第7話 カヴォ王国への道のり その1

 役人さんは大使館の中庭まで僕らを連れ来ると「待っていて」とだけ言い残して直ぐに何処かに行ってしまった。何をすることもなく、故郷では見たことのない草花を見て時間を潰していた。じっと綺麗な四角い陶器に植えられた花を見ていた。すると人影が僕を覆った。

「兄さん。見てよ。この花見る角度で色が変わるよ。」

 カイル兄さんが様子を見に来たと思って軽く話しかけた。

「ごめんな。兄さんじゃないんだ……」

 話しかけてきたのは最初に会った門番だった。

「お前らが暇してるって相手を頼まれたんだ……。それとな……実はお前達のお父さん、イレアス・プレヴェールには会ったことがあるんだ。大昔、中立派宣言をしていたダキア王国に北の有力国である神聖国がヘビュツァ王国を通して刺客を送ったんだ。それで穏健派の貴族の暗殺をしたそうだ。それがきっかけで両国は今でも仲が悪いし、あわや北と南の大戦争の手前までいったんだ。」

 門番のおじさんは色々と教えてくれた。なんでも国境沿いで睨み合っていた両軍は痺れを切らしていくつかの場所で実際に戦闘になっていたらしい。おじさんは若い頃にカヴォ王国の正規軍になりたくて戦功を得るためにわざわざ遠征して戦闘に参加した。そこで攻めてきたヘビュツァ王国の兵士を鬼の如く切り倒していく父様は当に英雄だったという。父様の話を聞いてなんだか嬉しくなって、早く会える日が楽しみになっていった。

 やがておじさんに剣の振り方や剣士としての心構えを教えてもらっているときだった。妹をやっと寝かしつけられたのであろう疲れた顔をした兄さんがやってきた。

「どうやら話がついたらしいぞ。」

 大使の居る部屋の方向に顔を向けると苦々しい顔をした大使と僕たちを案内してくれた役人さんと疲れた顔をした母様がやってきた。

「おいアルド……こいつらを馬車で広場まで連れて行ってやれ。カヴォ王国に帰る商人もまだ出発していないだろう。」

 そう言って手紙を手渡した。

「これは大使が必要だと思った時のみに発行できる特別な封書だ。私が渡すのだから恥はかかせんようにな。」

 大使は不機嫌そうに封書を渡すとすぐに踵を返して部屋まで戻っていった。

「あの人は……本当に面倒くさいし回りくどい人だな……まあ良かったですね。本国の関所が帰属を許すかは分かりませんがともかく一安心ですね。すぐに馬車の用意をしますね。」

 そそくさと用意をし始めた。それから直ぐに大使館を出発して母様は少し安心したようだった。やっぱりここ街は綺麗な道が整備されていて馬車もそこまで揺れなかった。やがて街の広場まで来ると役人さんは目立つところに馬車を止めると大声で叫んだ。

「この中にカヴォ王国まで行くキャラバンは居るか?居たらこちらまで来い。」 

 色々と優しくしてくれていた人だったので、いきなり大声で叫ぶ想像ができず、驚いていると一人の老人が人混みの中から歩み寄ってきた。

「ちょうど今出ようとしていたところです。何かご用でもございましたか。」

「あぁ…この者たちをカヴォ王国まで乗せていってやれ。」

「3人と赤ん坊をですかい?とても赤ん坊が耐えられるとは……」

「この者らはかの蕃族どもを倒した亡国の英雄の子供たちだ。そこまで心配することなかろう。迷惑をかけるな……」 

「いつものことでしょう。坊っちゃん。」

 知り合いだったのだろうか。老人は役人の願いを了承し、キャラバンの一員に加えてもらった。だけどタダではなかったのだろう。役人さんは小さい皮袋を老人に手渡していた。ここからの日程は3つの村を経由して内海の港街に行くそうだ。そこからキャラバンの皆と別れて船で王都に向かうとのことだった。港街までは1ヶ月程度かかるらしい。キャラバンには老人以外にも12人のお兄さんたちが居た。彼らは荷降ろしや色々をするために老人に雇われているらしい。老人は優しく、聞いたことにはなんでも答えてくれた。このキャラバンでは馬5頭に荷車を引かせるらしい。この馬は家にいた馬よりも一回り大きくて脚も太くて立派な馬だった。脚の蹄の近くに長い毛が生えた不思議な馬だった。

「なんでこの馬でっかいの?」

「この馬はな早馬とは違ってな足は遅いが泥の道でも山の道でも重い荷馬車を軽々と運べる力馬という馬なんだ。こいつらの肉は固くて食えたもんじゃないが煮ると味が凝縮されていて美味いんだ。」

 老人はすぐに食べ物と結びつける。相当に食事が好きなのだろう。実際に夜に街を出る前に急いで肉屋に行き、今日はご馳走だと一人羊のスペアリブを食べていた。年頃は村でも見たことないくらいに皺くちゃで髪も白い老人だったが、肉を食らうその姿は若々しかった。

「なぁ坊主。お前どこから来たんだ?」

「ダキア王国のプレヴェールっていうところだよ。」

「あぁ……すまんな。その地名は知らんがそうかダキアか……苦労したんだな。」

 周りの兄ちゃんたちは苦々しい顔や同情をする顔をしていた。話しかけてくれた兄ちゃんは頭を撫でながらもう片方の手で目頭を抑えていた。彼らの様子を見てから出身地を言うことに躊躇うようになっていった。それから何日か過ぎてから野宿をして過ぎていった。なんだか南に行くに連れて家がある場所よりも熱くて虫も多くなっていった。それから野宿が続く中で、夜が寝苦しいし、虫が鬱陶しいから早く宿に泊まりたいと思っていた日だった。老人はあと数日で1つ目の村に着くと言って嬉しくなった。段々と時間が過ぎていくと雨が降ってきた。

