第130話 古本屋
「とりあえず、玉が読み終わった本を何冊か届けて来ました。」
夕食を終えて早々、残ったおでんの鍋を持って、玉はしずさんに逢いに行った。
………
「そっか。お母さんひとりぼっちなんだ…。」
食卓に座る僕と青木さんの姿を見て、玉はポツリと呟いた。
明日から、朝はこれに大家さんまで加わるからね。
………
なので、珍しく洗い物を僕に任せて、自分の本棚から何冊か抜き出してすっ飛んで行ったわけだ。
自分だけが楽しくて幸せって言う状況に耐えられる子ではないから。
「お母さんって、現代文字を読めるのかな。」
青木さんの心配事は先ずそこだ。
玉はそんな青木さんに諭すように答えた。
「玉と同じです。外国語や一部の漢字は無理ですけど、大体は読めます。」
玉としずさんは、神職という事もあって当時は知識階層だ。
玉が言うには、源氏物語くらいは家にあったそうだし。
因みに更科日記を残した菅原孝標の娘は、上総の田舎で源氏物語を読む事を切望していたと、自記に残していたりする。
「でも、お母さんには、玉の好みとは違うと思います。喜んで受け取ってはくれましたけど。」
「私の本も、って訳にはいかないのよね。娯楽って人それぞれだから。本を贈ろうってバレンタインみたいな企画、結局日本には定着しなかったし。」
あぁ、あったね。
サン・ジョルディの日だっけ。
「玉の本は、実用書とか歴史書ばかりなのです。」
玉は買え買えと急かしても買わないからなぁ。
命令して、渋々安い本だけ選ぶ子だから。
「玉。明日、しずさんを本屋に連れ出しましょう。」
「殿。ですから無駄遣いは…。」
「玉は僕の家族だから、しずさんも当然家族だよ。僕は必要に応じて、家族には細やかな贅沢をさせる事は知ってた筈だ。玉はそんな覚悟もなく自分の時代に帰らず残ったのかな?」
「ズルいですよ殿。そんな言い方はズルい…」
「だったら家主の言う事をたまには聞きなさい。浅葱の水晶に住むと言う事は、しずさんの能力を十全に使い切る事が出来ると言う事だ。そして、多分しずさんは、その能力を残らず玉の為に使うよ。」
「………」
「ね、玉ちゃん。」
何故か僕の部屋でビールを冷やしている青木さんが、プルトップをカチカチ鳴らしている。
(ビールはグラスに移してある。我が家では最近、ペットボトルでもグラスに移す習慣が出来た。玉の趣味だけど)
「私もまだまだ子供だし、正直言って親との折り合いも良く無いの。なんていうか、反抗期がまだ抜けない感じ。」
長い反抗期だなぁとは思っても、口には出さないよ。
「でもね。うちのお母さんもそうだけど、親って子供の為ならなんでもしちゃうと思うのよ。だから、玉ちゃんはお母さんの心配をしちゃ駄目。言ってる意味わかる?」
「…玉がお母さんを心配する事が、逆にお母さんには負担になる…」
「そ。でも玉ちゃんには、菊地さんて頼もしい“殿''が居るでしょ。私や玉ちゃんと違って、菊地さんはお母さんと同じ大人だよ。私達とは違うんだよ。」
「………」
「だからね。玉ちゃんは甘える時は甘えなさい。菊地さんにも、お母さんにも。聞く限りだと、お母さんも菊地さんに甘えているじゃない?大人の人は、大人の人で解決出来るから。子供の私達は、大人に甘えても良いと思うな。」
僕は自分が大人だと思った事は一度も無いけどね。
それにまぁ、玉もずっとひとりぼっちだったから、甘え方を忘れているのかもしれない。
★ ★ ★
はい。新年一発目の大家さんを含めて全員揃った朝ご飯は、僕特製厚切りベーコンと目玉焼きを挟んだトーストでした。
作った僕ですら、噛み切るのに苦労した一品を、ウチの女性陣は「うまうま」と楽勝で完食してました。
…凄えな、後期高齢者少女。
「行って来ます。」
「行って来ます。」
「行ってらっしゃい。」
隣に住んでる青木さんはともかく、大家さんにまで行って来ますって言われるのか、我が家。
大家さんも、うちに帰るんじゃなく、帰ってくるのか?
