第132話 荼枳尼天の巫女

と言う訳で、今日2回目の聖域です。


「殿?川が増えてますよ?…あと、なんか生えてます。」


さっき作った川の縁にしゃがんだ玉が、水に手を入れて冷たがっている。


「ちべたい。」

「生えてる?」


玉の後を追って、川を覗き込んでみた。

あれま、2時間位しか経って無いのに、葉が増えてる。

そうか、こんなペースで育つのか。


「山葵ですよ。蕎麦も育て始めているから、すぐ生蕎麦が食べられる様になるでしょう。」

「お蕎麦ですかぁ。そう言えば、殿にお蕎麦をご馳走になって食休みに公園を散歩してたら、佳奈さんに逢えたんでしたね。懐かしいです。」


あの前は、その後も2度ばかり通り過ぎた。八柱の◯屋与兵衛だっけ。


「殿の時代のお蕎麦は美味しいです。是非お母さんにも味わってもらわないと。」

「乾麺にすれば長期保存が出来るし。あっそうだ。納戸のカップ麺もこちらからでも自由に取れるようにしとくか。」

「かっぷ麺は健康に悪いです。」

「我が家でカップ麺を食べるのは玉だけなんですが。」

「いくら食べても減らないから、お婆ちゃんや佳奈さんも持って帰ってますよ。」

「青木さんはともかく、大家さんには何て言い訳してんだ?」

「殿が時々、沢山貰って来て、食べ切れませんって言ってます。」

………微妙に嘘では無いか。


★ ★ ★


「おぅおぅ。来おったな。」

「くにゃ。」


足元にたぬきちとテン親子。

茶店の屋根にはフクロウくんが泊まっている。


「あ、神様。おはようございます。」


ん?あれ?


「玉?」

「はい?」

「わからんかの?」

「はい?」

わからないらしい。


「玉?荼枳尼天の声が聞こえてる?」

「え?あ!へ?」

「賑やかな巫女っ子じゃのう。」

「くにゃ」

「あ、これ!」


あぁ、はい。

御狐様に押し倒されました。

たぬきちとテン親子にものしかかられて、フクロウくんに髪の毛を突かれてます。

お前ら、さっきまで普通に僕のご飯に集ってたろ。くすぐったいよ。


「…此奴は相変わらずじゃのう。」

「あれ?あれ?あれれ?神様の声が聞こえてます?」

「ようやくわかったかの。巫女っ子。」

「殿?殿?…殿がいらっしゃらない。」


いるし。

そろそろ助けてくれないかなぁ。


………


着替えさせられた。

巫女っ子さんは、本職が巫女だからいいけど、僕は無職なんですが。

相変わらず祝詞なんか知らないし。


「何を言うか。巫女は宮司があっての巫女じゃ。巫女っ子の主(あるじ)はお主だし、始めてでもないだろうに。」

「くにゃ」

あれも多分、あなたとしずさんの仕業じゃないかと睨んでいるんだけど……。


「大体、宮司に資格も三角も無いわ。あんなもんは人間が勝手に決めとるだけで、神と繋がれる人間には意味のない事じゃ。」

「くにゃ」


あぁ、まぁ。

現在の神道って明治時代に概要が定められたものらしいからなぁ。

神社によって参拝手順とか、違うところもあるし。


「儂をここに呼び寄せたのは巫女っ子じゃし、儂をこの世に現せたのはお主じゃ。ナントカ神宮で威張っとるだけのジジイより余程資格があるわ。」

「くにゃ」


だから、あまり現実世界に喧嘩売るような事言わないで下さい。

あなた、ご自分が祟り神の面を持ち合わせている事を忘れない様に。


「その祟り神を飯で腑抜けにしたのはお主じゃ。」

「くにゃ」

そうだけど。否定出来ないけど。


宮司の着る白衣に水色の袴の僕。

フル装備の巫女装束を着用する玉。

2人は本殿に上がり、祭壇に腰掛ける荼枳尼天と相対した。

他の眷属達も、僕らの周りで畏まっている。


「荼枳尼天が巫女、玉よ。」

「はい。」

玉は落ち着いている様だ。

荼枳尼天の問いかけに、静かに返事をした。

「一歩前へ。」


玉はギクシャクと、関節をカクカクさせながら、直線の動きで前に出た。

これはアレだ。

よく時代劇なんかで見る所作だ。


「玉よ。長年よく儂に仕えてくれた。お主を我が唯一かつ正当で正統な巫女と認める。」

「はい。謹んで御拝命申し上げます。」


荼枳尼天は、右手に持つ稲穂で3度、玉の頭を撫でた。

そして、祭壇に祀られる御神刀を、自らが持つ刀で軽く叩いた。


きん。


澄んだ金属音が狭い本殿内に響く。

同時に眩い光が御神刀から発し、やがて直ぐ光は御神刀に吸い込まれていった。


「これで全てじゃ。玉よ。お主はここではお主の主(あるじ)と同じだけの力を持つ。あくまでも主の許しの元にはなるが。じゃが、ここの出入りは完全にお主の意思で出来る。朝だけでなくとも良い。お主が来たいと思った時、自由に来て儂達と接してくれ。」

