第126話 お買い物

ミーティング終了。

終了?何も決まってないけど。

はい、終了って事で。

何も決める気無いし。


とりあえず事実関係を整理出来て、4人と情報共有出来たので、今はこんな所でいいでしょ。

まだわからない事が多い、多すぎるから後は今後の展開次第で、

「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する」

と言う事で。


「どこかの准将かよ?」


あははは。

やはり、青木さんには通用したよ。


「て言うか、殿?それは無責任な後回しって言いませんか?」

「玉、それはしーです。しー。」

しーと言いながら、玉の口に人差し指を当てる。

「殿の指と、ちゅーです。」

「あ、しまった。ここだと玉に触れちゃうんだった。」

「くすくす。婿殿はいつもそんな事言いますね。」

「良いんですよ。友達が笑顔になってくれたら、それで良いじゃないですか。」

袖口を口に当ててコロコロ笑うしずさんに、僕は開き直って言い訳をした。


安穏な人生を、ここに居る4人は送れて居ないんだから。

それに。

夕べ、青木さんとじっくりと話せた事で、玉だけで無く、青木さんも自分で我慢を溜めちゃう人だとわかったし。

まぁ、外面(そとづら)が僕らの時とは全然違う人だからなぁ。


青木さんに昨日の玉みたいに泣き叫ばれたら、受け止め切れるかわかんないぞ。

僕にそんな器量があるかどうかわからん。


という事で、とりあえず全部棚上げにして、早急に取り掛からないとならない事をしましょう。

玉としずさんが本来の時代には戻らず、僕の側と水晶で生きていく(僕的には玉から逃げられなくなった重大な事態なんですけど、なんかもうどうでも良いかなって)と決まったら、しずさんの生活環境を整えてあげないとならないわけで。


………


「お母さん、手を出して。」

「はい?こうですか?」

「行きますよ!」

玉に連れられてしずさんは市川に飛んで行った。

「ん。」

青木さんが手を出してくる。

玉と違って青木さんは、ここに入れても出れないので、僕が連れ出す事になる。

なんだかな。

妙に照れ臭いぞ。


★ ★ ★


「何も私まで連れて行かなくてもいいのに。」

「そうは行きません。というか、殿がお母さんの事を気にかけているんです!」

「私のお古のワンピースだけど。上にコートを羽織れば暖かいし、見た目もおかしくない無いよね。」


しずさんは基本的にいつも巫女装束なので、まさかその格好で、日常生活を送って貰う訳にもいかないでしょ。

畑仕事をする気満々だし。

小袖やしびらは現代でも手に入るのかしらん。


玉だって、普段着は、僕が中学の時に来ていた学校ジャージを自分で手直しした物や、割烹着やパジャマだし。

そういえば、玉の女性用下着を買いに行く時は困ったなぁ。

あれから世間的には姪っ子設定が出来たんだっけ。


隣の部屋てワイワイやってる間に僕は車を取ってこよう。


「また新しい女か?」

玄関から出ると、コンビニ袋を下げた菅原さんと鉢合わせした。

「おや、菅原さん。あけましておめでとうございます。」 

「あ、あけましておめでとうございます。」 

礼儀正しく新年の挨拶をしたら、何故か焦られた。

なんで?


「玉のお母さんが上京して来たんですよ。お隣の青木さんとも顔見知りだから、ご飯でも食べに行こうかって。」

「その青木さんとやらも、結局越して来たな。君はここを娼館にでもする気か?」

「正月早々、とんでもない事を言い始めるお隣さんが現れたぞ。ここが娼館なら君はどうなるんだよ。」

(あと2階にも一人暮らしの女性がいるぞ。玉とは仲良しみたいだけど、僕は面識ない)