「行って来ます。」
掃除と洗濯を終えて、今度は玉が水晶に潜っていく。
ある程度生活が落ち着くまで、しずさんの手伝いを出来るだけするつもりらしい。
まぁ、今日出かけるまで暫くあるし、僕もう最近めっきり減った1人の時間を楽しむ事にしよう。
先にネットで今日行く店舗を調べて。
あとは、ソファでゴロゴロしながら、読み差しの小説に戻る。
あ、コーヒー淹れようかな。
それともハーブティーにしようかな。
………
「だから私に無駄遣いをしなくてもですね。」
「暇つぶしの材料をねだったのは、しずさんですよ。」
玉が連れてきたしずさん、今日はスラックスに白いタートルネック、玉とお揃いの茶色いピーコート。
(玉は赤いピーコート)
しずさんの服を買った時、僕は金だけ出して別の売り場にいたので(野暮天の僕に女性のファッションなんかわからない)何を買ったのか未だに知らない。
青木さんが騒いでた下着と、青木さんとお揃いのピンクのスエットくらいだ。
「お母さん、もう観念しなさい。」
「僕を婿呼ばわりするならそろそろ知っておいて下さい。」
あっはっはっはっ。
歳上の、姑予定の人を説教したった。
「玉は、それでいいの?」
「玉もお母さんも殿の家族です。殿の財産は玉達が少し何かを買ったところで、びくともしません!だ、そうです。」
「だ、そうです?」
「玉にも殿は奥底しれない方ですから。」
「はぁ。」
2人して半ば強引にしずさんを連れて来た所は、白井市にある、とある大手古本チェーン店。一番近くて大きな店舗は南船橋にあるのだけど、大き過ぎて駐車場と店舗が離れてたり渋滞したり、僕と玉が人酔いしかねなかったりするので、中規模店舗に来た訳だ。
駐車場は店舗に付随しているので、車を降りると、玉はさっさとしずさんの手を引っ張って行く。
「殿。のるまは?」
「ここは古い本ばかりで安いから、1人最低10冊!増える分には、幾らでも良し!」
「わかりました。」
新刊書店で、欲しがったのに2,000円を超えるからと、本をこっそり書棚に戻していた事を僕がしっかりチェックしていた事を知ってから、玉はあらかじめ予算を確認して買い物に出る。
家族に遠慮される事を、僕が嫌がると言う事を知っているから。
僕としずさんの間に同じ事が起こっていると、人ごとだからではなく、自分の大切なお母さんごと(変な日本語)だからと、ようやく心底から理解したみたい。
僕は、まぁ、特に用はないんだよね。
CDもプレイヤーも、引っ越す時に処分したし、音楽を聞く習慣もなくなっていた。
あとはDVDか。
◯マゾンプライムも、お気に入り登録してある配信ソフトを見切れないんだけどな。
無職だから、時間は有り余っている筈なのに。
それでも動画サイトだと購入したり、別サイトを契約しないと見ることが出来ない映画やバラエティを何本かチョイスした。
さて、あの2人はどうしてるかな?
