第4話 ちっちゃいご先祖様

「こんなんで、どうじゃな?」

老人口調で喋るフェレットには違和感が、なんとも背中がむず痒くて、化け直して貰ったのだけど。


…何故、体長30センチくらいあった、アルビノフェレットが、身長15センチくらいの“お爺ちゃん“に、なっちゃったの?

ガッカリだよ。

そこはセオリーならば、「なのじゃよ美少女」に変わるとこじゃないの?


「国麻呂って名前のどこで女性だと思えるんじゃ?」

あ。そういえばそうだった。

声も普通の男性だし。


それは兎も角。何故そんなコロポックルみたいな身長に縮むんですか? 


「そりゃ西洋イタチより人間の方が、身体の作りが複雑だからじゃな。能力消費を抑えるならば、このくらいがギリギリなのじゃよ。単細胞生物ならば、いくらでも大きくなれるが。やって見せようか?」

身長50メートルのミトコンドリアとは、意思疎通が出来そうにないので止めておきます。



それにしても「国麻呂」さんですか。貴族階級の方ですか? 

「浅葱氏などと言う氏姓を聞いた事はあるかの?」

ありませんね。現在、浅葱と言えば「薄い藍色」の古名ですし、新撰組の制服の色で有名です。

いや、もはや死語と言って良いかも。 

「一応、官職にはついておったが、基本的に我が家は紀伊國で神職をしておる。しておった。…天子様が逃げて来た煽りを受けて肥州と房州に逃げ出すがの。情けなや情けなや。」


神職。ですか。神主とか、お坊さん…は神職とは言わないかな。南北朝時代の隠された悲劇でしたか。


「既に社も朽ちて、もはや元の森と化しておるがの。熊野の杣道なれど、参拝人の途切れない古社であったのよ。」

ふーん。さまぁ~ず的に言うならば「ヌシカン」さんだから、こんな訳の分からない能力を得て、訳の分からない経験をしているって事なのかなぁ。



「さて、そろそろ帰らねばならぬ時間じゃの。」

えっ?帰るんですか?

こう言うのって、アドバイザーとしてマスコット的存在で手伝ってくれるんじゃ無いの?

「あのな。この日、この時間、この場所、この条件が揃ったから、儂はおんしのところに来れたんじゃ、儂はこの時代まで“生き続けてきた“訳では無いぞ。」

そうでした。時間旅行者でしたね。



「儂は別に不老不死では無いからの。もはや浅葱家も墓仕舞いが必要な程、血も薄まり、一族として結束が不可能な程弱まっておるし。」

そういえば、母方の親族にあった事ないですね。確か叔父がいるはずですが、母を亡くして久しいですし、没交渉もいいとこです。父も居ない今では連絡先も分かりませんし。

「そして、おんしは、その父の苗字を名乗っておるしの。」

そりゃ、母は父の元にお嫁に来た訳ですから、僕は生まれてからずっと、父方の「菊地」を苗字にしてますよ。


「生き続けるという事は、精神をすり減らすという事じゃ。儂は、元の時間軸では今70を越えて数年経つが、もう生きる事に疲れておる。こんな“力“があったせいで、人の何倍も忙しい人生を過ごして来たからの。聞いた話じゃと、いわゆる幽霊にも寿命があるそうじゃよ。霊として存在出来る程、怨み辛みを溜めた想いであっても、その想いが晴れずとも、人の精神はやがて朽ちてなくなってしまう。だとか。」


そういえば怪談本で、とある山中に行くたびに、ずっと見えていた、ただ森の中で立っているだけの落武者の幽霊が、年々姿が崩壊していく、ってエピソードがあったなぁ。


「働き先の寮だった前の部屋と違って、ここに誰かが訪ねてくる可能性は遥かに低い。しかもまだ新しい部屋で清浄である、そしてここは万葉の世には地方の都だったからのう。地の記憶が古く、連続しておる。」

そういえば、直ぐ側に国分寺がありました。万葉集に歌われた伝説が残るお堂もありますね。

「その為に、儂はここに来れた。」


ひょっとして、僕は何も調べず考えずにこの部屋を選んだ訳ですが、何か干渉しましたか?