「ふむ。公務員をしながら娼婦というのも面白い。」

「をゐ。」

「冗談だ。どうも君と話してると、私のハードルが色々下がる気がする。警戒心まで怪しくなるな。君は一体何者なんだ?」

「しらんがな。」


「でも、あれだ。玉ちゃんは母親と良好な関係なんだな。最初は家出娘だと思ってたんだぞ。」

「玉はお母さんが大好きですよ。ずっとべったり張り付いてます。」

「そっか。良かった。」


そういえばこの人も、複雑な家庭環境を抱えているらしいな。


「なにはともあれ、今年も宜しく。」

「こちらこそ。」


僕らは握手をして別れた。

グビ姉さんは、昼間っからビールを買って来たらしい。左手にぶら下げているコンビニ袋の中身はヱビス半ダースだ。

「さぁ今日も飲むぞ。」

…握手したの、初めてだな。

ていうか、異性との別れ際に握手?面白い人だな。


★ ★ ★


今日の配置は珍しい。

玉が助手席に座って、後部座席にはしずさんと青木さんが陣取った。

というか、しずさんが青木さんを引っ張って後ろに引き摺りこんだ。


時々2人でコショコショ内緒話をしている。

今日は今まで玉と出掛けた所ばかり回る(まだ4日だから営業している店は限られているけど)予定。

お昼も玉のリクエストで、餃子の◯将の予定。玉的には◯ーミヤンより◯将だそうです。


しずさんは、自動車に乗る事は初めて。

いつもは玉の巫女装束を依代にあちこち出歩いてはいたけれど、逆に言えば巫女装束の無い場所には行けない。

そして玉の巫女装束は、市川の部屋・聖域・浅葱の水晶の3箇所にしか無い。

すなわち、現代日本を出歩く事は初めてとなる。


その割には、車窓の風景を静かに眺めながら、疑問に思った事を小声で青木さんに質問する以外、特に興味を示す事はない。

その役目は玉の方がいいんじゃないかなと思うのだけど。

その玉は、少し寂しそうにしているけど、それよりも青木さんとしずさんが仲良くなって行く方が嬉しいらしい。


ドアミラーで後ろを見てニコニコしたり、僕の口に飴を詰め込んだり、なんだか、ぐりっちゃら忙しい。

いつもの道だから地図チェックをしないみたいだ。



………


先ずは着替えだな。

正月から営業している用品店って事で、道すがらにある、◯まむらにとりあえず入る。

他にも、今後行く店で宜しき物が有れば、随時買い足すと言う事で。


「しずさんの普段着・作業着・寝巻・下着。それにタオルやクッションなんかも売ってるから揃えて下さい。あと、玉の下着もそろそろ草臥れる頃だから、そっちもお願いします。全部、青木さんの判断で選んでいいです。僕は男性コーナーで適当にぶらぶらしているので会計の時に呼んで下さい。あと、玉の様子を見て、具合悪そうだったら携帯で呼んでください。」


入り口の自動販売機で、親娘揃ってお茶のペットボトルを恐る恐る買って居る姿を見ながら、青木さんに指示をする。


「玉ちゃんと菊地さんて、どのくらい離れると不味いの?」

「んん。普段、玉が僕から離れて行動するのは、庭で畑を弄って居る時か、アパートの入り口のゴミボックスにゴミ捨てするくらい。前にわかった時は、100メートルくらい離れると体調不良を起こしてる。ただ。」

「ただ?」

「前に妹と動物園に行った時は、もっと離れても平気だった。」

「あぁそうだったね。それは妹ちゃんとの縁のおかげかな?」

「それもあるだろうけど、君の指にもあるだろう。」

「この指輪?」

「妹との縁。指輪、つまり一言主との縁。更に玉自身の覚醒。玉自身は多少の耐性が付いているかもしれない。」

「なるほど。」

「だから、どちらかというと、しずさんの方がやばいかもね。」

「そのお母さんだけど。」

「何?」

「下着は何を買ったらいいのかな。」

「はい?」

何を言い出すんだ?


