第125話 ブレイン・ストーミング

「そろそろ統括的な説明を求む!!」

青木さんにビシッと指刺された。

「ビシッ。」

これは当然玉のオノマトペ。

家の土間に摺鉢を置くとわざわざ大急ぎで帰って来た。

ふざけられる所は頑張ってふざけるのがうちの巫女さんだ。


それは良いけど、説明を求むって言われてもなぁ。

僕自身、まだ整理がついていないんだけど。


まぁ丁度良いか、

かなりとっ散らかっているのも、何やら動き出したのも、事実だ。 

4人でブレインストーミングをするのもいいかもしれない。


………


抱き上げていたぽん子を降ろして、3人の元に移動して椅子に腰掛ける。

当然とでも言う様に(実際言ってるけど、わん)、ぽん子は僕に付き従って僕の足元でお座りをした。

前脚は僕のサンダルの甲に揃え乗せている。


それを見たちびが、青木さんの足元でお座りする。

ちびはぽん子を、お姉さんと決めたみたいで、ぽん子の真似ばかりしてる。

さっきまで、僕のブラッシングで腰を抜かしていたけどね。

あと、自分のボスは、しずさんではなく青木さんってインプリンティングは成功している様だ。

足元のちびを見て、青木さんはニコニコしている。


「時系列順に最初から行こう。先ずはしずさんが玉と離れ離れになったとこから。」

「殿、お父さんの事はいいんですか?」

「正確な時系列で言うなら、それを一番最初にしてもいいんだけど、何しろしずさんと出逢う遥か前になる。僕らも杢兵衛さんって名前を聞いた以外、何もわからないから、昨日の事に繰り下げる事にする。」

(本人には会っても見てもいないから)

「ですね。玉もお母さんがいなくなった時の方が知りたいです。」


先ずは玉の根底として。

玉が一番辛かった事は、多分、祠に閉じ込められ事より、しずさんに逢えなくなった事だと思う。

勿論、感情を擦り切らせる程の長い時間、1人きりだった事が辛くないわけがない。 

でも玉は、僕に逢う為に1,000年以上時を超えたんです!って言い切ってくれた。

泣いて叫んでくれた。

その涙は、僕に逢いに来てくれた、僕に逢えた「喜び」の叫びだ。

己れの全てを吐き出した叫びだからこそ、たぬきち達が飛び出して来て、一言主が反応した。神が玉を巫女として認めた。


涙なんか枯れましたと嘘ぶいていた玉が、最初に泣いたのは、お母さんに会いたくて、自分の家の側に立っていた岩に、祈願の為に掘っていた狐を見てだった。


訳の分からない時代に1人飛ばされた事の心細さより、お母さんに逢いたいって願いを玉は初めて僕の部屋に来たその日から、ずっと、一番に思い詰めていた事だ。


「私にもわからないんですよ。ある朝起きたら、身体がなくなっていたんです。死んだのかと思ったけど、玉と一緒に寝ていた筈の布団に私の死体は無いし。」

「…お母さん…」

「だけど、玉の事はずっと見てました。毎日泣きながら私の名前を呼んで、朝から日が暮れるまで探し回ってくれていた姿を。」

「………。」

「ご近所の方も探してくれてたのも見てましたよ。でも、女が拐かされるとか、当たり前の時代でしたから。その内、誰も玉の面倒みてくれなくなって。他所様の子にご飯を分ける程、裕福な村じゃありませんでしたからねぇ。玉が毎日、少しずつお米を炊いていた事も、ずっと見てました。お米が少なくなって、お粥にして食べてた事も。そして、最後のお米が無くなった時に、玉は婿殿の言う祠に吸い込まれたんです。私も一緒に。」

