第1部
雇用契約は要相談!
私がいた村から王宮まで、そう遠くはない。遠くはないけど、朝に出発したのに、着いたのは日が沈んだ後だった。中庭を抜けて、番兵の間を通り、王宮の正面扉が開けられた。
王宮に到着して早々、私は応接間らしき部屋に案内された。
そして、何かの紙がテーブルに置かれる。
「何これ……?」
「雇用契約書だ。何か希望はあるか?」
これってつまり、私が望む契約にしていいってことだよね?
「正規雇用は嫌だよ。」
「なぜだ?」
「第一に、面倒。第二に規則が嫌い。第三に、自由が良い。」
「はぁ…よく今まで生きてこられたものだ……」
「人生慎ましく、だよ。じゃあ、条件出してもいい?」
「なんだ?」
私はペンを取り、契約書の枠外にスラスラと特記事項を追加する。私が求める条件は、ただ1つ。規則は破る前提として、これだけは譲れない。
「はい、どうぞ。」
「………どういうことだ?」
「“いつ何時でも、辞せる”。退職日は私が決める。突然クビになっても困るし。」
「良いだろう。だが、こちらにも譲れぬものがある。」
ダウナーが指差す場所を見る。
そこには“国の為に王宮付き魔術士となることを誓約する”という文があった。
これはただの契約じゃない。王宮付きになるということは、裏切りが許されないということだ。もし国を裏切れば、死刑判決が下される。退職の選択権を得たいのは、この為だ。
私が王宮付きになるのが嫌だったのは、このせいでもある。
基本的に、王宮内での仕事は終身雇用だから。
「私が裏切る理由はないよ。」
「なら書けるだろう?」
さも当然のように言い放つダウナー。
「全く……」
苦笑して、一旦ペンを置く。
「これは個人的な条件なんだけど……」
「なんだ?」
「私の人権を尊重してほしい。」
そう言うと、ダウナーは疑問符を浮かべる。
分からなくて当たり前だ。当然のことを言っているんだから。でも私が言いたいのは、単純なことだ。
王宮付きになって、どんなに弱いままでも、勉強に励んで強くなっても、態度を変えないでほしいという願いだ。
「簡単なことだよ。私がここでどんな状況であっても、今と変わらない姿勢でいてほしいってだけ。」
「………分かった。」
「ありがとう。じゃあ契約成立だね!」
私はパーっと笑顔になり、契約書に走り書きする。
「確かに。確認した。では、このまま寮へ案内する。」
手荷物を持ち、私はダウナーの後に続く。
他の荷物は王宮の使用人が運んでくれるらしい。
向かったのは、応接間や謁見の間がある棟とは別の棟だった。かと言って何かあった場合に備え、すぐ隣の棟だけど。ダウナーによると、騎士団の次に王宮付き魔術士が王族を守るらしい。
あ、私のことか。あ〜、面倒臭い。
「紹介経歴書を見た。元々はあの村の出自じゃないらしいな。どこの出身なんだ?」
歩きながら、ダウナーがさりげなく聞いてくる。
「隣の帝国だよ。」
「何っ!?」
彼は驚き、立ち止まる。
「別に驚くことじゃないでしょ。」
「驚くだろう……なぜ移住した?」
「帝国って騒がしいでしょ?内乱多いし。だから静かなあの村に来たわけ。」
この王国はドルマン王国という“王国”だが、隣は“帝国”を冠している国だ。帝国とは自国の国境を越えて他国に影響を与える国のことで、軍事力、経済力、豊かさ全てにおいて他国とか桁違いで高い。皇帝が崩御することはあっても、侵略される心配はない。
さっき言ったのように、国が大きい分内乱も多いけど、侵略に怯えることのない国だ。
そんな帝国からの移住者は、珍しいだろう。
「そうか……」
静かに暮らしたいという本音が伝わってしまったらしい。ダウナーは申し訳なさそうに、背を向ける。私を引っ張ってきた張本人が何言ってんだか。
「気にしなくていいよ。逃げようと思えば夜逃げとかできたわけだし?暇だったから。まぁ、朝っぱらから来るとは思わなかったけどね。」
「すまない……」
部屋に着き、私は手荷物をベッドの上に置く。
与えられた寮というのは結構広くて、ベッドも王宮支給とあって上質だった。
「何か不手際があれば私に言ってくれ。」
「そういえばさ、あんたをなんて呼べばいいの?」
「我々王宮付き魔術士には、ランクはあるが階級はない。気軽に名前で呼んでくれればいい。お前は………ただのサマンサか?」
「うん、そうだよ。じゃあフランシス、よろしく。」
「こちらこそよろしく頼む。私は仕事に戻る。今日はゆっくり休んでくれ。」
そう言って、フランシスは部屋を出て行く。
私は手荷物を整理しつつ、バルコニーの扉を開けて空気の入れ替えをする。
用意された服を見ると、王家の紋章が刺繍されていた。これが、王宮付きの証みたいなものだ。今後は、これを着て仕事をするらしい。
後から運ばれてきた荷物を整理していると、私はあることに気付く。
部屋を出て、仕事へ戻ったフランシスの下へと走る。
そう、私は焦っていた。
大事なものがなくなっていたから。
その大事なものがあらゆるものを変えるなんて、今の私には知る由もなかった。
暇だったので王宮魔術士(ポンコツ)になったら、人権を失いかけました。 夭嘉 @yohkaxxx
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