第3話夏は罪な季節

杉岡は、みずほが手招きする方向へ歩いて行った。

カフェオレをみずほに渡し、2人で飲みながら同時に相手の出方を待った。

しばらくは沈黙があり杉岡はメガネのレンズを布で拭いていたが、みずほが口火を切った。

「さっき、歌ってた曲って新曲?」

「新曲?……あぁ、詩吟なんだ」 

「しぎん?」

「お母さんの趣味。詩吟五段なんだ。で、何の用事?」

「……」

みずほは思い切ってみた。

「杉岡君って、彼女いるの?」

杉岡は突然の質問に、戸惑い、メガネをかけ直し、

「アハハ、右手が恋人さ!」

「何それ?」

杉岡は奇をてらったが、凶と出た。

「オホンッ!失敬。彼女いないよ」

杉岡はカフェオレを吸い込んでいる。

「じゃ、わたしじゃダメかな?」

「何が?」

「杉岡君の彼女に」


ブッ!


杉岡はカフェオレを吹き出した。こんな、可愛くて頭の良い女子がこんな事を言うとは。

【落ち着け!オレ!取り乱すな!取り敢えず、大人の男を演じるのだ。ロリコンじゃ無いこと表現しよう!】


「ねえ、佐山さん。オレは、あき竹城が好きなんだ!菅井きん、でも良いけど」

みずほはクスクス笑っていた。

【笑われた!な、何が悪かったのか?ここは、ストレートに二丁目の豆腐屋の婆さんが好きと言えば良かったのか?】

「杉岡君って、いつもメガネを中指で上げてるイメージがあるけど、結構面白いんだね。そう言う、ギャップが好きなの。メガネを取ると、……んーとメガネしていても、イケメンだし」

杉岡は、カッコいい所を見せようと努力して、自爆したが、余計に気に入られてしまい吉と出た。


「良いよ!佐山さん。付き合おう。今度、映画観に行こうよ!原作は羽弦トリスの小説の『パブロフの犬は、喫茶店にいる』を」

佐山は笑顔で、

「うん。観たい観たい。羽弦トリスって、馬鹿だよね?」

「オレもそう思う」

そう言うと、杉岡は本棚に向かい、ドストエフスキーの「罪と罰」を手にした。

それを見たみずほは、

「杉岡君って、そんな本読むんだね」

「3回挑戦して、途中でギブアップしたから、今度こそは。ラスコーリニコフ少年が言った有名なセリフを覚えたくて」

「じゃ、そこだけ読めばいいのに」

「それは、敗北だよ」


時計は17時45分。

2人は並んで、バス停に向かった。道路側を杉岡が歩いていた。杉岡は自然と左手をみずほに向けた。彼女は黙って、杉岡の大きな手のひらを掴んだ。

ほんのり杉岡の匂いがみずほに届く。いつもの良い匂い。

「ねぇ、杉岡君。いつも良い匂いがするね」

「匂い?あぁ、シャボン玉石けんを使ってるから」

「これは、石けんじゃないよ」

「分かった、白状するよ。親戚に大学生のお姉さんがいてね。モテるからって、香水もらったんだ。夏だし、使ってみた。米満みたいに、プンプン香水の匂いするのはイヤだから、少しだけ。しかも、長時間匂いをキープ出来ないけど」

杉岡は悪さを見つかった子供の様に、頭をかいた。杉岡は、少し考える時は左斜め上を眺め、頭をかくクセがある。

そう言うのも、みずほは知っている。

ベンチでバスを待ってると、西日がキツくて、かき氷を食べた。

杉岡は大人ぶりたいので、抹茶のかき氷だったが、まだ苦みを美味しく感じられる年齢では無いので失敗したと思った。みずほは、いちご。

ゴミをリュックに入れるとバスが到着した。

「ねえ、杉岡君。これから、なんて呼べば良い?」

「タカシでいいよ。じゃ、佐山さんはみずほって呼ぶからね」

「うん」

「は〜い」

2人は幸先よく交際をスタートさせた。

そして、タカシが降りる瞬間にみずほはキスした。

軽く。

顔を赤くしたタカシが去って行く所をみずほは見送った。

窓から手を振る。タカシも気付き手を振った。

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