「………。」


「菊地さん、どういう事だろう。」

黙りこくってしまった玉を抱き寄せる青木さんの目には涙が浮いている。


「ふむ。先ずしずさんの事だけど、君にわかりやすく言うと、SF的な考えになるだろう。つまり、次元がズレた。」

「多元宇宙論的な?」

この人は、勘が鋭いとか、推理力が優れていると思って来たけど、その根底を成す知識も幅広いんだな。

改めて思う。

青木さんと話していると面白い。


「そうだ。勿論、その原因はわからないけど、似た経験を君はしている筈だ。」 

「祠、ね。」

「僕はあの祠ってものの形成要因に次元の吹き溜まりって仮説を持っている。この仮説に理論的とか常識を求められても困るけどね。」

「確かに祠に捉われていた4年間。ううん。4年とか体感時間で経ってない。だって退屈を感じる暇なかったもん。色々考えて、色々観察して、自分なりに仮説を立てて、ああだこうだ考えてたら、菊地さんが壁を破ってくれたんだもん。」


玉の言葉を思い出しても、そんな思いはしていた様だ。

祠の中は、栄養が失調しない事も、時間の流れ方がおかしい事も、閉じ込められた玉や青木さんの精神的変化も変だ。


「祠の中って、実際の世界とは一皮しか離れて無いって事なのかな。」

「それはここも同じだよ。市川の僕の部屋の和室から水晶を覗けば、たぬきち達の様子も、ぽん子達の様子も(新しい村のサンスケさん達の様子も)伺う事が出来る。現実の市川と、ここは水晶の皮一枚だけだ。変な日本語だけど、それゆえにここは守られている。」


足元でぽん子がうんうんと頷いている。

この仔は、本来、市川市動植物園にいた狸が、本人の意思と、何やらの力で、本人(本狸)の複製がやって来た。

市川のぽん子と、浅葱のぽん子は意識を共有していると言う。


つまりここは。

「とにかく、都合の良い場所なんだよ。」

知らないうちに、他の動物達まで集まって来て頷き始めた。

なんだこりゃ。


★ ★ ★


「話を戻そう。しずさんと玉は、平行秀と言う平将門に仕えた武将の想いを継いで、聖域にある社の巫女となった。でも

行秀氏としずさんの間には、多分2~3世代くらいの時間差がある。何故しずさんが社を継いだのか、僕にはわからなかった。だって、玉の話を聞く事しか出来なかったし、玉はそこまで知らなかったからね。」


玉の名前を出したら、玉は青木さんに引っ付いたまま、顔だけ僕に向けてくれた。甘えてくれないお母さんがちょっと寂しそうだよ。


「でも、その理由は昨日わかった。青木さんは自分を仲間はずれと思っていたそうだけど、実は僕と玉にだけ荼枳尼天から名指しで頼まれている仕事がある。」


「店を開いて下さいと。婿殿にお願いしました。具体的な場所と時間は、この間お教えした通りです。」


「と言う事で、荼枳尼天の巫女でもある、しずさんの要望で、僕らは指定の時間、指定の場所に行ってみた。そこで会ったのが、荼枳尼天の社の創建者・平行秀の子孫、平政秀だった。僕らはいきなり火攻めにあったのだけど、例によって僕のインチキパワーと玉の巫女パワーで撃退して降伏させた。」

「…………。それが私を外した事件か。何やってるのよ。玉ちゃんだって危ないしゃない。」

「人間相手なら僕らは無敵だ。相手を死傷させない様にこけおどしを考える事の方が大変だった。」

「……本当に何やってるのよ。ていうか、貴方何者?」

「さぁ?」

「さぁて。」


「ま、一応、浅葱の力とか荼枳尼天とか、意味不明な謎パワーであっという間に平政秀一党の心をバキバキに折った。今よりも迷信が通用する時代だしね。そこで聞いた名前が杢兵衛さん。いまもそこのしずさんちの仏壇に位牌が入っている。杢兵衛と名前が彫られている位牌がね。」

「私の夫は、主君の戦に参戦し、帰って来ませんでした。玉が3つか4つの頃の話です。」

「時代的に考えると、鎌倉幕府の勢力争いに巻き込まれたのでは無いかと思うけど、奥さんと娘さんが居る場所で、あまり適当な事は言いたく無いので省く。」

「それで吾妻鏡を読めって言われたんだ。」  

なんなら愚管抄も読んで欲しい。


その奥さんは、既に昔の事と割り切れているのかニコニコ笑ってうさぎを撫でてるし、娘さんは不思議そうな顔をしている。

玉は前にも、お父さんが死んだ事より、その事でお母さんが泣いて悲しんだ事に釣られて泣いたそうだから、そこまで父親の思い出・思い入れが無いのだろう。


「問題はその時に起こった。僕はしずさんの要望通り、茶店を出した。僕の浅葱の力の滅茶苦茶さは知っての通りだ。聖域にある茶店を出した。これは別に初めての事じゃないし、せっかく杢兵衛さんとの縁が繋がりそうだったから、杢兵衛さんに店を任せる様に言った。ところが、茶店だけでなく、社まで出て来てしまった。決して浅葱の力が暴走したわけでは無い。」(と思う)


