第8話 カヴォ王国への道のり その2

 1つ目の村での天候による足止め以外では何の支障をきたすこともなく順調に進んでいった。やがて野宿に慣れてきたとき、あと数日で港町というところまでやってきた。

「お前さんたちが良かったらこのままキャラバンの仲間になってくれてもいいんだが……」

 老人はこの旅で情が湧いてきたようだ。

「いや……大丈夫よ。実は王都で実家が商会をやっているの。だからそこに世話になるわ。」

 母様はそう言うが、僕はどこかに定住するわけではないけど皆と一緒に旅をする生活もいいなと思っていた。そんな話を道すがらにしていたが、順調すぎてあとこんな楽しい生活が何日も残っていないと思うと寂しかった。

 ある日、もう港町まであと1日も経たずに着ける距離まで来ていた。その日は無理をせず、明日到着するものだと思っていたが、夕暮れになっても一向に休む様子が無かった。やがていつもよりも日が暮れてから休憩となった。老人はお兄さんたちと母様を呼んで何か話をしていた。母様が頷くと一旦は解散し、それぞれ幾ばくかの休憩をとった。どうやらこのまま日が落ちきる前に強行するらしかった。まだまだ元気が余っていたため、そこら辺を歩き回っていた。しばらく彷徨っていると荷馬車の裏で老人と数人のお兄さんたちが話しているところに遭遇した。なんとはなしに耳を傾けた。

「今日中に着けたらもしかすると間に合うかもしれん。それを逃すと奴ら次の定期船まで5日は最低でも時間がかかる。だから少し無茶だが急ぐぞ。」

 なんだか嬉しいようでもう少しで会えなくなるのが悲しかった。あたりは段々と暗くなってきた。馬は確実にペースを落としてきている。足元は土まみれ、妹は泣き止まない。季節は夏、一番暑い昼を過ぎたからといってまだまだ熱い。皆汗まみれになって、誰がどう見ても疲れ切っていた。やがて森を抜けると少し傾斜が付いた丘が眼の前にはあった。

「丘を超えればすぐだ。気合入れろよお前ら。」

 老人が声を張り上げた。それに伴って男たちは馬車を後から押して力を振り絞った。ようやくの思いで丘を登り切ると眼下にあったのは眩しい街だった。時刻は丁度、夕暮れと夜が入れ替わりの時だった。空が上半分は夜が覆い始め、下半分はまだ赤い昼の名残りがあった。もうすぐ夜になろうかという時間なのに街はあの日の火事のように明るくて眩しく輝いていた。

「あ……あの街燃えて……」

「燃えてる?違う違うあの街は元々この時間はあんな感じ。」

 初めて見る港町はカロンの街よりも大きくて立派だった。だけどまじまじと見る時間もなく、門に急いだ。近くに行くとその街の大きさがとてつもなく大きかった。塀の高さは人8人分ぐらいで見渡す限りずっと遠くまで続いていた。辺りは完全に夜に包まれたのにここの街だけは人が歩き回っていた。世の中にはこんなにも夜を楽しんでいる人たちがいっぱい居るって街があるのかと思っている暇もなく宿屋に向かい、食事もしないで床についた。

 翌朝、まだ日も昇ったか分からないぐらい早い朝にカイル兄さんに蹴り起こされた。

「もう出発だってよ。」 

「まだ夜じゃん……」

「この街は広い。お前らの乗る船はな内海の港から出発だからここから2~3時間は歩かないといけない。それにな出発する時間は9時の鐘がなる頃。もう出発ってことだ。食事は買っといてやったから一気に食べるなよ。」

「兄ちゃん……」

 急かされて宿を出るとキャラバンの皆が待っていた。それぞれに感謝を伝えると皆ガタイはいいのに子供みたいに泣きそうな顔をしていた。勿論、僕は泣いていた。皆に手を振って別れを告げると港のほうへと歩みを進めた。

 しばらくするとカイル兄さんが話しかけてきた。

「お前はあんなに好かれているんだな……少し羨ましいよ。」

 そう言っていたが何が羨ましいのか分からなかった。それから朝早い街の中を進んだ。港に向かうにつれてぽつぽつと人通りが増えてきた。どの人もガタイのいい兄ちゃんばかりだ。キャラバンの皆もそうだったけどこの国の大人は皆ムキムキなのかと思い始めていると前からしょっぱい匂いが吹き抜けていった。

「母様、母様、なんか風がしょっぱいよ。」

「それはねこの先に海っていう塩が大量に入ったらどこまでも続く水があるからよ。」

「本当?」

 今までの疲れはどこへやら海まで一直線に走っていった。海辺は太陽が地平線…じゃなくて水平線から顔を覗かせていて辺りは充分に明るかった。港は朝を迎えたことで結構な人で賑わっていた。人集りのほうへ行くと露店が立ち並んでいて、見るだけでも楽しかった。迷子にならないように拓けた場所まで夢中で走ていると大人の足にぶつかってしまった。

「ご……ごめんなさい……」

「ん……あぁ。気にしないでくれ……こんn」

 何かを言いかけていたところに何者かが割って入ってきた。それは僕と同じくらいの年齢の子供だった。その子は偉そうに腕を組んで威張り散らした。

「お前許されないんだぞ。僕の父様にぶつかって謝罪だけで済むと思うなよ。僕の父様はこの港町バルポートを取り纏めるしょうn」

 そこで男が子供の頭を抑えると「やめなさい。」と一言行(⭐修正箇所[行]:い|言|[文章見直し])って黙らせた。そうこうしている内に妹を抱えた母様と小包を持つカイル兄さんが追いついた。母様が謝ろうと男に近付いたとき、驚いた表情をしていた。

「えーくん!?」

「その呼び方は……えっちゃんか……他国に嫁いだと聞いたけど……」

「そうなんだけどね……実は侵攻を受けて……」

何か母様と男が話していると

「なっ……お前の母ちゃん……父様と知り合い……だったのか……お前名前はなんというんだ」

 眼の前の子供よりも船のほうが気になった。広場の近くには大きな塔が立っていた。その塔には「時計」が設置されていた。事前に時計という時間を教えてくれる装置のことと、時間の見かたを教わっていた。再度時計を確認すると、その出発の時間と同じような針の位置をしていた。

「母様。もうすぐ出発じゃ……」

 そう問いかけると我に戻ったように時計を見て、短い挨拶をするとすぐに船に向かった。船に辿り着くと作業をしていたおじさんたちが嫌な顔をしながらお金を受け取って船に乗っけてくれた。やっと一息というところでカイル兄さんが聞いてきた。

「さっきの奴良かったのかよ。何か言ってたぞ。」

「え?何が?」

「そうか……お前がそうならいいんじゃないか。もう会わないだろうし……」

「うん……??」

何かよく分からないことを言われたが、あまり気にしないことにした。こうして大きな別れを経験し、同時に未だ見ぬ世界を知れる喜びを噛み締めながら船で一日を終えた。

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