第139話 冷蔵庫

わふ?

『どこいくの?』


「ん?ちょっとね。」


僕のインチキ騒ぎに呆れて庭でバッタを追いかけて遊んでいたぽん子が、僕が出掛けるのを見て、とことこやって来た。


試してみたい事があるんだ。


DVDを見ながら親娘でケラケラ笑ってるしずさんちを離れて、僕は浅葱屋敷の台所に来ている。一緒に居るちびは、玉としずさんが笑っている事がとにかく嬉しいらしく、顎をラグに乗せて伏せているけど、尻尾はずっと振りっぱなしだ。


ぽん子は、浅葱の水晶に僕が来ると、どんなに眠かろうと必ず起きて、僕に挨拶をしにくる。

大欠伸しぃしぃ。


でも夜が来る様になって、しずさんが毎日何かしらしている今は、昼寝することが減ったらしい。今日もずっと僕に抱っこされてるか、僕の後を付いて回るかだ。


浅葱屋敷は施錠を一切していない。

しずさんには自由に出入りして、屋敷の物を自由に使って欲しいから。

あと、玉が毎日掃き掃除と換気をしてくれてるし。


「いえいえ。婿殿の家ですから。」

「玉の婚家なんでしょ。義母さんを名乗るならばいくらでもどうぞ。」

「んんと。でしたら、玉が居る時だけね。」


てなやり取りがあったりなかったり。

お目当ての台所は屋敷の東北角にある。

中は水瓶を流し(水受け)にした水道と、昔ながらの土造りの竈があるだけ。

僕が実際に行った事のある本物の浅葱の家は、ガラス窓が入ってシステムキッチンが既に設置されていたけど、この竈もそのまま残っていた。

勿論、とっくに使ってなかったけど。


一段上がった部屋には、炊事場とは別に食卓があり、その部屋の片隅に冷蔵庫が置かれていた。

その昔は、火を使うからと、土間を炊事場にして、いわゆる食堂は屋内に分けると言う扱いだったらしい。


覚えてるぞ。


扉に花のイラストと、コップでレバーを押すタイプの冷水機が付いている、何十年使っているんだ?ガスとか抜けて無いの?って感じの高度成長期くらいに流行ったレトロな冷蔵庫がここにあったんだ。


あ、更に思い出した。

台所の隣は風呂場になっていたのだけど、風呂場だけで6畳くらいあるよくわからない空間で、2畳以上あった脱衣場には洗濯機が2台並んでいた。

1台はもう使っていなかったのだけど、脱水機ではなく、ローラーが付いているという、昭和中期くらいの漫画でしか見た事ないクラシック過ぎる洗濯機だった。


土地は有り余っていたからと、使い終わった古い家具がそのまま置かれていたなぁ。いざとなったら、敷地の隅に捨てればいい的な。燃しちゃえ、もしくは錆びさせて腐らしちゃえ的な適当さ満点の始末の仕方だ。


で、その昭和懐かし冷蔵庫が置かれていた場所。浅葱の屋敷の、そこには宗和膳という、昔ながらの旅館でしか使わない様な、個人用の小さな御膳が無造作に積んである。

ここに置こうか。


では、

いでよ!冷蔵庫!


うちの部屋にある冷蔵庫をイメージ。

中身も同じ物を共有するイメージで。


浅葱の力は、時間旅行のトリガーとしている食欲に関する物ならば、かなりの守備範囲を誇ることが最近わかってきた。

それ以外にもやたら便利に使えているけれど、こちらはどうやら、玉としずさんが絡む時か、神様絡みの案件の時なので、多分能力の源泉が違うと思うけど、深く考えたことはない。 


わふわふ

『すこしは考えた方が良いと思うの。』



外から中を覗いているぽん子に突っ込まれたけど、知らん知らん。

あと、ぽん子の背中に山鳥が止まってるぞ。すぐそこに巣があるから、遊びに来たらしい。


冷蔵庫の側にコンセントカバーをつけて通電。

コンセントを入れれば、我が家の冷蔵庫コピーの出来上がり。


うちの冷蔵庫は、僕や玉が食べたいと思った食材が勝手に冷やされている出鱈目仕様だ。

これと同じ物を増やしておけば、少なくともしずさんの食糧事情は一気に解決される。

あれだけタンパク質タンパク質騒いでいたのに、これでもう、卵も肉も魚も無限供給される。

…なんだかもう、ここで暮らしてもいいかもしれない。


わんわん!