玉は相変わらず、新書コーナーに張り付いて、歴史書を中心に1つひとつの概要や解説を丁寧に読んでいる。
文字を読むことが大好きな子だから。
彼女は娯楽と言うものは、僕と共有するものと決めているみたいで、部屋で僕と並んで一緒に映画でも見ていれば、それで充分みたい。
それよりも、自分の知識欲を満たす方が楽しいと。
まぁ、本来なら学校に行く歳だからね。
ただ、腋に幾つかの大型本を抱えている。みると、園芸と料理のカラー本ばかりで重そうだよ。
この子は良い嫁になるよ。
って、婿扱いされてる僕が、自分で言ってどうする。
自分のソフトも嵩んでたし、買い物籠に入れて、玉に差し出した。
「それ、入れなさい。」
「あ、玉が持ちますよ。」
「荷物運びは男の仕事。多くなったら一回会計して車に運ぶから、ゆっくり選びなさい。」
「はい。……あの、元値から高い本でも100円からなんですね、ここ。」
「その分、学術書なんかは情報が古いから。なんならネットで最新情報を調べながら読むと良いよ。」
「はい!…でも、本が増えたら置く場所がなくなります。」
「浅葱屋敷を使いなさい。まだ使ってない部屋がたくさんあるから。」
「あ、なるほど。」
さて、しずさんの方は、と?
と?
漫画読んでるの?それも少年漫画?
玉は漫画を読めないんだよね。
絵とストーリーを同時に追う事が出来ないそうだけど。ま、そんな人は現代人にも居るらしい。
「しずさん、読めるの?」
「あら、む(こどのって言わない方がいいわね)菊地さん。ええ、面白いですよ。」
「漫画は巻数が多いのと、抜けがありますから、欲しいものが有れば全部買っていいですよ。後で抜けは買い足しますから。」
「でもアレですね。どれが面白いのか、数が多すぎて、私にはわからないですよ。」
「今日は今日で。また来れば良いし、なんなら部屋に来れば通販で買えますから。そのくらいはねだっていいですよ。」
「うふふ、そんなに贅沢な事は言いませんけど、少し気を大きくしますね。」
「任せない。」
結局、玉もしずさんも、それぞれ20冊以上買い込みました。
漫画だと早く読み終わってしまうけど、いいの?
「小説という物語も面白そうでしたけど、私は玉と違って、この時代の常識・文化を知りませんから、この漫画で先ずは勉強してからですよ。」
という訳で、幾つかのシリーズを2~3巻ずつ。
あのう。しずさん?
別に古本漫画なんか高くもないから全巻まとめ買いしても構わないんですが。
◯斗の拳を3巻まで買っても、現代社会の理解には、多分何の役にも立たないと思いますが。
★ ★ ★
さて、新鎌ヶ谷のSCに来ました。
こちらでは、ちょっと様子見。というか実験?
比較的大きめの新刊書店と手芸店があるから。
女性の暇つぶしって僕にはさっぱり想像がつかないのだけど、ほら。
編み物をしてるって光景が頭に浮かんだから。
マープル夫人みたいに。
因みに裁縫は、玉もきちんと身につけている。
玉の外出着は、完全に僕の趣味を買っているけれど、普段着は僕のお古を仕立て直してラフに着る事を好んでいる。
ミシンを買ってあげようとして叱られた事もある。
暇を見つけては、自分の着るものを針と糸でチクチク縫う事が楽しいと言われた。
当然、そのスキルは母親譲りのものだし、あの家には裁縫箱もきちんとあった。
だったら毛糸で編み物はどうだろう。
って事で、なんの説明も無く、勝手に連れて来た訳だ。
反応は、というと?
「まぁまぁ。このふわふわした糸で、こんなお着物が作れるのね。」
「まだ寒いから、殿に何か作ってあげようかなぁ。」
「私も、玉に何か作りたいわ。」
はい、親娘で目を輝かせ始めました。
この2人、ものづくりが大好きなんだね。
好きなだけ糸と道具と教本を買ってあげて。
たまたま開催していた、簡単な初期講習に2人して参加したほどです。
彼女達が喜んでくれて、わざわざ出掛けた意味もあったということですよ。
………あー、2週間後、大変な事になりましたけど。主に僕が。(笑)
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