第131話 美味い山葵が食べたい
聖域の川は今日も綺麗に澄み切っている。
急に思い付いて作ったから、岩で3面張りにしてるんだけど、魚達が苔を食べてくれるので綺麗なままだ。
さて、今日の仕事、企みはと言うと。
川をもう一本掘りに来た訳だ。
この聖域は、直径40メートル程度の岩に囲まれた円形の空間で、外に出る術が実はない。
岩壁はせいぜい高さ3~4メートルだから、乗り越えられない事もないんだろう。
実際、外部から動物が侵入しているし。
外がどうなっているのかは知らない。って言うか、考えた事もないな。
その真ん中に、人が跨げる程度の小川がある。川を挟んで荼枳尼天の社と茶店が建ち、たぬきちとテンのケージが石板を置いただけの橋を介して、向かい合わせに置いてある。
川の両岸には、蜜柑などの灌木が並び、それは僕らのおやつ、或いはたぬきち達のご飯になっている。
テンは基本的に肉食獣だけど、荼枳尼天の眷属という性質を与えられてから、なんでもありになっているらしい。
果物どころか茹でたとうもろこしとか、粉吹き芋とかを美味しそうに食べてる。
今回は、茶店の方の外周に沿って川の掘った。
壁に穿かれた穴からは常に清浄な水が流れ込み続けている。
最初は池で適当に排水されていた筈が、今は対面する壁に新しい穴が開き、聖域を横切って(縦断して)吸収されている。
因みに改造したのは僕じゃない。
魚がやたら増えて、獲りきれないし食べきれないなぁ、なんとかしないとなぁと思ってたら、ある朝、勝手に排水口が開いて、魚達は適当に吸い込まれていた。まぁどこかの川にでも通じているんだろう。
多分犯人は、この空間の真の持ち主である、社に祀られたあの人というかあの神様だと思う。
本人(本神)曰く、ここは儂(神)の別荘地でもあるから、気分次第で自由にいじっているんじゃだとか。
(本宅の一つは異次元にある江戸時代の佐倉城だそうです)
さて、新しく掘った川は水量を絞って、川底に段差をつけて、小さな滝の様にしている。
せせらぎ!…が目的では無い。
せせらぎは神様が勝手に川の流れを変えて、既に爽やかな音が響いているから。
新しい川は、この段差が大事!…と言う程でも無いんだよ。
見様見真似で作っているから、テレビで見たものは、こんなんだったなぁと思い出してるだけだ。
『おや、お主1人だけかい?』
『くにゃ?』
この空間の真の持ち主、荼枳尼天様と
その眷属たる白狐様の顕現だ。
神様やら神狐やらが、ぽいぽい気軽に現れるここは何処だと言われても、今さっき、滔々と説明をしたから、それを信じろ、としか言えない。
「私1人だけですよ。玉達なら、一言主の方に行ってます。」
『そうか。今朝の供物の礼を言おうと思ったんじゃが』
『くにゃ』
今朝の供物、ああ柿のピューレか。
あれは玉ご自慢のお手製スイーツだ。
浅葱屋敷の柿は、その種からここでも甘く実っている。
柿ジャムを作る傍ら、レシピを調べて、玉が片手間に作ったものだけど、とにかく神の祝福がある土地で採れた食材は、それだけで美味しい。
『お主1人と言うのも寂しいのう。せっかく巫女っ子の祝詞レベルが上がったから、祝福の一つも上げようかと思ったのに』
「玉はまだ恵比寿天の巫女も兼ねてますからね。でもまぁ1,200年ぶりくらいに再会出来たお母さんの側に居たいんですよ。」
それにほら、今日はみんな起きていて、焼き芋を食べてます。
「食べますか?」
『くにゃ』
『儂より先に食い付くでない!』
あぁこれこれ。喧嘩しないの。
★ ★ ★
面倒くさいので、焚き火を焚いてアルミホイルで包んだ紅あずまを投げ込んでおきますから、神様なり、たぬきちなりが火かき棒で好きなだけ焼いてもらいますかね。
やったあ
やったあ
やったあ
やったあ
『くにゃ』
『狸達と並んで焼き芋焼いてる我が眷属はなんなん?』
いや、たぬきちもテン親子もフクロウくんも、みんな立派なあなたの眷属でしょ。
眷属さん達が仲良く焚き火に当たりだしたのを見て、僕は作業に戻る事にする。
このあいだ、しずさんの家の建具を買い物に行った時に山葵の苗を買っておいたのさ。
浅葱の畑で小麦を作って、そこからパンやうどんや、色々作ったもんね。
うどんと言えば蕎麦じゃん。
空いてる畑に蕎麦の種を蒔いてある。ネギと胡麻は汎用性が高いので随分前から育てていて、いつでも収穫出来る。
そしたら、残りは山葵だよ。
(麺つゆまで作り出すと、鰹漁に出ないとならないから市販品で)
『山葵か、蕎麦か。お主は本当に飽きない男じゃのう。神の裏を平気でかきよる』
「行き当たりばったりで、大した考えは毎回有りませんけどね。」
『それでもお主は結果を出し続けておる。大したもんじゃのう』
「自覚は皆無なんですが。」
『自覚皆無と言えば、お主、巫女っ子はどうするつもりじゃ。あやつも先代も、元の時代に戻らぬ様じゃが?』
「あの2人を現代に連れて来た共犯者だと思っていますけど。あなたも。」
『主犯は別におるわい。儂もお主も巻き込まれ型の共犯者じゃ』
ミステリーの解説ですか?