 雨が酷くてまだ夜にはなっていなかったけどそこで休むことにした。村は細長く伸びていて5軒の宿屋があるのだとか。老人はキャラバンの代表としてそそくさと村長のところに行ってしまった。お兄さんたちは服を脱いで宿屋のお姉さんに話しかけた。

「あの川はいつ頃渡れそうなんだ?」

「あの大雲がテルツ山脈を越えようとしているからあの分だとあと3日日は振り続けるんじゃない厳しい?そんなに気になるなら天気屋でも呼ぼうか?」

「いやいやここんに呼ぶ頃にはこう川渡れるでしょ。」

 いたずらっぽく返信したお姉さんと頭を撫でてくれたお兄さんは顔見知りなのだろう軽い応答を繰り返していた。二人はいい感じなのかな……と気になったけど、それよりも天気屋という言葉が気になった。郵便屋と似たようなバケモノなのだろうか。話を続ける二人になんとはなしに聞いてみた。

「さっきの天気屋って何?」

「ん?あぁ……知らないのか?……そうか北部は天候が安定してるって聞くしな。居ないのかもな。」

 そういって教えてくれた内容によると天気屋は大きな街に大体一人は居るらしく、南部は季節が雨がいっぱい降る雨季と雨が全く降らない乾季があって、その季節の変わり目に各地を回って始まる時期や終わる時期、気をつけるべきことを教えてくれる学者さんたちだという。彼らは個別で仕事を請け負うこともあって、それを今回呼ぶかということだった。

「あぁ……そうね。多分無理ね。冗談よ。彼らは学者だから呼んでも遅いし、お金もいっぱいかかるから……」

 なんだ…休みなく走り続けたり飛んでこっちまで来るとかじゃないんだと少しガッカリした。それから3日その村で過ごすことになったが、一つ驚くことがあった。それは食事だった。カロンでは辛かったり、酸っぱかったり、苦かった。けれどこの村では塩で味付けされたものが多かった。

「なんでこの村の食べ物はしょっぱいの?カロンは色んな味がしたのに……」

 それに反応したのは老人だった。

「良いところに気がつくな。それはなここの近くにはテルツ山脈っていう馬鹿でかい山があるんだ。そこで塩の石が取れる。それを使っているからここではしょっぱい食べ物が多いんだ。まあ近くの大きな街で殆ど消費されてここには残り滓しか流通しんがな。」

 そういって大笑いした。やがて食事が終わると子供たちは寝ろといち早く宿屋に通された。ここの村は元々何も無かったが、道が開拓されるとお金の匂いを嗅ぎつけた商人たちが商人たちを泊めるためにつくった宿屋を中心として出来ているらしい。だからかいくつか小さい部屋が設けられていたし、2段ベットも置かれていた。今までの宿屋どころか家の寝室よりも心地よかった。それから2日が経ち、雨が止んだ。雨が止むとすぐに出発だと思い、また野宿生活かと心落としていると周りの皆は何も準備をしていなかった。

「まだ出発しないの?」

「ばっかお前。昨日の今日で雨が止んだ程度で川の水位は戻らねえよ。あと3日はここに縛り付けられるんじゃねぇかな。」

 それが信じられずに川の近くまで行った。周りからは危険だから本当に気を付けるんだぞとしつこく言ってたが、ただ見に行くのに何をそんなに大袈裟なのだろうと思った。そもそもプレヴェールに流れる川は細くて勢いが強かった。だから雨が降ってもすぐに元に戻ったけど……と思っていると川に辿り着いた。そこで皆が言っていたことが分かった。人が8人から9人横になってもまだ足りないぐらいに広かった。胸の奥からドキドキなのかワクワクなのか段々と大きくなる情動を抑えて宿屋まで走った。一番に見つけた大人は頭を撫でてくれたお兄さんだった。お兄さんはまた宿屋のお姉さんと談笑していた。そこに割って入る形で無邪気に話しかけた。

「今ね。川まで行ってきたけどすっごい広かった。勢いも強くて入ったら簡単に流されそうだったよ。」

「お前っ。バカ野郎。川に行ってきたのか……誰も止めなかったのか……」

 そういうと頭を殴ってきた。強く殴られたから泣いてしまった。それからお兄さんが僕の側を離れることはなかった。ある日の夜、尿意を催して外に向かおうとしていたとき、一階の呑み屋でまだ一本の蝋燭が灯っていることに気付いた。近づいていくとお兄さんと幾人かが蝋燭を囲って何かを振っていることに気付いた。そっとお兄さんの後ろまで辿り着くと声をかけた。

「何をしているの?」

 急に声をかけられて驚いたのか体が縦に伸びた。

「なんだ坊主か……驚かさないでくれよ。」

 そういって僕に見せてくれたのは動物の骨からつくったものだろう白くて四角い物体だった。

「これはサイコロといってだな。」

「この歳でサイコロを知ってるとなるともう大人だぞ」

「やってみるぁ坊主。」

 次々に囃し立てられて少し興味を持った。そして彼らの中に腰を落ち着けるといくつかのルールを聞いた。そして夢中になって遊んでいると誰かが後ろに立った。誰だろうと後ろを向くと……そこに居たのは母様だった……こっぴどく怒られたがサイコロの楽しさを忘れることができず、その後も隠れて何回かサイコロに参加した。

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