第2話 不穏な報せ

アドウェール太陰太陽暦 201年 10月16日


 少しづつ、少しづつ世界は類を見ない寒冷な時代に向かおうとしていた。


とある国

 顎髭を立派に蓄えた一人の男性が荘厳な建物を歩いていた。そこは光を取り入れるために壁は最低限、柱には細かい彫刻が掘られ、窓には人を象ったステンドガラスが嵌められ、赤や青、黄色に緑色と多くの色が大理石の廊下を照らしていた。宝石の道と称されるルート教会のイジフ回廊だ。本堂から礼拝堂までを繋ぐこの回廊をその男は一歩一歩と歩みを進め、ついには礼拝堂の扉を開いた。そこに拡がっていたのは荘厳な建物に相応しくない小汚く、痩せ細った貧民が多く居た。男は眉を顰めながらも平静を装い、教典を読み上げ、人々の神への祈りを見届けると近くの司祭を引き連れ、すぐさま礼拝堂を後にした。しばらくイジフ回廊を歩いたところで悪態をついた。


「何だあの汚らしい貧民はここは栄誉あるオティシア教のルート教会だぞ。どうなっている。」


 司祭はすぐさま昨今の実情を語り始めた。全世界的に段々と気温が下がり始め、昨今はどこの国も作物の育ちが悪く、周辺諸国は税として集められ、宮殿に備蓄されている麦やライ麦を大規模な水道工事や道路整備による公共事業の見返りとして与えているようだった。そのためか多くの都市に貧民が食べ物を求めて流入している。


「あんな穢らわしい奴らどうなろうと知らんが…ふむ…


 手っ取り早く人民を減らし、食糧を確保する方法だったら一つあるな。」


「私めには思いつきはしません。ゴルドリーフ枢機卿、その方法とはなんですか?」








 「戦争だよ。」








 そう言う放ちながら大声で笑った。司祭はこの人が冗談を言っているようには聞こえなかった。




  ダキア王国南部  


 少しづつ、少しづつ世界は破滅への道を辿り始めていた。我が家にも災は迫っていた。しかし、それは嬉しい報せとともにやってきた。


 まだ寒さの残るラディッシュの季節を終え、日差しが厳しい葡萄の季節も過ぎ、領地を埋め尽くす麦の季節がやってきた。今年は全ての季節であまり暖かくならなかった上に虫も少なく、雨も少なかった。異常気象は続き、土地も力を回復しきれなかったようで大麦やライ麦の収穫量が大幅に減ったようだ。最近は頻繁に顔を出すベンおじさんは沢山の北方諸国が大変なことになっていると教えてくれたがあまり想像ができなかった。


 そんなことよりもようやく魔法が使えるようになってからは毎日のように家の周りにある色んなモノを撃って撃って、撃ち続けた。どうやら軽く手で押した程度の力しか与えられないが虫をひっくり返したり、樹木の葉を落ちないように撃ち続けるなどの一人遊びをするには十分だった。今度は手で簡単に折れそうな小枝に狙いを定めて人差し指に力を入れて意識を集中した。体の内側から流れ出る力を腕に集めて5本の指全てに力が集まったとき、人差し指の爪の間から出るイメージをした。


「今だっ!!‼」


 指から赤い色の塊が勢いよく発射し、見事命中した。地面に落ちた小枝を拾うと自慢をしようと思い、家の裏口近くで洗濯物を干している母様の元に向かった。


 ここ最近は母様は体調が悪いようで、朝はよく吐き気を訴えていた。その日も母様は洗濯物を干していると思っていたら口を抑えて家の中に小走りで走っていった。それをなんとなしに見ていると田起こし用犂を付けた馬を連れて村の共有釜を管理するポールさんを引き連れて父様が帰ってきた。


 母様は何かの病気なんじゃ、伝えなきゃと思い、いつも「仕事中だ後にしろ」としか言わないおっかない父様を前にして思い切って話しかけた。


「父様、母様は最近体が悪いんですか。今日も急に口を抑えて家の中に入っていきました。何か嗚咽することも多いし、大丈夫なんですか?」


 父様はいつも閉じているのか空いているのか分からない眼を大きく開き、何か思い当たることがあったのか大きく頷くと近くに居たポールさんに何か耳打ちをするとすぐに走っていった。


「そうだな。多分病気ではないと思うぞ。だが、そうだなこれからいくつかの季節を過ぎたあとにお前は兄となるのかもしれん。だからカイルのようにプレヴェール家の男として甲斐性をみせるのだぞ」


 そう言うながら頭を撫でてくれる手は大きくて分厚くて硬かった。そしてほんのり温かくて嬉しかった。しばらくしてからポールさんはあるおばあさんを呼んできた。そして母様の手を握り、額のほうに近づけると眼を瞑り、集中し始めた。


「分かりましたぞ。奥方は確かに妊娠しておられる。体の中にもう一つの命が宿っておられる。」 


 なんのことか分からなかったが見上げた父様の形容し難い表情は忘れることはできないだろう。


「今日はごちそうにするか。」


 父様の言った一言に僕とカイル兄さんは一喜一憂した。そして、夕暮れになり、わざわざ豚を一頭解体し、新鮮な肉を焼いた美味しそうな食事が眼の前にあった。これから食事を楽しもうと思ったときに


ダンダンダン


 扉が叩かれる音がした。父様が血相を変えて急いでドアを開くとそこにはバンおじさんが立っていた。すぐさまおじさんと父様は家を出ていった。そのせいで父様が帰ってくるまで食事を出来ず、冷たい肉を食べることになって父様を恨んだ。  


 その日、肉が食えない代わりにエールをがぶがぶ飲んだからか夜中に目を醒ました。尿意を催して用を足すために廊下に出たときのことだった。もうすっかり夜の虚しさが周りを支配しているのに廊下はぼんやりとした蝋燭の明るさで照らされていた。その明かりから漏れ出る声色は父とバンおじさんだった。




「やはり私のところも芳しくない。備蓄の蔵を開放すればどうにか食いつなげる。家畜は……諦めるしかなかろう。領主様のお考えはどのようなのだ。どちらにも顔出したのであろう?ダキア王国からバールにはどんな勅命が下っておられるのだ。私としては余剰分として出せる食料もなし、蔵の開放を行いたいところだが……」


「バール様のところにはダキア王国から厳しい量の麦の提供を申し付けられている。今は現状を綴った親書を送り、その返信を待っているところだ。しかし、この国でも昨今の異常気象は大変だな。王国の王都まで新書を渡しに行ってきたが、商人たちは酷いものであったぞ。やっぱり北に行くにつれて酷いらしい。どこも商売あがったりだと愚痴を零していたよ。なんでも神聖国やその周辺の公国を中心に特に酷いみたいで純血派の勢いが増してきてる。近い内に戦争になるかもな。」


「神聖国が……か……我らも血の一部はプルト人であるのにな……悲しいことよ。まあ奴らは我をどちらの勢力に付く覚悟もない腑抜けで強請ればいくらでも食糧が出てくると思っている節があるからな。……一層のこと我から……」




 段々と話がヒートアップして今にでも殴り合いの喧嘩が始まりそうだったが、話の内容は分からなかったため、夜までお話をしてても良い大人たちは羨ましいなと思いながら用事を済ませ、床についた。次の日になると右頬を腫らした父様が、そして日に日に周りの大人たち全員が何か怖い雰囲気を放つようになり、何かに起こっているようで何か機嫌が悪いようで大人たちと交流を避けた。


「何が始まるんだろう……」




何かが確実に生活に侵食し始めていた。

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