツい抗がん剤治療が始まるのでその心配をしているんだろうと思った。

タカシは仕事終わりに必ず、お見舞いに来てくれた。

入院中なのに、病院から離れてタカシと丸八寿司で大好きな中トロを食べた。

タカシは終始笑顔だった。


術後、抗がん剤治療で1ヶ月で髪の毛が抜けた。

タカシがウィッグを勧めてくれて病院内のウィッグ専門店で気に入ったウィッグを数着買った。

そして、夕食の時間になるとタカシは、

「じゃ、また明日ね。よく寝るんだよ」

と言うと、かなこは笑顔で 

「うん。ありがとう」 

と返事した。

その日の夕食は、カニ玉だった。スプーンを掴もうとすると、スプーンが握れない。

かなこは医療従事者だ。

直ぐに、自分の状況を理解した。そして、周りの人間が作り笑いしている意味と。一晩中泣いた。

翌日の夕方もタカシは見舞いに来た。

そして、かなこはタカシに勇気ある質問をした。


「タカさん、正直に答えて!私のガンの進行具合を」 

「……」

「もしかして、私のガンは播種か全身転移で手が付けられなくて、服部先生は直ぐに閉じたんじゃないの?ねぇ、答えて!タカさん」

タカシはペットボトルのコーヒーを飲んで、ウンウンと頷き、喋りだした。

「君の診断に誤りは無いよ。ステージ4だ!服部先生は播種だと答えたよ。既に転移しているとも」

タカシはかなこの顔を見る勇気は無かった。

「多分、もって後2、3ヶ月でしょ、タカさん」 

「……残念ながら」

タカシは涙をボロボロと流し始めた。

「タカさん、泣かないで。私まで泣きたくなるから、そっか〜結婚も子供も夢のまた夢かぁ〜」

その日から、食事はエンシュアに代わった。直接胃にカテーテルで流れるようにした。


それから1ヶ月後に、家族とタカシを含めてかなこはホスピスに移るか、自宅療養か話し合いがあった。

みんな気持ちは同じだった。

自宅療養にした。

服部医師の説明を受けた後に、かなこは数ヶ月ぶりに自宅に戻った。タカシの賃貸マンションでは無く、実家へ。

それは、タカシは仕事があり、かなこの母親は元看護師だったので、いつも側にいて、いくらでも対応出来るようにだ。

夜の7時に、タカシとかなこは電話で話すのが習慣になった。土日は、実家に顔を出す。


「かなちゃん、今週の土曜日にドライブでもしようか?」 

とタカシが提案すると

「ウンウン。ドライブしたい」 

と喜んでいる様子。だが、どことなく暗い。

さもありなん、残りの命を思いっ切り楽しんで、お空の星になりたいと思っているから。

これが、かなこが外出するのが最後とは誰も予想だにしていなかった。

それから、2週間後。

夜の10時過ぎに、かなこの父親から電話があった。

「タカシ君。今から急いでこっちに来て欲しい」

父親は切羽詰まった話しぶりだった。

タカシは車で40分かかる、かなこの実家に向かった。

想定内だが、せめてタカシが到着するまでは生きていて欲しいと考えていた。

実家に到着すると、往診の医師と看護師が何か処置していた。

父親がタカシの姿を見ると、意識がもうろうしているかなこに、

「かなこっ!タカシ君が来たぞ!」

と大きな声で言うと、

「……た、タカさん。……結婚式は明日だね?こ、子供は3人欲しいな」

「かなちゃん、しっかりして」 

「タカさん……今夜の、ま、マカロニサラダの味はどうだった」 

タカシはかなこの手を握り、

「かなちゃん、今夜も美味しいマカロニサラダだったよ」

「……それなら、いいや。……た、タカさん、これからも、ず、ずっと2人で……2人で」

かなこはそれ以降は喋らなかった。

午前1時32分。

かなこは息を引き取る。

タカシは外に出て、タバコに火をつけた。

空には満天の星。

かなちゃんは死んだんじゃない。星にな

たったんだ。

涙は出なかった。

こうして、白窪かなことの残酷な別れ方をして、タカシは暫く仕事を休職した。

あの笑顔、あの料理、あのデートの時の表情。

タカシは暫く酒浸りとなった。

職場の連中は、タカシの彼女の話しを充分理解し、哀れんだ。

かなこの死は、まだ思い出すらなって無い。

現在進行形のままだ。

かなこの記憶が尾を引いて、新しい彼女を作る事が怖くなったタカシ。

それから、3年間はかなこの事で、女性を好きなることをサラサラ無かった。

彼の女性への興味は、まるで蒸発したように消えてしまったのだった。

タカシはこの街で一人ぼっちだった。

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