第14話
「あら、美月ちゃん。今日も蒼空くんのお見舞い?」
「
あれから早くも二週間がたち、私は毎日のように病院を訪れていた。
声をかけてきたのは蒼空の担当の看護師さんだ。毎日来てたらから私のことも覚えてもらっていた。
「多分、今の時間は蒼空くん、検査に行ってると思うけど、もうすぐ終わるはずだから待っていてあげてね」
「わかりました。ありがとうございます」
私は軽く頭を下げて蒼空の病院室に向かった。
ドアを開けると森田さんの言っていた通り、蒼空はいなかった。私は部屋にお邪魔するといつもの椅子に腰を下ろした。
夏もだんだんと涼しくなってきたな。私はそう思いながら窓の外を眺めた。
病院は近いとはいえ、バスを使うから毎日来ていたら往復でそれなりにお金はかかる。もう少しバイトの時間増やそうかな。
「今日も来てくれたのか」
声が聞こえ顔を上げると検査が終わったのか、戻ってきた蒼空は私を見て笑った。
蒼空は私と向き合うようにベットに座った。
「調子はどう?」
「さっきまで手の震えが酷かったけど、今はなんともないよ」
蒼空はそう言って私に親指を立てた。
「検査はまぁ、良くも悪くも変わってないってさ」
蒼空はなんとも言えない顔でそう言った。
治療法がない蒼空は薬物療法を行っていた。治すことはできないが進行を抑えたり、症状を和らげることはできるみたいだ。
それで、どの薬が合っているのか定期的に検査をして確認をする。初めは少量だからすぐに効果は出ないからあまり気にしないでいいと言われていた。
「ねぇ、みてこれ買ってきたんだぁ」
私は気持ちを切り替えるために明るい声でそう言った。
「ラムネじゃん」
私はカバンから二本のラムネを取り出し机に並べた。
「差し入れ、安く売ってたから」
私は「はい」と蒼空にラムネを渡す。保冷剤を入れてきたからラムネはまだ冷たかった。
「これ吹き出さないかな」
蒼空はそう言うと早速、蓋を開けビー玉を押し出した。プシューと音がなりビー玉が下に落ちる。
蒼空は「成功」と言って笑った。私も蒼空に続いてビー玉を落とす。
「ラムネ飲むとさ、夏って感じするよな」
「その夏も、もうそろそろ終わりだね」
蒼空は一瞬でラムネを飲みきると中からビー玉を取り出した。
「最後に夏らしいことしたかったなぁ」
そう言って蒼空はビー玉を太陽の光に当てた。そのビー玉は光を反射してキラキラ輝いていた。でもその中にいる蒼空はビー玉の中に閉じ込められ、外の世界を見つめているように映っていた。
「しようよ、夏らしいこと!」
私は咄嗟にそう言っていた。そんな私を蒼空はびっくりしたように見つめたあと笑った。
「しようって、なにをするつもりだよ」
「夏って言ったら......あっ、花火!」
「もう花火は見ただろ」
「見るんじゃなくて、やるほうの花火だよ」
私は手で花火をやっている動作をつけながらそう言った。
「手持ち花火か。楽しそうだな」
「でしょ」
蒼空は一度、楽しそうに話したあとでもと言葉を続けた。
「でも俺は外に出れないから」
蒼空はぎゅっと悔しそうにビー玉を握った。
私は蒼空の病気を治してあげることもできない。でも蒼空が生きている間に少しでも多く蒼空には笑っていて欲しい。
「おい、どこ行くんだよ」
私は立ち上がり蒼空の声を背中で聞きながら、病室を出ていった。私は廊下を見渡すとその人に向かって走る。
「あの、すみません」
「あら、美月ちゃん。どうしたの」
走ってきた私に驚きながら森田さんは優しく声をかけてくれた。
「蒼空って、一日だけ外出しちゃいけませんか」
「んー、難しいかな。今の蒼空くんは歩くのも不安定で危ないから。それに先生からの許可がいるしね」
「お願いします。一日だけでいいんです」
私は森田さんに深く頭を下げた。すると森田さんは困ったように話を続けた。
「わかった。私が決めれることじゃないから先生に聞いてみるわ。それにお母さんにも話してからじゃないと」
「ありがとうございます!」
私は顔を上げるともう一度頭を下げた。
