暇だったので王宮魔術士(ポンコツ)になったら、人権を失いかけました。

夭嘉

プロローグ

とある日の昼下がり。


私は空を見上げながら思った。



「暇だー。」



口にも出てしまい、思わず花畑に横たわる。


私が今いるのは、村から少し離れた丘にある美しい花畑だ。


暇だと言っても、村に戻れば仕事はある。野菜が実る畑とか、家畜の世話とか。でもそれは生活の一環であって、楽しみじゃない。私が求めるのは、マンネリの解消。


平和が一番だけど、そうも言っていられない。



「サマンサー!」



私の名前を呼ぶのは村の子供で、リオという男の子だ。


“サマンサ”、それが私の名前だ。



「父さんが、また井戸を直してほしいって!」

「分かったよ。」



これも仕事の一つ。


リオと一緒に村に戻り、私は問題の井戸へ向かう。


私の職業は魔術士で、村でこうして修復魔法や穀物の成長促進魔法を頼まれる。私が使える魔法は限られるから、このくらいの仕事が丁度良い。もらえる報酬も少しで良いから、これがいいんだ。村人達も僅かな報酬で少し楽ができる。利害関係のバランスが良いんだ。


井戸を直した後、リオの家でお茶をもらっていると、リオの父・ハンクが報酬を手渡す。



「ありがとう。」

「いいってことさ。しかしお前、魔法の勉強はしねぇのか?」

「しないしない!必要ないし。」

「勿体ないよなぁ……」



この世界では、魔法を使える人間は少ない。その限られた人間は、魔法を使えることを活かして生活する。例えば、王宮に入って王宮魔術士になるとか。そうすれば王国も国力が上がって、魔術士は生活も将来も安心できるから。


昔は魔法を使える人間がもっといたけど、幻獣が姿を消してからその数も減っていった。


私はそんな希少な魔術士だけど、なぜ村に留まっているかと言えば、答えは一つ。



「せっかく才能があるのに、弱い魔法しか使わないんだもんなぁ。王宮魔術士様が見たら、ポンコツ扱いだぞ。」

「サマンサはポンコツじゃないよ!俺見たもん!サマンサが木の花を満開にしてくれたんだ!」

「本当か?」



私は明後日の方を向く。


花を満開にさせる魔法は、それほど難しくない。あれは魔力の問題だから。私でもできる、可愛い魔法だ。



「可愛い魔法の一つや二つ、覚えてても損はないでしょ?」

「可愛いって……」



ハンクは私をまじまじと見る。



「何……?」

「真っ赤な長髪を靡かせて言うもんじゃねぇよ。」

「良いじゃん!可愛いものは強いんだから!」

「それにサマンサは当てはまらないからな。」

「チッ」

「子供の前で舌打ちするな!」



私はコートを着て、長い赤毛を帽子を被って中に入れる。


村の人は私が赤髪だと知ってるけど、外ではあえて隠して生活している。私が目立つのは良いけど、村に迷惑はかけられない。外から来た余所者が変に騒ぎ立てても困るから。



「じゃあ帰るよ。」

「おう、また頼むな。」

「またねサマンサ!」



リオに手を振り、私はハンクの家から出る。


帰り道に酒場へ入り、果実酒と軽食を頼んだ。注文待っている間に、珍しく奥さんが私に話しかけてくる。いつも混んでいる店が今日は空いていて、運良く新聞も読めそうだ。


普段の私は新聞に執着がなく、読めたら読もうとタイミングを待っていた。


今日はたまたま店が空いていたから、タイミング良く私が読めたわけだ。



「何日ぶりの新聞なの?」

「う〜ん……数日ぶり?」

「2ヶ月ぶりだよ!あんたまた呆けてたのかい!?」

「平和ボケって良いことだと思うけどなぁ……」

「その使い方は間違ってるけどね。」



奥さんが苦笑しながら奥へ戻るのと入れ替えに、マスターが軽食とグラスを持ってきた。



「はいよ。なんだ、新聞か?」

「うん。タイミング良く読めた時の新聞が唯一の楽しみなんだ。」

「そうか。なら、とっておきの記事があるぞ。」



マスターはそう言うとページを捲り、あるコーナーを指差す。



「これ求人記事じゃん!!」

「記事は記事だろ?それに、ただの求人じゃない。ほれ、見ろ。」



求人記事を読むと、なんとそれは王宮魔術士の募集だった。


この世界の魔術士が貴重な理由は、実は他にもある。


私達の世界には、精霊という特別な種族がいる。精霊は人に恵んだり、助けたりする。魔術には精霊の力に頼るものもあるくらいだ。


だけど、中には悪い精霊もいる。


それが闇の精霊で、精霊の中で唯一良くない存在だ。闇の精霊に対抗できるのは魔術士以外に、現在王国に保護化されている唯一の幻獣、ワイバーンのみだ。王宮の魔術士が希少なのは、その闇の精霊に対処する為だ。



「やだよ、本職にするなんて!」

「まぁそう言うなって。それでな、ここよく読んでみろ。」

「え〜と?魔術士を紹介した者には、報酬を支払う、と………もしかしてもう紹介した?」

「頼む!村の為だ!国から援助してもらえたら、もっと豊かになるんだ!」



程良いこの村が良かったんだけどなぁ。


援助金が出るからって、お代はタダにしてくれたけど………


私王宮に行くなんて一度も言ってないからね。



「………帰ろ。」



嫌なことは寝て忘れるもの。


村外れの我が家に帰り、私はすぐハンモックに寝る。


王宮魔術士が嫌な理由はたくさんある。まず、規律に縛られたくない。私は自覚あるマイペースだから、放っておいてほしい。何より、これが大きな理由だ。


ルールは破られる為にあるって言うし。


朝日が昇り、私はカーテンを開けて伸びをする。いつものように顔を洗い、いつものように朝食を食べる。それから長い赤髪を束ねて、コートを着る。


よし、仕事へ行こう。



「お前がサマンサか?」



おかしい、幻覚が見える。



「閉めるな!私と目が合ってるからな!」



無言でドアを閉めようとしたら、全力で阻止された。


私の家の前には王国兵士数人と馬車、魔術士が1人いた。なぜ小隊を寄越したのか解せない。ポンコツ魔術士1人なのに。


仕方なくドアを開け、対応することにした。



「どちら様?」

「私はフランシス・ダウナー。王宮の高等魔術士だ。お前がサマンサか?」

「そうですけど、朝から何の用?」

「村の者から推薦があった。私はその迎えだ。すぐに支度をしろ。」

「お断りします。」

「村には既に報酬を渡してある。お前に拒否権はない。」

「はぁ!?」



あれよあれよという間に、私はその男に馬車へ乗せられた。


上等な服を着た男に対してボロを着た女、とても不釣り合いだ。


それにしても、ポンコツ魔術士でも良いからと迎えに来るなんて、余程困窮しているらしい。他人事にしておきたかったのに、どうやら現実を直視せざるを得ないようだ。退屈は解消されるだろうけど、その反動で忙しくなるのはごめんだ。


とりあえず、私にも人権はある。


拒否権がないのは王国の方だ!!!


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