「………。」


「僕が望んだ事では無い。だけど、多分、僕の望まないものが現れたそこにヒントが隠されていると思う。あそこで社が出て来たから、杢兵衛さんと社に縁が出来て、杢兵衛さんとしずさんに縁が繋がる事で、2人の娘の玉に社との縁が出来た。」

「それって…。」

「あぁ、玉が社に、祠に取り込まれた遠因だと思う。」


「もしそうだとしても、玉はあの祠が、あのお社があって、無力な玉でも長い間一生懸命ずっとお祈りしていたから荼枳尼天様とのご縁が出来たし、本来なら逢える筈の無い殿に出逢えた事の修行と考えるならば、玉は何にも後悔する事ありません。そう思ったから、思いの丈を殿に伝えました。」

「おかげで玉は一皮剥けて、私も身体を取り戻せた訳です。婿殿。改めて御礼を申し上げます。ありがとう。」


ここまでが、今まであった事だ。


「細かい事はいくつかあるけど、ここまで話を整理して、一つのキーワードが出ているのがわかった。」


細かくない事だと、あの社は行秀が創建した筈なのに、このままでは政秀が創建した事になるとか。

青木さんの2回目とか。

まぁ、それは後回しにして、浮かび上がって来たキーワード。


それは「縁(えにし)」と言う言葉。


★ ★ ★


「良いなあ。」

「はい?今の話、聞いてました?」


今の玉親娘の苦労話のどこを、青木さんは羨ましがってんだ?


「だってそれは、玉ちゃん達と菊地さんの縁でしょ。なんか私、やっぱり仲間はずれじゃん。」


あぁそう言う事か。

やれやれ、青木さん本気でしゅんとしてるぞ。

ちびが慌てて慰めててるぞ。

まったくもう。

まったくもう。

何故、僕は自分で自分の外堀を埋めなくちゃならないんだよ。


仕方ないなぁ。


「縁ってものはね、出来るもの。作るもの。育てるもの。」

「へ?突然何言い出すの?」


「玉の今日(こんにち)が有るのは、玉が僕との縁を大切にしてくれたからだよ。そして、しずさんと再会出来たのだから、元の時代に戻って2人で暮らす事も出来た。玉はその為に、現代の便利な文明・文化に依存しない生活をして来たし、陽の出入りと共に寝て起きる生活をしていた。」

「でも玉は、殿と一緒に居る事を選びました。だってその為に玉はこの時代に来たんです。」

「そして、玉にいつでも逢える生活を婿殿が整えてくれました。」



………



「あの日、多分、玉がうちに来てまだ1日か2日しか経ってなかったと思う。玉の家具を揃える為に買い物に出て、お昼に''たまたま“蕎麦を食べて、食休みに''たまたま''近所の(側にと言うと交通事故駄洒落だ)自然公園に行ったから、''たまたま''君に逢えた。それは君と僕との間に出来た縁だ。」

「………。」

「それから君は、僕にメールを送り続けてくれた。宛先不明で繋がらなくてもね。そして、そのメールには玉の名前を書いてくれた。その事がどれだけ玉を勇気付けてくれたかを、僕は目の前で見ていた。」

「………。」

「君は僕らとの再会を期して、松戸市に引越して、更に今は隣に住んでいる。僕らと生活を共にする事も多い。それは、君が作って育てた縁だ。そして。」

「?」

「僕と玉の縁が巻き起こしている騒動は今が盛りだけど、僕と君との縁がもたらす騒動はこれからなんだろう?」

「え、どうしてわかったの。」

「わかるさ。」


玉を勇気付けたメールに書いてあるからね。「2回目」が。

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