「私の下着をつけてもらおうと思ったけど、お母さんってブラつけたことないでしょ。だから私のTシャツ着てもらってみたんだけど、私より大きいのよ。おっぱいが。」

最後の方はヒソヒソ声だぞ。

あと、女性がおっぱい言うな。

「だから、菊地さんのシャツを玉ちゃんに出してもらったの。今は生ぱいでお母さん着てるよ。」

「あのな。僕は男だよ?あと下品。お下劣。」

「知ってるし、自覚してるわよ。」


わざとかい。あとさぁ。


「僕の女性の下着の知識は、お付き合いのあった同年代の人までだよ。お袋は30そこそこで死んじゃったし、年配の女性の下着なんか何にもわからないよ。」

「役立たず。」

「だから君を連れて来たんじゃないか。」

玉の下着を買う時だって、店員に任せっきりだったんだ。

当然、役立たずだったぞ。

「やれやれ。」

「やれやれ。」


………


「色々迷ったけど、ブラカップ付きキャミソールにしました。」

「余計な報告は結構です。」

「殿。玉のぶらじゃあもかっぷが上がりました。じゅにあ卒業です!」

「カップがどうとか、僕がわかるわけないでしょ。」

「婿殿?嫁の成長を喜んで下さい?」

そりゃ玉はまだ成長期だろうし。


あと、3人してニヤニヤしてやがる。


★ ★ ★


続いて向かうは、我が家御用達の、玉曰く「黒いほおむせんたあ」。

あぁ、今更隠す必要ないな。

◯ィフル◯田の千葉ニュータウンにある支店だ。


玉的には、北総線の対岸にある餃子の◯将の方がお目当てなので、さっきからそっちを睨んでいる(まだ昼前だっての)いるけど。 


「ここは私は初めてかな。成田行った時、前通ったよね。」

広大な売り場をキョロキョロする青木さん。

一方、ここに来たら玉さんは台車係になるので、今日もクルクル言いながら、台車を押してます。 

「くるくるくるくる。」

「くるくる?」

「ここの台車は大量の商品を運ぶ事が多いから、タイヤの滑らかな回転が玉のお気に入りなんだ。」

「!!私も押したい!」


青木さんは台車を取りに走って行っちゃった。あの人、おととい23歳になった筈だよな。

…荷物もそれなりにあるから良いか。


「ここでは、しずさんの家の家具というか建具というか、とりあえず暮らしやすく出来る物を揃えるから。」

「だから私にね、そんなに気を使わなくてもいいのに。」

「でもお母さん。畳と殿の布団は良かったでしょ。」

「それはそうだけど。」


昨日、畳(茶店のリビルドで買ってた)と羽毛布団と枕(部屋で使って居る物のコピー)を浅葱の力で出して、板の間一間の家に畳を敷いてみた。

枕は玉と同衾する様になった時に、1人用の蕎麦殻枕を、1メートルくらいある長い羽毛枕に買い替えてあるので、箱枕しか知らないしずさんには好評だった。

なので、さっきの店で抱き枕も買ってみた。

さて、今晩どうなるかなぁ。


「ね、玉ちゃん。絨毯とラグ、どっちが良いかな。」

「部屋の形が絨毯と合わないので、らぐの方が良いですね。」

「絨毯てなんですか?らぐ?」


「お母さん、箱膳の代わりにちゃぶ台にしようよ。殿の部屋にあるてえぶるでもいいし。」

「ちゃぶ台ってなんですか?」


「菊地さん、遮光カーテンって要るの?」

「水晶の中は日が暮れないから、窓を塞げる様にしておいた方がいいだろう。窓の板戸を閉めると風が入らなくなるのは、やっぱりちょっと、ね。」

「あぁ、それもあるか。」

「かあてんってなんですか?」


「あぁこれこれ。ソーラー充電LEDライト。日が暮れないから行燈も使わないだろうけど、一応灯りはあった方が良いから。部屋と納戸、あと風呂場の脱衣所に付けとこう。」

「そおらあ?えるいいでえ?」

「あ、たぬきち君とこにあるやつですね。」


しずさんから大量のクエスチョンマークが溢れ出ているけど、そこら辺は玉で経験済みなので、玉が適当にやり過ごしてくれてる。


さて、あとはどうしようかな。


(昨日はどうやって洗濯をしたのか知らないけど)、タライやバケツ、洗濯板はあっちの売り場にあったな。


ベッドやタンス、カラーボックスはどうしよう。家具や収納は、邪魔にならない範囲であっても良いかもしれない。

ま、浅葱屋敷を自由に使って貰えは済む事だけど。


電気やガスは無いのだけど、冷蔵装置はなんとかしたいな。

川で冷やせば良いと言いながら、やっぱりあると、食生活が便利で豊かになる。


あとは保存の効く食品と、園芸用品やペット用品の買い出しと、あ、清掃器具や鎌や鍬も増やしとくか。

浅葱の力で出せる物と買わないとならない物を見極めないと。


「殿?お母さんを甘やかしてはなりませんよ。」

「ねぇ玉?婿殿達は何を始めるの?」

「ねぇ菊地さん。車に積めるの?この量で。」

「配送を頼むから平気だよ。」


さて、次の店だ。食材探しの旅に出よう。

「殿。その前に餃子、餃子。」

「はいはい。」

「殿。はいは1回です。」

「…はい。」

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