雨の御霊 玖

雨月 史

KAC20248

ゆず……。ミンティア持ってる?」

と車のハンドルを握りながら美晴が言った。

車を運転する時の彼女は少し雰囲気が違う。

それは普段は裸眼で過ごす彼女が(結構視力わるいのに逆に見えているのだろうか?)メガネをかけているからだ。

美晴は決して目立った顔立ちではないけれど、少し幼顔で肩まである長い髪後ろできれいに束ねている。小さな耳にかかったメタリック調の少し赤がかったフレームに細めのレンズ。月並みの表現ではあるが今日の彼女は委員長系、優等生、のような雰囲気だ。

僕は彼女のメガネ姿がわりと好きだ。

普段からかけたらいいのにと進めた事もある。けれど普段からメガネをかけない理由は彼女曰く……。



「コンタクトはなー、高校生の時に取れなくなってパニックになったから怖いねん。だから必要以上には使いたくないやわ。でもメガネはな、あの鼻のところにかかるやつあるやん、あれがなーお化粧の上に跡になるねん。それが気にいらなんわ。だいたい普段は裸眼で十分だから!!」


いや運転で必要かなんだから大丈夫なわけないだろう(笑)


そんな美晴の貴重なメガネ姿を見ながらポケットのミンティアに手を伸ばす。


「あー黒いパッケージの強烈なやつならもってるよ。」


僕が黒いミンティアを見せながらそう言うと、彼女はすぐに左手を僕の方へ伸ばす。

僕は黒いケースからカタカタ音をさせながら、白い粒を自分の手に乗せた。そこから一粒だけ彼女の左手に乗せた。それをさもピーナツでも掘り込むように口の中に入れると、すぐに顔の一つ一つが小さなパーツを歪ませて、口からスースーと白い息でも出てきそうな感じで息を吐き出して、どこかのケーキ屋のキャラクターみたいに舌をペロっとだして、こちらにしかめっ面をして見せた。僕はいつだって、そんな彼女を見ていると心が満たされていくのだ。


雨夫婦あめおと岩戸いわとに向かうには電車やバスなどの交通機関では少し難しいと判断した僕は、美晴にレンタカーを借りる事を提案した。ニコニコマークのレンタカーで黄色いクロスビーを借りると美晴は当たり前の様に運転席は座った。


それは僕らにとってはもう当たり前の事で、僕が運転が得意ではなくて、彼女が方向音痴だからだ。人には向き不向きというものがあるものだ。


車に乗り込むと僕はまずスマホで話題の伊勢うどんの店を探した。それからそれを目的地に近いところと示しあせて、ある程度のルートを頭の中で作り出す。それをスマホに打ち込んでナビゲーションを管理する。彼女は自分のスマホをレンタカーのスピーカーと連動させると、スマホの動画保存サイトにつないでB'zのアルバムをながしはじめた。

しばらく海岸線を並走してまだ冷たさの残る海風を窓から感じていた。



車を走らせて30分ほどでまずは伊勢うどんのお店が見つかった。


「伊勢うどんは、三重県伊勢市を中心に食べられているうどんで、通常のうどんの2倍近くある太くてもっちりとした麺の食感が特徴やねんて。麺は徹底的にコシをなくして、歯切れが良くて柔らかく御伊勢参りに来られた方が、素早く鱈腹食事が取れる様に開発されたらしいわ。まー讃岐のコシもええけどコシ無し太麺てのもまたいいなー。」


「いやいや……だんさんどないしはったんです?その説明じみた台詞は。」


「まー主事情てやつだね。」


「はー諸事情ね……。で雨夫婦の岩戸までは行けそうですか?」


「うん。大丈夫。1時間くらいかかるけど。」


「しかしあねさん方も、神を待たせてうどんを取るとは大物の匂いがしますなー。」


「大物の匂い?いや出汁の匂いしかせーへんけどな(笑)そら背に腹はかえられないやろ。しかしこのうどん美味しいわ。太面、柔らかめ、コシなし。それに甘めのタレがあうわ。」


あねさん、だんさん。御二方とも緊張感てもんは持ち合わせてないんでっしゃろか?」


「いやそんなんこんちゃんかて、うどん啜ってるやん。箱守のくせに。」


「……う。あねさん……そんな色眼鏡で見んといてくださいな。神だって酒ものめば、精霊だって腹は減るのです。それに僕はうどんにはーのです。」


「ははは。そりゃそうやな。」



伊勢うどんの店をでると美晴はやはり運転席に座ったので、僕は助手席で『雨夫婦の岩戸』ついて調べてみた。

 

「伊勢山奥にある小さな洞穴。

人の恥、羞恥心、主に夫婦の抱える闇

等を雨水で流すとという言われがある。

人は『恥らい』闇に葬りたいとか、

穴があったら入りたい等と表現する。

その穴の事。だって。なんや少し奥深いなー。」


「せやな。水に流すねー。なるほどね。お天気の方が気持ちは良いけれどね、雨もまた生きていく上では必要だものね。」


雨照大御神あめてらすおおみのかみ様は雨を照らす。つまり人の心の闇を照らすという神様でもあるんです。」


「なるほど、あのノリツッコミもある意味納得できるわ。」


「ん?なんかまるで会った事ある口ぶりやね。」


「いやー私どうやらその雨照大御神あめてらすおおみのかみ様のおメガネにかなったみたいでねー。心の中でちょっとだけね。」


「なんやそれ?よーわからんわ。」


山に続く道もだいぶ深くなってきて、ついにただの山道を車で無理矢理走るくらいまでになってきた。もちろん対向車など通れないし、道も整地されてないのでよく揺れる。まるで山奥の一軒家を探す番組のロケさながらな感じだ。本当にこの場所であっているんだろうか?という不安は過ったが、スマホのナビはこの道を示している。それに雨の御霊の光は真っ直ぐに一方向をさしていたのだ。

それから20分ほど走ったところで、少し開けた場所にでてきた。まるで秘境のように、そこにはいくつかの茅葺き屋根の家が建っていて、もう使われていないであろう荒れた田畑が広がっていた。もちろん人の気配などない。どうやらこの先は車の通れる道がない見あなたらないので、僕たちはそこに車を停めて歩く事にした。

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