「勿体のうお言葉にございます。引き続き玉は荼枳尼天様の巫女として精進して参ります。」

「うむ。…草むしりしか出来なかった幼子が、社が崩れても嘆く事しか出来なかった幼子が、よくぞ今日を迎えられたの。」

「はい。」

あ、まずい。玉が泣きそうになってる。


「いや、菊地よ。これが普通の反応じゃ。お主みたいにおざなりな接し方しかしない方が間違っとる。」

「でしたら私も態度を改めましょうか?」

「それは嫌じゃ。」


荼枳尼天が悪戯な笑顔を浮かべる。

ふと気がつくと、僕の隣に座っていた御狐様が僕の手を前脚でカリカリ掻いていた。


「今さっき言っとったろ。僕は神官・宮司じゃないと。儂らもそうじゃ。お主をある意味で対等な存在として接しておるし、これからも接したい。」

「くにゃ」

「わん」

「ひゅぅ」

「くぅ」

「くぅ」

「くぅ」


あぁはい。わかりましたよ。

僕は引き続き僕のままでいます。




ってちょっと待て。

対等な存在って言った?

神様と?


「ではの。巫女っ子。精進せえよ。」

「くにゃ」


荼枳尼天と御狐様は、そのまま神鏡に吸い込まれていった。

後に残るは、僕と玉と。

たぬきちとテン親子とフクロウくん。

思わずたぬきちと顔を見合わせていると、玉が朗々と祝詞を唱え始めた。


判断は後回しでいいか。

とりあえず今は、荼枳尼天の巫女となった1人の少女の晴れ姿を見守ろうじゃないか。


★ ★ ★


「なんか、玉ちゃんがどんどん遠くなってくなぁ。」

「ん?玉はいつもここに居ますよ?」


晩御飯を終えて食休み。

僕と玉は、八女茶を冷やした冷茶。

青木さんはキンキンに冷えたビール。

真冬なのに。

おつまみに、玉の糠漬けとしずさんの糠漬けを食べ比べると言う、なかなか親不孝な事をしていると、青木さんがポツンと呟いた。


「だってさ、私はまだ、何者にもなってないもん。」

そりゃねぇ。

1,200年も巫女をやっていた女の子に敵う実績とかないでしょう。

「玉ちゃんは、たぬちゃんにもいつでも会えるんだね。」

「え。そこですか?」

「例えよ例え。例えついでに例えちゃうけど、玉ちゃんて宗教とか起こせちゃわない?」

「玉のお社は行秀様から受け継いだ極々個人的なお社ですし、お母さんのお社にしても、行き着く所は殿のものです。殿が神様にご縁がありますから、玉達が余録に預かれているだけです。」

「その殿は宗教法人とか…」


わぁこっちに話が来たよ。

やだよ、面倒くさい。


「…考えてなさそうね。」

僕が首を横にぶんぶん振るのを見て、ほっとしたように話を繋いだ。


「あのね。僕からすると、荼枳尼天も一言主も、何かの間違い。玉としずさんがその間違いに縋る事で、玉としずさんが新しい居場所に居られると言うから、僕は彼女達の為に個人的な秘密を開放しているだけで、他の誰も入れないプライベートだから。当然、商売に結び付ける事なんかしないよ。」


「ならいいの。玉ちゃん達の居場所を誰かに教えて邪魔されるって事がなければ。だって、玉ちゃんどんどん立派になって行って、何かになりそうな気がしたから。」


「佳奈さん。玉の希望は、殿の内儀になる事だけです。お母さんにも逢えました。神様にも認めてもらえました。そしたら、後の望みは殿と、ずっとずっと一緒に生きていく事だけですよ。」


あー、少しは照れなさい。

あまりに堂々と言うから、聞き流しそうになったじゃ無いか。


「なんか良いな、玉ちゃん。」

「佳奈さんはどうしたいんですか?」

「私?私かぁ。なんだろうな。」


あー、これはなんだ。

玉の方が一息ついたら、もう一つの厄介事がやって来たパターンだな。


仕方ない。

僕もお茶からおちゃけにシフトチェンジしよう。

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