『良いよ。賛成!』


ぽん子さんが両手を上げて賛成してくれましたけど。

残念ながら、そうは問屋が卸しません。

表の世にも、やるべきことは山積みになっているから。


わん

『古い』

狸に言い回しを突っ込まれる僕って何?


★ ★ ★


「というわけで、聖域の茶店と、しずさんちと、浅葱屋敷に、その冷蔵庫があります。」

「今更だけど、貴方何してんの?」

何してんのとは失礼な。


「浅葱の水晶は君と玉の緊急避難所って事を忘れてないかい?玉と違って君は自由に水晶を出入り出来ないんから。新鮮かつ栄養のバランスの取れた食糧を、好きなだけ食べることが出来る環境は必須だぞ。」

「殿、舞茸って手で千切っていいんですか?」

「石つき以外はいいですよ石つきは包丁で切りなさい。あと、食べ物には見た目も大事な事を考えなさい。」

「はい。」


はい。

今晩のおかずはきのこのバター焼きです。浅葱屋敷の周りをぐりっちゃら歩いて、山鳥に温めている卵を見せてもらったり、タラの芽を見つけたりしてたら、椎茸木花が大変な事になってました。

タラの芽はその場で揚げて、3人で頂きました。


そう言えば、しずさんにコレ、教えてなかったなぁ。


大分産「ドンコ」なんか余裕で蹴飛ばせる、団扇程もある、肉厚の椎茸がマタンゴみたいに繁殖してましたとさ。

なので、しずさんに幾つかお裾分けして、今晩のおかずにと、収穫して来た訳です。


ついでだから、舞茸、しめじ、エリンギ、タマゴダケ、イグチ、初茸なんかを浅葱の力で取り出して、っておい!初茸なんか食った事ねぇぞう。なんで幻のきのこがここにあるのだろう?


「あ、このきのこでしたら、玉がよく採ってお母さんと食べてました。美味しいですよ。」


玉の仕業でした。

………現代では流通量の少ないきのこでも、1,200年前は、普通にそこらに生えていましたか。

玉さんは、きのこを一つ一つ分類しては、食べやすい、或いは見た目がいい大きさな形に切り揃え出しまして。


で、僕が鉄板の準備をしているところに青木さんがご帰宅なされたわけです。

…自分の部屋にじゃ無く、僕の部屋に。

さすがに今日は濡れていないようだけど。


ついでなので、しずさんの家に置いておくべき電化製品の相談をしようと思い、冷蔵庫の件を報告した訳です。呆れられたけど、考えてみれば、あの畑を耕し始めたのは、君達の生存の為じゃないか。

あの空間、最初は柿しかなかったんだぞ。


鉄板にはバターをたっぷり敷いて。

更にきのこの上にもバターをたっぷり。

これで、えのきなどの小さなきのこも、その隅々までバターの甘味が染み渡る。

更にその上に醤油を掛け回す。

見たか!肥りたきゃ肥れ!

