【KAC20247】たまには冒険を

青月クロエ

第1話

 夏へと季節が移り変わるのを意識し、この屋敷の応接間は模様替えが行われていた。

 壁紙は白地に青や水色の小花模様、向かい合う二脚の長椅子も、他の調度品も白木を使用したものへと変えた。カーテンと絨毯は青を基調に、薄い黄色と白のバラが散り、長椅子の間のローテーブルもよく磨かれた白大理石に変えた。


 寒色系に統一された室内はもちろん、窓の外に広がるラベンダーやムスカリなど、青や紫の花々が風に揺れる庭を眺めるだけで涼を感じる筈なのに。この屋敷の次期当主である子息とその婚約者が口ゲンカを繰り広げているせいで、心なしか室内の気温が上がりつつある。


 口ゲンカの原因は、近々開かれる婚約発表兼ねたパーティーで婚約者が着用するドレスの生地選び。装飾するレースなどは着々と決まっていったのだが、肝心の生地がなかなか決まらない。先程から、ローテーブルに広げられた色違いの布地のどちらにするかで揉めている。

 普段、子息の婚約者は虹彩の色や知的な雰囲気に合わせ、青や緑、紫などのドレスを着用している。だが、『たまには今まで着たことのない色で、少し冒険してみるのもいいかもしれませんよ』と主の言葉に耳を貸したがために、珍しく悩んだ結果がこの状況を招いたのだ。


「ですから!私の年齢や顔立ちを考えたら、こちらの色の方がしっくり来ると何度も言ってるでしょ?!」

「たしかにそちらの色も貴女に似合っていますよ??でも、僕も何度も言いますが、この色の方が貴女の肌や表情が明るく見えると思います」

「そう……、かもしれない、ですけど!その、逆に明るすぎて浮いて見える気がします」


 子息の、少し浅黒い指が差し示す布地は明るいピンクベージュ。対して、婚約者の白い指先が示す布地はミルクティーに似たベージュ。

 同じベージュ系でも落ち着きと華やぎを併せ持つピンクベージュと、気品と奥ゆかしさを感じさせるベージュとでは印象が随分違う。

 二人の間でおろおろ、困惑を隠せない仕立て屋にひそかに同情しつつ。テーブルの端、手つかずの紅茶を一旦下げる機会を伺いつつ、クリシュナもどちらが主の婚約者に似合うかちょっとだけ考えてみる。


 目尻の跳ね上がった青灰の瞳、引き結びがちな薄い唇は生真面目さがうかがえる反面、近寄りがたい印象も与える。黒に近いブルネットの髪、青みががかった白磁の肌もともすれば顔色を悪くみせ、顔立ちをますますキツく見せてしまう。

 


 たしかに自他ともに厳格な人ではある、けれど。

 その分、ちゃんと自分の意思で物事を判断し、誰に対しても差別や偏見を持たない──、クリシュナのようなこの国の植民地出身の一使用人に対しても、対等な人間としてごく自然に、当たり前に接してくれている。また、識字が不得手だったクリシュナに文字を教えてくれた親切で優しい人でもある。だから、より素敵に見える方の布地を選んで欲しい、と、僭越ながら思う。


「新しいお茶を淹れてまいります」


 すっかり冷たくなってしまった紅茶をトレイへ引き下げる。

 主と婚約者はドレスの色をまだ決めかねている。


「どうしたんだ??シュナ」


 トレイを手にした状態で、二枚の布地をさりげなく見つめていると主に気づかれる。

 主の婚約者も不思議そうにクリシュナを見返してきた。

 大変ずうずうしくさしでがましいのは承知で、クリシュナは主が抱えたピンクベージュの布地を目線で指し示す。


「あの、ナオミ様。ルードラ様の仰るように、わ、私も、こちらの色の方がお似合いだと思います」


 ベージュも悪くはないし、主の婚約者に似合っている。でも、正直無難すぎる感じが否めない、とは、心中に留めておく。さすがに使用人が口にするには出過ぎた発言だ。実際、先程の発言だけで使用人ごときがなにを、と、仕立て屋の非難がましい視線が突き刺してくる。しかし、主の婚約者はクリシュナの言葉に真剣に耳を傾けてくれている。


「どちらもお似合いだとは思うのですけど……、このお色はナオミ様本来のお優しさが引き出されるような、そんな気がして」

「優しい??私が??」


 主の婚約者は心底驚き、目をぱちぱち、瞬かせた。

 その顔を見て、主はふっと小さく吹きだす。


「ナオミさん。そんなに驚かなくても」

「いえ、その、キツイ性格だと言われることはあっても優しいなんて言われたことがなくて……」

「そうですか??シュナに先を越されてくやしいですが、僕も貴女は優しい方だと思っていますよ??」


 主の婚約者の頬がぱっと紅潮する。


「あ、貴方たちはもう……!しゅ、主従揃ってからかわないで!」

「僕はからかってるつもりはありません。シュナもだろう??」

「はい!もちろんです!」


 力強く頷いてみせるも、使用人の身で主たちといつまでもおしゃべりに興じるわけにはいかない。クリシュナは紅茶を淹れ直すため、口ゲンカから睦まじいじゃれ合いに変わりつつある主たちの前から辞す。

 淹れ直した紅茶と共にクリシュナが再び応接間へ戻った時には、ドレスの布地は主とクリシュナが推したピンクベージュに決まっていた。

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