第2話みずほの場合
佐山みずほは始発の通学バスに乗っていた。午前6時50分発の南国バス。
吉松駅には数人の通学生とサラリーマンたちが待っており、この季節のバスは有り難い。
冷房が効いていて、乗客は生き返る気分がする。
みずほは同級生の川田ちぐさと並んで一番奥の座席に着いた。
「もうすぐ、夏休みだね。補習面倒くさいね。他のクラスは夏休みなのに、あなたのクラスだけ。みずほは進路決まったの?」
と、ちぐさはサンドイッチを食べながら、みずほに尋ねた。
「うん。決まってるよ。市内の看護学校に行きたいの」
「看護学校?大学じゃ無いの?」
「うん。就職超氷河期だし。手に職つけないとね」
みずほは、トッポをガリガリ噛んでいた。
「ねぇ、いつも朝、7時20分のバスに乗ってくる、男子、2人ともカッコよくない?」
ちぐさは小声でこう言う。
「杉岡君と寺田君。私は寺田君派。みずほは?」
彼女は、ペットボトルの紅茶を飲みながら、
「どっちでもいい。興味無い」
「なんだ〜、みずほは杉岡君と同じクラスだから、きっと杉岡君派だと思っていたよ。意外に杉岡君派も多いんだよ。メガネのイケメンって!」
みずほは、窓から外を眺めていた。すると、バスが停まった。
杉岡と寺田が乗車してきた。
つり革に掴まる、杉岡の姿をみずほはじっと見詰めていた。
そう、ホントは杉岡の事がずっと気になっていたのだ。
以前、彼の弓道部の後輩から聴いた事がある。
「佐山先輩、キャプテンと同じクラスなんですか?」
「キャプテンって、誰のこと?」
「杉岡先輩です」
「そうだけど、何か?」
「いいなぁ〜。たまたま見たんですけど杉岡先輩の筋肉凄いですよ。それと、……」
「それと、何?」
「勘違いしないで下さいね。同じクラスの男子が杉岡先輩のアソコ、……スゴイって言ってました」
「で、私に何が関係あるの?」
「できれば、写メを……」
「私って、変態に見えるの?」
「アハハ、すいません。ちょっと、先輩に話したかっただけです。じゃっ!」
みずほは男子の事には何も興味無い!と、周りには言っていたが、杉岡の事が気になってしょうが無かった。それから、勉強にも集中できない。ならば、ここでハッキリさせよう。
告白してダメだったら、諦めて卒業後に彼氏を探そうと。
みずほは決して痴女ではない。
ただ、あの筋肉質な腕で抱きしめられたい。制服の半袖シャツから見える、あの太い腕で。
そして、杉岡はいつも、良い匂いがする。何の香水を使っているのか?
彼女の決死の判断で、朝の小テストの前に、杉岡に声を掛けた。
余りの緊張で、何を言ったのか覚えていない。
あまり、人のいない学校の図書館で杉岡を待った。
外から声が聞こえる。
『雨は〜降る〜降る。人馬は濡れる〜』
【あっ、杉岡君の声だ。……誰の曲?新曲かなぁ】
ガタッ
【あっ、本を返却してる。どうしよう。落ち着け私!】
みずほは、こっち、こっちと杉岡を手招きした。
杉岡が近付いて来た。良い匂いがする。
「どうしたの?何か悪い事したかな?」
みずほは首を横に振った。
「杉岡君に、尋ねたい事があるの」
杉岡は、みずほにカフェオレを渡した。図書館は飲食禁止だが、図書館司書の本田のおばさんとはナアナアだから、黙認された。
みずほは、杉岡を呼んだ理由を話し始めた。
彼はメガネのレンズを布で拭いている。
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