不健康第一のきのこのバター醤油鉄板焼きだ。

不味いわけがない。


松茸の繊細な香りを殺して、食感だけ楽しむ罰当たりな料理に、うちの女性陣は一口食べただけで轟沈した。


「ビール、ビール。炭酸のたっぷり入った辛いビールが飲みたい!」

それだけ叫ぶと青木さんは、ダイニングを飛び出して行った。


「殿、助けて。ご飯が止まりません!」

玉は昔はいくらでも丸々太れたじゃん。

しばらくしたら、元に戻ってたじゃん。

「わかんないわかんない。美味しい美味しい。ご飯美味しい、きのこ美味しい。」

あらら、玉が壊れちゃった。


「これじゃああああ!」

お下品な叫びと共に、スーパー◯ライ500ミリ缶を半ダース抱えてきた青木さん。

「ぐらすぐらす!ぐらすどこ?」

片仮名が喋れなくなったよ、青木さん。

「缶からそのまま飲むなんて味気ないでしょ。グラス頂戴グラス。」

「はいはい。」


茶箪笥から、酒屋の景品ででも貰ったかな、麒麟の絵が描いてあるグラスを取り出して、水洗いをば、

「しなくていい!早く呑ませろ!」

呑ませろって、貴女が貴女の家から持って来た、貴女のお金で買った、貴女のビールでしょ。取りゃしませんから、落ち着いて呑みなさい。


我が家はこういう事(食事に関しての馬鹿騒ぎ)が、割とよくあったりする。

騒ぐのは、玉だったり大家さんだったり青木さんだったり。


こういう時は。

僕は静かに冷やした烏龍茶を飲みながら、鍋奉行ならぬ鉄板奉行に徹するのでした。

玉と暮らし始めてから、こんな食事が増えたなぁ。


★ ★ ★


「電子レンジとかはどうかしら。あ、でもアンペア数大丈夫かな。」

「配電盤なんか無いから。ブレーカーが落ちたり、あと漏電する事も無いと思うよ。」

「だから何よそれ。安全なの?」


僕は時々、肩凝りの痛みで横になれなくなる事があったから、低周波治療器を持っている。

電気を扱うに至り、玉と違い電気そのものの理解が浅いしずさんに、電気の怖さを体験して貰った。

バラエティによくある罰ゲームのアレだよ。

そしたら。


涙目になって

「きおつけますきおつけますむこどのきおつけます」

って平仮名だけを繰り返し始めちゃったので、これはいかんとちょうどいい感じでマッサージに切り替えてあげたら、「肩が軽くなったわ、さすが婿殿!」

ってはしゃぎ出しちゃった。

女性は肩凝りを抱えている人、多いしね。


「電気は大切にね!」

東日本大震災以降、姿を消してしまった、とある電力会社のキャラクターの真似をしながら、いくつかの注意事項を伝えたので、しずさんはまぁ大丈夫でしょ。とても頭の良い人だから。


「佳奈さん。お母さんだったら、料理の器具は要らないって言ってました。自分で煮たり焼いたりするのが好きだし、身についているのに今更新しく覚えるの面倒だからって。」

「ふぅん。さすがはご家庭の主婦ね。私なんか面倒くさいから、冷凍食品をレンジてチンして料理終わり!とかよくするのに。」


この人は、僕に惚れて欲しくて、告白をした人だよな。

なんでそんな、駄目人間っぷりを、僕の前で堂々と話すんだろう。


「玉も殿の''おーぶんれんじ“で“ぱん“を焼きますし、電気掃除機を毎日掛けてます。箒と雑巾よりも、凄く楽ですから。」


まぁ、その他に作られた機械だし。


「お母さんは、自分がして来た事は、そのまま自分でしたいそうですよ。……玉もそうしようと、便利な機械は色々我慢してましたけど、もう解禁です。我慢しません。殿のお世話の為なら、なんでもしちゃいます。」

「……ねぇ、これって玉ちゃんの堕落なのかしら。」

「働くって言ってんだから、容赦しない宣言だと思うな。粗大ゴミとしては。」

「自分で自分を粗大ゴミ言うかな。」

「自覚はあるから。」

「威張るな!」


とりあえず、浅葱屋敷の方に幾つか置いておくって事で。

必要ならば、使ってもらいましょ。


先ずは洗濯機。

僕の好みで、ずっと昔ながらの二層式を使っている。

あぁほら、畑仕事して巫女して家事して、やる事増えたから汗かく事も増えたし、いくら雨が降らないと言っても、タライと洗濯板で洗濯するのも大変だから。

乾燥機は、……雨降らないからなぁ。

干しときゃ直ぐ乾くし、いっか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る