第138話 電気を引けば、こうなるさ

だからさぁ。

雪も雨もとっくに止んでいるのに、なんで青木さんはビチョ濡れになって帰って来んの?


「帰りにね、階段じゃなくて坂を登ろうとしたら、滑って坂の下まで転がり落ちたの。家まで直ぐそこだったのにぃぃ!」


確かに夕べ、坂で滑って転んだら大変な事になるなって思ったよ。だから階段の雪をかいておいたんじゃないか。

他所様は大変でも、うちの住人は大丈夫だろうって。

なんでこの人は、残念な選択をしちゃうかな。



「佳奈さん、風邪ひいちゃうので、早くお風呂に入って下さい。さっき殿が入ったばかりだから、まだ暖かいですよ。」

「ごめんね。ありがとう玉ちゃん。」

「洗濯物は洗濯機に入れておいて下さい。お着替えを持って行きますから。」

「うん。わかった。」


青木さんは洗面所に消えて、玉は箪笥に取りかかる。

青木さんの替えの下着を出すんだろう。

僕はガラスの引戸を閉めて、台所に籠る事にした。


僕には、鍋の仕上げが残っているし。


……お隣に住むうら若いお嬢さんの下着が我が家にある事や、自分の部屋に戻らず人の部屋に直接来て、男が使ったばかりのお湯に浸かりに来るお嬢さんが、男の部屋の洗面所で全裸になる。


色々、というか、全部がおかしい。


…………。ま、いっか。

考えてみたら、我が家におかしくない事の方が少ないや。


さて、鱈・牡蠣鍋は結局、味噌味に決めた。

「第125回チキチキ鍋の素脳内トーナメント」決勝戦で、葱と七味たっぷりの味噌が、延長12回裏サヨナラスクイズで豆乳鍋をくだしたから。


白い鱈と白い牡蠣を白い豆乳で食べる白白攻撃に頭の中が真っ白になって白眼を剥いていたところに、冷蔵庫の野菜室から代打で出てきた九条葱が、先頭打者三塁打を打ちやがった。

更に、卓上にある八幡屋礒五郎の赤い粉が一塁線上に見事なスクイズを極めて下さりやがりましたよ。えぇえぇ。


……….


「殿。このお鍋美味しいです。お母さんにも分けてあげていいですか?」

「しずさんなら、五島うどんをひと束茹でてしまって、途方に暮れていたでしょう。あれじゃ食べきれないでしょ。」

玉のお手製うどんがあるのに。

「なんかかっぷ麺を漁ってたら出てきたから試しに、だそうです。大丈夫。食べきれなかった分はぽん子ちゃんとちびちゃんの夜食にするそうですから。」


あぁ、うちのカップ麺だらけの納戸と、浅葱屋敷やしずさんちの物入れを空間的に繋げたからか。

手くらいなら入るから、適当に取ったのが乾麺だったんだな。


「この家の出鱈目さを、お母さんの家にも適応しちゃったの?」

「青木さんは、なんでまた野良着着てんの?」

うち帰ってお洒落に着替えてくれば良いのに。

「うん?だってせっかく玉ちゃんが用意してくれたし。」

それは若い女性として、色々間違えてませんかね。

貴女一応、僕に告白してくれましたよね。色気とか恥じらいとか、どっか置いて来ちゃったの?