「必要じゃからの。」

必要ですか。

「おんしと儂の間に縁(えにし)を結ばねばならんよって。」

えにし。血の繋がりのあるご先祖様ならば、普通にありそうですけどね。

「儂が生きていた時代と、どれだけ離れておると思っとるんじゃ!」

15センチのお爺ちゃんに軽く叱られました。


「儂はなんでも知っとる。」 

なんでもは知らないわ。知ってる事だけ。

とか、口から出掛かったけど、また怒られそうだから我慢我慢。


「おんしには、やりたい事があるんじゃろ?」

まぁ、夢とか野望って程でも無いけどね。どっかの中年男性が、飯を食べたり、居酒屋を回ったり、街中華を回ったりするだけのコンテンツが好きなんだよね。

かと言って、会計士やファイナンシャルプランナーの資格じゃ、転職には有利だけど、飯作る資格にはならないし。そもそも博打打てる資金も無いし。


「おんしが誠実に生きている限り、儂と結んだ縁はおんしが生きて限り続く。この部屋に先程齎された奇跡は、あれは儂の力じゃが、これからはおんしの力になる。」

へ?お爺ちゃんの能力を貰っちゃったの?それは申し訳ないです。

「違う違う。おんしの力を目覚めさせるだけじゃ。そもそも、こんな縁を結べる人など、今まで3人だけしか居らなんだ。」

その3人って、何したんですか?

「うん?みんな大した事はしとらんよ。医者になって自分の女房の病を治したり、灌漑技術を未来より仕入れて飢饉を防いだり。みんな身分相応の願いを持ち、叶えて行った。」

なるほど。結構なチート能力だと思うけど、みんな小市民だった訳だ。

僕だって、歴史に介入しようとか、さっさとやめたもんなぁ。


「ところがじゃが。」

なんですか、その嫌な予感しかしない接続詞は。

「おんしの場合、ちと面倒な事になりそうでの。」 

あぁ、やっぱり。なんですか?面倒な事って。

「わからんよ。」

何故にわからないの?未来に来れるご先祖様が。


「おんしの力が強すぎるんじゃ。更に精度も儂などより遥かに上じゃ。縁を結ぶ前の人間の器用さでは無いわい。もはや、儂の考え以上の事を“やらかす“だろうて。これに儂との縁が加わると、何かが解除されるじゃろ。」

…やばいな。能力が開花してからこっち、訓練を絶やさなかった事が、何か明後日の方向の扉を開けちゃったかな?


「おんしには、多分やらねばならない事があるんじゃろ。儂もそうじゃった。じゃがな、儂の望みでは決してない大望を果たさねばならない状況に追い込まれた。」

何それ。面倒くさそう。

「面倒くさいよ。それに多分、他人からは評価されるものでは無い。他人には気が付かれない類いの仕事じゃ。」

それマストなんですかね。僕はしがない失業者なんですが。

「やれる人間がいたから、やれる能力を授けた。我が浅葱家はそういう家系なんじゃ。そう諦めて開き直るしかあるまいて。儂は別に命の危機に陥いる事はなかったし、とりあえずこの歳まで、のんべんだらりと暮らしとるけどね。ま、そういうもんじゃと、諦めれば楽になるぞい。儂の体験上は、身につけた能力の余禄で充分黒字だし。」




「んじゃのう。またご飯をご馳走になるによって。またいつか逢おうぞ。」

死んだ母と同じ事を言うと、ちっちゃいご先祖、浅葱家初代・浅葱国麻呂さんは、ニコニコ笑いながら消えていった。


何が起こって、どうなったんだろう。




★ ★ ★



時計を見ると、せいぜい10分程度しか経ってない。

経ってないけど、なんだったんだ、さっきのあれ。

目の前の御膳には、森伊蔵の瓶も、さんが焼きが並んでいる皿も、食べかけのお茶碗や汁椀が並んでいる。

それは、間違えようの無い現実なわけで。


僕は、酒屋に行って無いし、魚屋へ行って無いし、お米屋に行って無い。玄米なんか買った事も無い。料理の仕方なんか分からないし、精米の仕方もわからない。

あれ?一升瓶に入れて箸で突っつくんだっけ?もう少し、田舎の方行けば、ホームセンターの端っこにコイン精米機があるだろうけど。

白米が別にあって、玄米が別にあるのだから、玄米は玄米で食べてみたい。勿論、美味しくね。


つまり、さっきのは現実で、僕は食材を自由に調達出来る、国麻呂さんと結んだ縁で、なんでも食べられる、とか?

チート能力ならば、もう少しカッコいいものが欲しかった気もするけれど、ここら程度が僕の器って気もする。


とは言うもの、さんが焼き定食を完食、ご馳走様したら、すっかり満腹感で幸せになってしまい、ゴロンとソファに横になったまま動けなくなるのでした。


あー、寝る前にお風呂入んなきゃ。

でも、今更沸かすの面倒くさいなぁ。

別に明日、会社に行かなきゃならないわけでもないからいいか。このまま寝ちゃって。


とか何とか、森伊蔵の酔いも心地よく、このまま撃沈することを選んだ僕でした。


おやすみなさい。ぐぅ。

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