第9話 正真正銘……やっと着くよカヴォ王国

 今日の目覚めは最悪だった。最初こそ船での生活は楽しさでいっぱいだった。上下左右、斜めの360℃に揺れて面白いし、見たわす限りの水はどこまで続くか分からないくらいにデカくて見ていて飽きなかった。青い海と青い空が接触してまるで世界が青色で塗りたくられたような景色は新鮮だった。それに船がデカくて広い。食事もパンとワインやエールにチーズと果物が出て、船の上なのに贅沢な生活だと思った。けれど船はどれだけ広くても2日もあれば船の構造も分かる。その上、風景はどこまで行っても変わらず、たまに陸の影が遠くに見えるぐらいで退屈をし始めた。極めつけは船酔いが止まらないことだった。最初は揺れに耐えようと平衡をとったり、ジャンプをしたりしたが、直ぐに気持ち悪くなった。気分がどれだけ悪くなろうが揺れは止まらない。夜も定期的に目覚めては海まで吐きに行った。母様によるとこの地獄のような生活があと5日は続くらしい。

「最悪だ……帰りたい……」

 そういう呟きが口癖になるほどだったが、今日でご飯から果物が無くなると船員さんたちが話しているのを聞いて食事の楽しさすら奪うのか…と思い、船での生活は絶望に変わっていった。


「もう……絶対に……船に……うっ……の……乗らない……。」


 僕がずっとこの調子だったが、母様と兄さんはいつもと変わらない調子だった。なんなら妹もあまり変わらない感じがして羨ましくて…羨ましくて堪らなかった。

「お父さんも船はダメだったはね……」

 母様がそう言った。そういえばもう1ヶ月とはいわないけど結構な時間が経った。

「そういえば、父様は……うぇ……今母様の家に向かっているのかな。」

「確かに……でも父様が船苦手なら僕たちよりも遅くなるんじゃない?」

 他愛もない話をしていたが、母様の顔はどこか物悲しいような表情をしている気がした。



 

 それから数日後、この頃は船の甲板の床と友達だった。太陽の照りでものすごく喉が乾いているけど、飲み物を飲んでもすぐに吐くからもうどうでもよかった。もはや気分がずっと悪すぎてどこが気持ち悪いのか全身の身体を捨てたかった。そんな僕に一つの人影が近付いてきた。

「お前……最初は甲板でゲロ吐きやがってと思ったが……そこまで船に嫌われているとなると可哀相だな……」

 一人の船員さんが話しかけてきた。この人はお仕事だろうけど僕と一緒でずっと甲板に居るから顔を覚えてしまった。

「ご……めんな……さい……であと何日かかるの?」

「お前……案外元気だな……そうさな。今日の夕暮れには着くんじゃないか?」

 そう言われると嬉しくなっていきなり立ち上がって部屋まで走っていった。ドアを勢いよく開けると妹を世話する母様と流石に酔ってしまって地べたに寝転び、気持ち悪そうにしている兄さんが目に入った。

「母様、今日中に着くって。」

 そういったとき、何か胃から昇ってきた。


 うえ゙ぇ

 

 僕の口から出たその液体は寝転ぶ兄の真横に着弾した。

「お、オマ……っざけんな。」

「ありゃりゃりゃ。なんでここで」

 何かスッキリすると倒れてしまった。そして何だか眠くなってそのまま眠りについてしまった。





「ふあぁああ。」

 周りを確認すると辺りは全くの闇だった。口を大きく開けて背伸びをすると手と足が何かに当たった。

「チッ」

 脚の方から何かに舌打ちのような音が聞こえて怖かったので足を丸めて眠ろうとした。お腹が空いていて眠りになかなか付けずに長い夜だった。なんで……なんで起こしてくれなかったのかな……


翌日

 眼を瞑っているとやがて太陽が登ってきた。早く外の景色が見たかったが、皆が起きるまで待っていた。どうやら宿はカロンの街と同じような大部屋のようだった。時間が経つにつれて続々と人が起きては部屋を出ていった。やがて家族の中で一番最初に覚醒めたのは妹だった。

「う……うぅぅぅうあああああああああ」

 鶏の鳴き声とタメを張るその大きな声は全員を起こすには十分な声量だった。続々と大人が起きてきてやがて下の階に行ってしまった。中にはこちらを睨む大人も居た。確かに煩いよなぁ……あの高い音は耐えられない……でもこちとらずっと我慢してるんだぞと言いたくなった。

 妹の泣き声を機に皆が起床したので一回に降りて食事をした。驚いたのは部屋を出たときまだ上に上がる階段があり、この建物が3階建てだと気付いたことだ。3階建ての建物なんて始めてカロンの街でも数えるほどしかなかったのに……と思っている内に食事を終えてやっと外の景色が見れた……が、高い建物であまり景色が見えない。母様が「この都は港に向って傾斜が付いているから港から見ると建物が綺麗に見えて圧巻だったのにね。」と言っていて悔しかった。

 ここはカヴォ王国の王都サラン、この都市がある場所は大きな陸地で海を囲んでいるサラン海峡という場所に建てられていて、海側、港まで行くと対岸の様子がうっすら見えるらしい。……と言われても見ていないのだから知るはずもない。

 これから東部中央役所に行くらしい。そこで大使からの親書と正式な難民申請を行うのだ。なかなかに遠いらしく、昼頃に着くそうだ。さっさとゆっくりしたい僕らは直ぐに役所まで出発した。やっぱり新しい街というのは楽しかった。僕らが泊まった建物もそうだったけどこの街には3階建ての建物がそこら中にあった。しかも表面は白い塊で覆われていて、この白い物体は母様曰く漆喰というものらしい。白い粉や植物とか色んな物を混ぜたものに水を加えて混ぜて、壁に塗るという代物だ。これを塗ると火に強くなったり、建物も頑丈になるとかなんとか。どうでもよかったがよく建物を見ると一部壊れているところがあり、そこからは煉瓦が見えた。どうやらこの街の建物は全部煉瓦が用いられているようだった。いったいどれくらいの富があったらこんな街を造れるんだと思いながらも大使の「後進国」という言葉が頭の中をよぎった。

 やがて建物の列が途切れて大きな広場に出た。広場の中心には人の10倍以上に大きな像があった。すると母様は聞いてもいないのに教えてくれた。

「あの像はね。タンギット朝カヴォ王国のアラマフ4世様よ。昔ここの辺りは塩をつくるための塩田があっただけで都市はなかったの。だけどあのアラマフ4世様がここに都を遷都するといって今日の都が築かれたのよ。」

 そういう母様の顔は少し誇らしげだった。それから一際立派な建物に近付いていった。階層こそ3階建てぽかったが、さっきまでの建物よりも2倍も3倍も大きかった。どれだけ天井が高いのだろうと思いながら進むと先を行っていたはずの母様の足にぶつかった。何事かと思っていると門番が重厚な扉をゆっくりと開け、そこから大層立派な服を着た男とおばあさんが出てきた。

「今更何のようかしら」

 母様は少し強張った顔をしながら返答した。

「そ……それは……里帰りです……ペールおばさま……」

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