あ、そうか。

住んでる人も色々間違えているわけか。

残念とか言うと、女性陣2人から叱られるから、言わないけど。


「小さな鍋に取り分けておきなさい。この鍋は、最後おじやにしちゃうから。」

「はい、なのです。えっと、鱈と牡蠣とニラとお豆腐と…。」

「椎茸と人参と大根は、畑のものを使うように言って下さい。食べるのは明日だろうけど、煮崩れちゃうから。」

「お豆腐は大丈夫ですか?」

「固めに作ってあるから、一晩寝かすくらいなら問題なし!」

因みにこの木綿豆腐。

畑の大豆と、市販のにがりで作った我が家手作りです。

大豆の使い道ってあるなぁ沢山。


★ ★ ★


翌朝。

大家さんと玉が、庭の残雪にお湯(追い焚きした残り湯)をかけて流してました。


「これが乾けば、明日からまた庭いじりできますよ。」

「佳奈さんの方のお庭、楽しみです。」

「池を家から持って来ました。前にメダカを飼っていたの。」

「……何か飼うんですか?」

「ううん。地面に埋めようか、土間において水草を育てるようか、まだ考え中。庭の景色にもなるでしょ。」

「うふふ。楽しみです楽しみです。」


大家さん、プラスチックの池を持って来ちゃった。

僕の周りは池だらけだな。

……春にならないと、生物は飼えないけど、何かやらかしそうな師弟ですな。

人の事は言えない事は自覚してますよ。

えぇえぇ。


さてさて。

日本の運送業という業界は、思ったより優秀というか、働からざるを得ないのか。

夕べ、幾つかの通販サイトで発注した品物が全部午前中に届いちゃった。


大雪の次の日だし、台風や大雪と言った自然災害で流通が止まる事も当たり前になった近年だけど、まだ雪が残る中、こんな台地の上までよく配達してくれるもんだ。

国道方面から車で来ると、青木さんが滑り落ちて行った坂を登らないとならないのに。


届いた荷物はこれ。

コンセントカバーとスイッチ。

これを使って、ちょいと実験。

何の実験かって?


前に聖域の茶店をリフォーム(あれはもうリノベーション)した時に、いたずらに買った蛇口をつけてみたら、水道管が繋がっていないのに、綺麗な水が溢れ出てきた事があった。

しずさんが、浅葱屋敷の隣にコピーした家に住むと言い出した時に、同じ作業をしたら、同じ様に水道が勝手に開通したよね。


蛇口だけつけたら水が出た様に、コンセントカバーをつけたら通電する、とかの出鱈目が出来ないだろうか?いや、出来る!(反語←違う)


行燈があるから大丈夫と言ったしずさんだけど、ちびが側に付いていてくれるにしても、得体の知れない空間に女性1人は寂しいし不安だよ。

夕べは、玉も怖がって僕から離れなかったし。

という事で実験実験。

駄目だったら、発電機の一つもホームセンターで買えば良いじゃんて事で。


★ ★ ★


結論から言うと。

通電した。

テスト用に持って行った、えぇと。

持って行こうとして手頃な電化製品がなかったので、ポータブルDVDプレーヤーを持ってった。


そりゃ、はっきり言って、聖域も浅葱屋敷も、僕の都合の良い様にどうとでもなる箱庭なので、そりゃどうにかならない方がおかしい。


「…殿…」

「婿殿?」

わふ…

わん!



玉とぽん子は、そんなに呆れなくても良いじゃないか。

ぽん子に至っては、普段人間の生活領域に絶対に入って来ないのに、入り口を潜って土間まで来ている。(土間からは上がらないらしい)

とはいえ、たまにはいじけるぞ。


『あぁごめんなさい!ごめんなさい!』


ぽん子に土下座されました。

狸の土下座ってなんなん?

狸に土下座される僕ってなんなん?

土下座出来る狸の身体ってなんなん?


「婿殿?これ、なんですか?」

しずさんが、DVDプレーヤーに興味をもったか、蓋をパカパカし出した。

緑色のパイロットランプが点灯したのを見て、通電を確認したのだけど。

そう言えば、このプレーヤーを使ってるの青木さんだけで、玉は使ってなかったなぁ。

玉は、僕とタブレットを見てるか(玉専用のタブレットを買ってあげたのに)、テレビで料理番組や園芸番組を見るだけだしね。

映像よりも、活字の方が楽しい人だから。

しずさんは玉の側にずっと居たし、青木さんの行動にまで目が届かなかったと見える。


「これはですね。」

脇のスイッチをONにすると、んんん、この間青木さんがワンセグを見ていたままになっている。


受信は…………しないか。


水晶の世界には、電波は来てないんだな。いずれ、テレビかラジオを持って来ようと思っていたけれど、メディアで暇つぶしは出来ないのか。

ここまで出鱈目が出来るのだから、融通が利いても良いのに。


「婿殿?」

「あぁごめんなさい。どれどれ、ソフトは何か入っているかな?」

おやおや、土曜日の20時だよ全員集合じゃないか。

ほんなら再生ボタンを、ポチッとな。


あぁ、志村◯んが金田一探偵で出て来たか。しむらうしろーの回だ。


「うふふ、あららこれは、うふふ。」 

「きゃははははは。」


基本的に内輪ネタの無い、作り込まれた動きのコメディなので、平安末期の親娘がたちまち喰いついた。

つうか、声に出して笑ってるし、玉に至っては聞いた事の無いほど爆笑してる。

だったら、と言う事で、ディスク冒頭から再生開始。


さて。親娘はほっといて。

「またほっとかれました。」

「玉さんは、僕にツッコむなら、画面から目を離しなさい。」

「や、です。」

なんだかなぁ。


改めて、さて、電灯か。浅葱の力で何が出せるかな。


出せたものは、

子供の頃に勉強机の上にあった白熱球スタンドと、会社の独身寮のベッドサイドで使ってた読書灯。


スタンドばかりだな。


シーリングは、あぁそうか。 

実家でも寮でも今の部屋でも、備え付けのライトをそのまま使っていたから、出てこない…来るわけないわな…あれ?出て来た…。


何故かシャンデリアが。なんだこれ。

あぁ、妹が家を建てた時に、嫌がらせ(冗談)のひとつとして、お祝いにあげたっけな。

そしたら妹の野郎、玄関の電灯に使いやがった。


「意外とこれが新築の玄関に似合うのよ。兄さんって逆の意味で洗練されていると思うな。」

「褒めてんだか馬鹿にしてんだか。」

「んん。両方?」

「知らんがな。」


天井にコンセントカバーをプラスドライバーでねじ込んで、治具もガッツリアンカープラグまで使って固定させる。

一間(ひとま)と炊事場兼用の土間しかないこの家。

一見粗末に見えるけれど、漆で塗られた建材がもの凄く硬くて厚い。

ついでに天井も高い。

長押の上、欄間的な部分が、僕の知る一般住宅が高さ半間程度が主流なのに、この家、七五間はある。

これは浅葱屋敷も同じで、古くからの農家は天井が高い。


この小さな家も、小さいとはいえ、きちんと本格的な作りになっている様だ。

平屋なのに天井がある時点で気がつくべきだった。

時代背景を考えても、この家はそれなりに権力者の支援なり何なりの存在が窺える。

って、この家を玉のお父さんが建てたのなら、土地の実力者、平政秀の支援があって当たり前か。


おかげで、蔵に転がっていた踏み台じゃ届かなくて、脚立を取り出した。

それも5段式の。

えぇと。思いっきり農家戸建にシャンデリアを付けちゃった。

蛍光灯だから、明るい明るい。


玄関、というか、入り口の脇にスイッチを取り付けた。

勿論、配電なんかしてないけど、スイッチで普通に点き消しできました。

まぁいいか。


あとは、街灯もなんとかしないとな。

あまり明るいと、せっかく夜が来たのに動物達の眠りに影響するかもだし。(今までお日様の下で寝てたけど)


敷地の西側に建つ“しず邸“と、東側の温泉まで、30メートルくらい距離があるな。

高さ1メートルくらいの家庭用街灯を何本か間隔を空けて設置して。

浅葱屋敷にはセンサー付きライトを付けるか。

あ、あと温泉は洗面所しかライト付いていないから、湯殿もなんとかしないと。


あとはあとは、しずさんが暗い中でも外で調理が出来る様にか。

撮影用の、あの2メートルくらいライト(正式名称わからん)は、あれいつものホームセンターで買えるかなぁ。


とりあえず、部屋に灯りはついた。

街灯などは近々の課題という事で。

DVDを置いておけば、賑やかにはなるな。後でボックスを届けよう。



あと、……冷水パイプ式の氷室を計画してたけど、これなら冷蔵庫が置ける。

しずさんの食生活も、玉並みによく豊かになっていくだろう。


電化製品の取捨選択も考えないと、か。

あははは。

聖域が弄れる余地が減って来たけど、こっちは好き放題出来るな。

こっちは、玉と青木さん主導で動いてもらっていたけど、僕もそろそろ始めるか。

好き放題な出鱈目を。



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