「許可がでるかはまだわかんないんだからね」
「はい」
許可が出たら蒼空、喜んでくれるかな。そしたらたくさん思い出を作ろう。蒼空の思い出が辛いものばかりにならないように。
それから外出の許可はもう少し様子をみてとなったが、ちょうど今日先生からは少しならと許可がでた。でもその理由は嬉しいものではなかった。
これから本格的に薬物療法を行うと副作用などで体調に大きく影響がでてしまうこともあるようだ。そうなると、なかなか許可が出せないから、今のうちにという話だった。
「みづきちゃ〜ん」
蒼空は見ただけではすごい元気だった。なのに本当に動けなくなってしまうのだろうか。
「美月ちゃ〜ん」
「わっ、びっくりした」
「ずっと呼んでたのよ。なんだかぼーとしてたみたいだけど大丈夫?」
あっ、私バイト中なんだった。佐藤さんに声をかけられ我にかえる。
「すみません」
「何かあったの?お客さんも今はいないし、話ぐらい聞くわよ」
今はお客さんの少ない時間帯で暇そうにしていた佐藤さんは、もうすっかり話を聞くように椅子に座って落ち着いていた。
そんな佐藤さんの優しさに私は少し蒼空の話をした。
「体が動かなくなる難病かぁ。若いのに辛いだろうね」
佐藤さんは私の話を真剣に聞いてくれた。話を聞き終わると佐藤さんは悲しそうな顔をする。
「実は私にも旦那さんがいて、少し違うタイプだけどその子と同じ神経系の難病だったのよ」
突然の話に私は目を丸くした。佐藤さんの旦那さんも蒼空とお同じだったなんて。
「もー余命宣告されたって聞いたときは頭真っ白になっちゃって」
私が蒼空のこと聞いたときと同じような感じだったのかな。身近に同じような体験をした人がいるとは思わなかった。
「私、すみません」
嫌なことを思い出させてしまったと思い申し訳なくなる。
「全然。だって、あの人もうすごい元気だし」
「えっ、でも今、余命宣告されたって」
私は思っていなかった言葉に驚いて、そう言った。
「そう、余命宣告されたわ。でも薬物療法で進行がほぼ止まっていて、今も通院しているけど、生活する分には問題ないぐらい回復したわ」
「そんなことあるんですか」
私は机から前のめりになる勢いで聞いた。
「もちろん、治療にはすごいつらい思いをしたし、みんながそういい結果になるわけじゃないわ」
佐藤さんは噛み締めるようにそう言った。
余命宣告をされても必ず亡くなるわけではないんだ。そう思ったら少し気持ちが軽くなった気がした。もしかしたら蒼空もそうやって良くなる可能性があるかもしれない。
「あの人が苦しんでる間、私はなにもできなかったから」
佐藤さんの顔からはそれを今でも悔しく思っているのがわかった。
「ふたりとも今からつらいことがあるかもしれないけど、負けちゃいけないわよ。諦めなかったら、きっと神様はわかってくれるわ」
「はい。話を聞いてくれてありがとうございます」
「またなにかあったら話してちょうだいね」
佐藤さんは優しく微笑んだ。佐藤さんに話して良かった。今の話で少し希望ができた。
バイトが終わり、家に帰ると私は急いで着替える。準備ができたらとりあえず私が蒼空を迎えに行くことになっていた。
「ピンポーン」
ちょうど準備が終わり家を出ようとするとインターホンが鳴らされる。
「はーい」
そう返事し、ドアを開けた。
「えっ、なんで私が迎えに行くって言ったのに」
「早く会いたかったからな」
ドアの前には私が迎えに行くはずだった蒼空の姿があった。ずるい、そう言われたらなにも言い返せなくなってしまう。
「それに迎えに行くのは男の仕事だろ」
「でも」
少しでも蒼空に負担をかけたくない私は口を開くと蒼空は人差し指を私の口に当てた。
「今日は自分が病気だとか、忘れて楽しみたいんだ。だから、な?」
蒼空にそう微笑まれた私は押しに負け、黙って頷いた。
「ほら、行こうぜ」
そう言って、繋いでくれた手は暖かった。
「あっ!蒼空それ」
ふと蒼空の横顔に視線を向けるとあるものに気がついた。
「あっ、これか」
蒼空は自分の耳を触りながら答えた。
「これお前が投げたあと探したんだよ。せっかくお前が俺のために選んでくれたものだったから」
「そうだったんだ。私、あのときはごめんね」
「お前が謝ることはねぇよ。俺が悪かったんだから」
あのときはもうあげることもできないんだ、そう思っていたけど、ピアスは私が思ったとおり蒼空に似合っていた。
「かっこいいよ」
「そうかよ」
蒼空は少し照れたように首元を触った。
「なんで空けたかってお前が聞いたとき、覚えてないって言ったけど、本当はお前が言ってたからなんだ」
「えっ、私なんか言ったっけ」
「中学のときにお前が好きだって言ってたアイドルのやつがピアスつけてて、ピアスかっこいいって。それであけるとか幼稚すぎるよな」
それって、私のこと意識していたということだろうか。私はたまらない気持ちに口元が緩んでしまう。蒼空は、はにかんだ笑顔で頬をぽりぼりとかいた。
それから私たちはコンビニで花火を買うと近くの河原で買ったものを広げた。
「ちょっと買いすぎたか」
「でもこれで、いっぱいできるよ」
たくさんやりたいって蒼空が言ったから多めにかったけど、少し買いすぎたみたいだった。
「どれからやろう」
私はバケツを準備したあとに二百本入と書いてある袋を開けた。
「私これ、やりたい」
「じゃあ、俺はこれ」
そう言って早速、花火に火をつけると、
「見て、すごい!」
火がついたと同時に煙が沸き立ち、火薬の匂いが漂った。勢いよく吹き出した花火は何秒か置きに色が変わっていく。蒼空のほうに顔を向けると蒼空も楽しそうに花火を見つめていた。
それから私たちは時間も忘れて花火を楽しんだ。
「あんなにあったのに意外とあっという間だな」
たくさんあったはずの花火は残り僅かになっていた。
「最後はやっぱりこれだよね」
そう言って私は蒼空に線香花火を渡した、
「どっちが長いか勝負な」
「うん。絶対勝つ!」
そう意気込んで火をつける。するとぷっくりとできた火玉の回りを火花がパチパチと音を立てて散っていった。
それをふたりしゃがみこみ見つめる。この花火が終わってしまったら、もう帰らなきゃいけない。さっきみたいな派手な花火とは違って線香花火からはなぜだか切なさが込み上げてきた。
線香花火が私たちの顔を淡く照らす。
「終わりたくないな」
線香花火が落ちてしまわないように心から願った。だが私の想いは届かず明るく、光っていた火は少しずつ勢いが落ちていき、
「俺の負けか」
蒼空が終わったあと私の線香花火もポツリと暗闇の中に消えていった。
私は終わってしまった線香花火をバケツに入れる。
そして片付けをしたあと私たちは帰らないで地面に腰を下ろした。
「もう涼しいな」
夜風に当たりながら蒼空は前の川を見つめていた。
「夜ってあんまり寝れないんだよ。朝になったらすごい進行してるかもしれないって怖くて」
突然、話し出した蒼空の話しを私は黙って聞く。毎晩、そんなことを思って眠るなんて、私には想像もつかない。
「でもお前といるときはそんなこと忘れて心の底から楽しいって思えるんだ」
そう言った蒼空は私に向かってにっこり笑った。
「美月、ありがとな」
「そんなのいいよ。私が好きで隣にいるんだから」
蒼空は顔をふっと緩ませた。優しい瞳に見つめれ、頬にそっと蒼空の手が触れる。蒼空の顔が徐々に近づき私は瞼を閉じた。私の顔に影が落ちて、
優しく、唇が重なる。
少し、して触れ合っていた唇が離れた。ゆっくり瞼を上げると蒼空は目を細めて微笑んでいた。幸せなはずなのに胸が苦しい。
笑顔の中にある儚さに私は手を伸ばした。壊れてしまわないようにそっと両手で蒼空の顔を包み込む。
この時間が明日になれば思い出となり、いつかは過去となってしまう。今日のことをこの温もりを忘れてしまわないように、このときの私はずっと蒼空に触れていたかった。
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