「まぁ、僕の“浅葱の力“が主犯でしょうけど、何しろ力の源泉がわかりません。玉達がどんな選択をするにせよ、最後まで面倒見ますよ。」
『嫁にはせんのか。あちらはそれを望んで、いや熱望しておるぞ』
「玉の歳を考えてみて下さい。玉の時代なら、嫁入りは普通の歳ですけど、現代人の僕としては、色々躊躇するんです。」
『子作りは問題無かろう?』
「そりゃ、こないだ生理用品を買わされましたから。
祠の中に閉じ籠められていた時は止まってたらしいけど、最近また始まったとか。途方に暮れましたよ。
事が事だから、青木さんに任せても良かったんでしょうけどまぁプライベートって事で、慌てて2人でドラッグストアに走りました。」
そういえば、しずさん……。
玉の歳を考えると30代だよなぁ。
まだ閉経してない可能性あるなぁ。
……なんで僕が女性の生理に悩まないとならないんだよ。
『因果じゃのう』
ほっといて下さい。
★ ★ ★
「こっちに来ないと思ったら、1人で何やってるのよ。」
部屋に戻ってみたら、青木さんが朝ご飯の準備をしていた。
玉は今、大家さんと、青木さんの方の庭の開墾計画を立てているらしい。
…何やってんの?
あと、青木さんは何でスーツなの?
「今日は朝イチで年始詣りするから、取引先に直行だったり、その後は事務所で初詣行かないとだったり、少し早出しないとならないからね。」
「スーツで料理とかしたら、油や調味料が飛ぶでしょ。」
「舐めるな!そこまで下手くそじゃないやい!」
このお嬢さん、一応エプロンは着用してるけど、白いブラウスに黒のタイトスカート姿で目玉焼きを作っているんですが。
「矢切にいた時は裸エプロンに挑戦してたけど、◯シンハンバーグとか普通に作ってたし。」
「独身女性が何やってんの。あと、伏せ字になってない。」
しかも彼女、ターンオーバーの両面焼きを作ってる。
そんなもん僕も作れないぞ。
「玉ちゃんに女子力、主婦力で負けたくないのです。」
ないのですって。
「焦るわよ。私は一応姉貴分だけど、人として女として、色々なもので抜かれているもん。」
「そうなの?」
「菊地さんはオールラウンダー過ぎるの!玉ちゃんは菊地さんを師匠としている面があるから、24時間一緒に居る玉ちゃんと私では、どんどん差が出てくるの!だから、私は私で頑張るんです!」
主婦力って。
まだ23歳なのに、焦る必要なんかないでしょうに。
「…誰の為に毎日必死になってると思っているのよ…」
「ん?何か言った?」
「何でもない!お母さんがきんぴら牛蒡を作ってくれたから、これで一品作りたいんだけど、なんか良いメニューない?」
お母さんというのは、自分のお母さんじゃなく、しずさんの事だろうな。
きんぴらの材料は全部畑で採れるし。
「食パンでなくコッペパン、じゃなくて玉の作ったロールパンがあるから、きんぴらをホワイトソースで和えて挟めば良い。」
「…和を秒で洋に変えちゃったよ。この人。」
「1人暮らしが長いから、食べきれなかった惣菜の2日目を知ってるだけだよ。」
「私も1人暮らしは、それなりに長くなった筈なのになぁ。」
………
手抜きもいいところの、きんぴらパンは意外とみんなに好評でしたとさ。
………
青木さんが出勤し、大家さんが帰宅してしばらく。
玉が家事を始める時間になった。
「ういういういうい。」
玉さんがご機嫌になると、オノマトペが止まらなくなる。
今のは多分、かけてる最中の掃除機の真似だろう。
僕は食卓の椅子に避難しながら、一つ事付けを報告する。
「荼枳尼天が後で来いってさ。」
「??荼枳尼天様がですか?何の用でしょう?」
「さぁ?」
想像はついてるけどね。
けどまぁ、予想でも僕の口から言う事ではないだろう。
……このレモングラスのハーブ茶、美味しいな。
作ろうかなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます