第124話 新しい生活
「菊地さん?」
「なんですか?」
「玉ちゃんに何かした?」
「はいぃ?」
「何かしたでしょう!」
実家から帰宅してきた青木さんが
「ただいまぁ。」
「お帰りなさい。」
「いや、君んちは隣だから。なんで真っ直ぐうちに来るのよ。」
…自分の家ではなく、僕の家に当たり前の様に帰ってくるあたりから、訳がわからなくなっていくんです。
で、帰って早々、お風呂上がりで上気した顔をピンクのバスタオルに押し付けている玉の姿を見て、何やら言い始めた訳ですよ。
七輪で鰆を西京焼きにしてたのに、何故、邪魔をする?
網焼きだから、丁寧に扱わないと、米麹で香り付けした白味噌が落ちるだろ。微妙に付ける「おこげ」が美味しいのに。まったく。いや、君の分もあるから。そっちの心配しなさんな。数を数えないの。
青木さん曰く、玉が何やら変わったらしい。
ふぅん。
変わったねぇ。
僕は朝からずっと玉の顔を見てるけど、何か変わったかな。
「まさか、やっちゃったの?」
「何を?」
「ナニを。」
あぁ、そう言う事か。
この残念さんはムッツリさんでもあったな。
「誰が残念さんで、ムッツリさんじゃ。」
「だから、僕が考えた事を読み取るなっての。」
「玉なら別に何も変わらないですよ。殿も何も変わって無いと思います。」
「むむ?」
帰って来たら帰って来たで、ケタタマシイお嬢さんだなぁ。
さて、晩御飯より先にお風呂に入っちゃうと、パジャマに着替えてしまい、手伝いをしなくなる女の子は、先に食卓に座って冷たいお茶を淹れてます。
「お母さん、ちゃんと食べてるかなぁ。」
ある意味、今日から本当に1人暮らしだからね。(動物は沢山いるけど)
身体が戻ったしずさんは、汗をかけば垢も出るし、お腹も空くし、喉も渇きます。
おまけに、玉の巫女装束を依代に、何処へでも行けた昨日までと違って、浅葱の水晶から出れません。
聖域の茶店にフェイクの蛇口を付けたら、水道管も繋がっていないのに水を流れ出すと言うデタラメがあったので、同じく神様がいて、浅葱の力の本ちゃんとでも言う場所だからと試したら水道が出来ました。
なので、玉の家には水道が出来てます。
(浅葱屋敷は井戸と水甕なんだけど)
ただ、電気やガスはないので、竈や七輪で料理するしかない、と。
一応、果物や野菜類は畑からご自由に収穫して下さいと言ってあるし、調味料は玉が自分の料理で使っているものを、そのままコピーしといた。
米と味噌、あと玉の糠味噌の糠床をプレゼントしておいた。
ただ、タンパク質が足りない。
うちの畑だと、大豆くらいしか無い。
大豆だけでも出来る食品はとんでもない種類に及ぶけど、今日大豆から今晩のおかずを作れというのは酷な話だ。
川の生物は人懐っこいから、僕も漁の対象にはしてないし。
幸いというか、前に玉とメザシを焼いた事がある。
なので、干物系はいくらでも出せる。大丈夫。
あとジャーキー。こっちは僕の経験で。
あと、鰹節。
あと、ふりかけ。
この辺は、浅葱の力で山盛りにしておいた。
卵は、最初の頃は玉が嫌っていた(細かく交通事故駄洒落がいくつか)のだけど、しずさんは玉が卵好きになっていく姿をつぶさに見ていたので、特に抵抗もなく受け入れてくれた。
卵は常温保存が出来るし、どうせ毎日行くんだから、その日その日で腐らなければ良い。
川で冷やしてもいい。
とはいえ、先をちゃんと考え無いとな。
別居している(のか?)とはいえ、家族が増えた訳だから。
★ ★ ★
「ねぇ玉ちゃん、菊地さんがお味噌汁の味付けしながらブツブツなんか言ってるよ。」
「殿は多分、お母さんの心配をしてくださってるんです。」
「はぁ。」
「今日一日で、色々な事があったんですよ。」
「はぁはぁ。」
…………
食べて直ぐ寝ると太りますよ。
って言ってみたけど、考えてみたら、玉は昔から自由に痩せたり太ったりしてるな。
肥満よりも健康を考えた方がいいかな。
今日は色々な事があった。
あり過ぎた。
疲れた玉が、さっさと入浴して就寝したのは、多分、本人にも疲労の自覚があったのだろう。
まだ19時だというのに、ベッドに入って消灯してしまった。
………
「ねぇ。本当に何があったの?」
青木さんは、何故か僕の家で入浴を済ませて、頭を拭いている。
玉が休んでいるので、ドライヤーを使わないあたりは、彼女も気を遣ってくれているんだろう。
「ん?まぁ色々あって、色々忙しい一日だったのは事実だよ。」
「それは、やっぱり、浅葱の用事?」
「うぅんと。浅葱関係でもあるんだろうけど、どちらかというと、荼枳尼天と玉の出自に関する方だね。」
実際、青木さんや妹など、浅葱の血筋には直接関係の無い因果関係だし。
「私がいない日を狙って、何かやってるんだ。」
「君がいない日というよりは、君を巻き込まない為かな。今日も僕らには命の危険があったわけだし。」
形の上ではね。
「それはわかるけど。なんか寂しいなって思ってねぇ。」
「玉は何か言ってたのかい?」
「うぅん。」
ブルブルとムチウチにでもなりそうな勢いで青木さんは首を振る。
この人は、他所(実家や職場)では割と人見知りっぽく真面目に振る舞っている様だけど、僕や玉の前ではオーバーアクションを取りがちだ。
「玉ちゃんは、明日全部話しますって。」
「だったら僕が話すことは何も無いよ。」
「それもわかってる。でもなんか寂しいじゃん。私だけ仲間はずれみたいで。」
この人はまぁ、どんどん素直に(甘えん坊に)なってきたな。
「玉はね。君の事を“大切なお姉ちゃん“と思っているんだ。だから、きちんと場を設けて話すべき事を話す、と考えているんだと思うよ。」
「そこなのよ。」
「何処?」
「キョロキョロしないの。」
せっかく周りを見回すボケをしたのに、軽く流されたぞ。
「あのね。玉ちゃんって考えている事が全部顔に出てる子だったの。でも今日は全然読めなかった。なんでだろうって。」
男子三日会わざれば刮目してみよ。
昔からの言葉だ。
「玉が化けた。それだけの事だよ。玉は元々努力を厭わない子だったから、きっかけが有れば化ける。玉の年齢を考えても、その時がたまたま今日だったんだろ。」
あ、また交通事故駄洒落。
「ま、素直に明日を待ちなさい。寝れば全てがわかるから。一言だけ言えるのは、玉は今、この家に来て一番リラックスして眠りについてるよ。」
「こんな時間から眠れるわけないでしょ。」
青木さんは台所に行って、冷蔵庫からビール缶半ダースと、ツマミとして美味い美味すぎるのお饅頭を持って来た。
実家からのお土産らしい。
ビールに饅頭?
「以外とコレ、おつまみに合うのよ。」
「晩酌の習慣は無いんだけどなぁ。」
「良いじゃ無い。たまには私ともお話しして下さい。」
あれ?
いつのまにか、僕の目の前には、高校生だったあの青木さんみたいな、素直で勝気で元気な女の子が座ってるよ。
「いつもは玉ちゃんがいるから、多少は歳上ぶってるの!」
「そうですか。」
その晩は、青木さんの、あの松戸の自然公園(の祠)での出会いからその後、何をして来たか、たっぷりと聞かされました。
話すだけ話して。楽しそうに。
どれだけ僕に話したかった事があったのか、悪い事したなぁと反省させられましたよ。
22時過ぎまで、手足を振り回してわちゃわちゃ喋るだけ喋ると、疲れたと言って、やっと自分の部屋に帰って行きました。
でも僕の知りたい「2回目」については語ってくれませんでした。
あと、夜に男の部屋から、疲れたって言って出ていくのは、隣の菅原さんとかに聞かれると人聞きが悪いから、勘弁してくんないかな。
★ ★ ★
「お母さん?どうしてこうなったの?」
「何もしてないわよ。」
翌朝、いつものルーティンとして聖域の後、浅葱屋敷に来てみれば。
社の屋根より遥かに高く伸びた大木が2本、一言主の社に狛犬の如く立っていた。なんだこりゃ。
『凪の木だ』
あんたのせいか。一言主。
ここは一応、僕んちなんだから、日照権を…いやいや。いやいやいや。
ああと。動物達や植生に問題ないの?
直ぐ西は梅林だし、南の生垣の先には林檎や梨や蜜柑の木が並んでるよ。
『大丈夫。儂の神威の発露じゃ。ここに住まう生き物には、良い影響しか及さん。』
なんだかなぁ。
「菊地さんはなんで木に話しかけてるの?」
「婿殿は神様とお話しが出来ますから。」
「なんで玉ちゃんのお母さんが普通に私と話してるの?ていうか、お母さん人間?」
「お母さんは最初から人間ですよ。」
「私は人間ですよ?」
「え?え?え?ええ?」
玉はしずさんの腰に抱きついた。
「はい。お母さんです。玉のお母さんが帰って来ました。」
「青木さんって仰いましたね。玉と仲良くして頂いてありがとうございます。」
「ええええええええええ!」
★ ★ ★
うさぎが、モルモットが、うずらが、ミニ豚が、ぽん子が、ちびが、みんなして僕の足元に集まって来た。
あのね、お母さんが毛布を洗濯してくれたの。ふわふわなの。
あのね、お母さんが柿の皮と、林檎の皮を剥いてくれたの。美味しいの。
あのね、お母さんが炒り卵を作ってくれたの。美味しいの。
あのね、お母さんが…
あのね、お母さんが…
みんなして、僕らが寝惚けている間に、しずさんにお世話して貰った事を喜んで報告してくれる。
たしかに朝しかいない僕らよりも、一日いるしずさんが世話する時間あるね。
僕は基本的に、欲しいものはなんでもあげるけど、あとは全部自分でしなさいってスタンスだからなぁ。
「そうか。そんな事があったんだ。そりゃ玉ちゃんも大人になるわね。」
庭の芝生に出しっぱなしになってるキャンプ用テーブルに3人は腰かけて、お茶を飲み始めた。
八女茶なら茶葉がいくらでも、屋敷の仏壇の引き出しに入ってる。
茶葉を3人に預けて、僕は縁側でぽん子をのんびりブラッシング。
「??。玉はずっと玉ですよ?」
「うぅん。玉ちゃん変わったの。羨ましいくらいに変わったよ。」
「???」
あ、そうだ。
玉がどれだけ変わったか、試してみよう。
「玉、忘れ物したから取ってきて下さい。台所のシンク下にあります。摺鉢とお餅。」
「わかりました!」
玉はその場で一度消えて、再び現れた。
摺鉢とスリコギと、年末についたお餅(小さな鏡餅も)を抱えて。
「え?え?ええ?玉ちゃん、水晶から出れるの?」
「みたいですね。玉にもびっくりです。」
予告というか予言はしていたんだよね。
巫女としての能力が上がった時、浅葱の水晶から出れる事も出来るよって。
勿論、玉の存在確率自体は上がっていないので、僕抜きで単独で出入り出来るのは僕との繋がりがある場所、すなわち聖域と重なっている僕の部屋だけ。
「ちょっと待ちなさい。ひょっとして今、玉ちゃんを試したの?」
あ、気がついちゃった。
「試すもなにも、殿は知っているんですよ。だから玉は殿の言う事が聞けるんです。だって殿がお言い付けされる事は、玉に出来る事だけですから。」
ニコニコ笑って断言する玉さん。
摺鉢を抱えてなきゃ、カッコいいのに。
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