第36話 隠居貴族の妄言

●帝都グランディ 貴族別宅街 ローファット伯爵家別宅


「お帰りなさいませ、伯爵様」


玄関のドアを開けると、メイド服を着たミリアが頭を下げ出迎える


「ああ、ミリアか・・・ザビーネも来ているのか」


「はい、応接室にて伯爵様のお帰りをお待ちで御座います」


ゼロスは肩からマントを外しミリアに渡すとミリアは丁寧にたたみ腕にかけて応接に向かうゼロスの後ろに付く


「お帰りなさいませ、ゼロス様」


応接室のソファーの前で真っ赤なドレスを着たザビーネが頭を下げる


「うむ、態々帝都まで何用だ?」


顔を上げたザビーネのお腹は少しだけ膨らんでる様だった、それを冷たい目で見るゼロス


「はい、ラウンド様が不吉な夢を見たからどうしてもゼロス様にお伝えせよと・・・」


ザビーネをしり目にソファーに乱暴に座ると、ミリアに向けて手で合図をする


ミリアはゼロスとザビーネに頭を下げると応接を出て行った


「で?あの老いぼれは身重なお前を態々俺の所に寄越して、下らない夢の話しを聞かせたいと?」


ザビーネはゼロスの不機嫌な態度に少し緊張してる様子だ、すると応接のドアがコンコンと叩かれる


「失礼致します」


ミリアがトレーにワインとグラスを用意し持って来た、ゼロスがクラスを手に取り持ち上げるとミリアが注ごうとするのを制しザビーネに「お前が注げ」と合図する


ザビーネは無言でワインを手に取るとゼロスの持つグラスにワインをゆっくりと注ぐ


「それで?あの老いぼれはどんな素敵な夢を見たといったんだ?」


一気に飲みほし、お代わりを注ぐザビーネに尋ねる


「はい、どうも枕元に例の売女が現れエスト・・不貞の穢れた豚がこの世界に舞い戻ってきたと・・」


「はぁ?」


ゼロスの不機嫌な態度になのか、ザビーネの話した内容になのか、ミリアの肩もピクッと震えていた


「くくくく・・・老いぼれがぁとうとうボケて来たかぁ・・・そうか・・エストがなぁ~・・・」


「ゼロス様・・如何なさいますか?」


「如何するとは?」


ギロッとザビーネの方を睨みつける


「そのラウンド様のお話しです・・今までも売女の話しは何度も聞かされていましたが・・・無能な豚の事をお話しをされたのは、あの日以降初めての事で・・その・・・」


ゼロスはゆっくりとワイングラスをテーブルに置くと、立ち上がりザビーネを見下ろす


「なぁ聞かせてくれ・・何故俺様が老い先短い老人の妄言に付き合わないといけない?ん?」


ザビーネはゼロスの底冷えする冷たい目にガタガタと震える


パァンッ!「きゃぁぁ」


ザビーネは頬を押え倒れ込んだ、ミリアは直ぐにザビーネの元に駆け寄り抱き起す


「伯爵様!ザビーネ様は伯爵様のお子様を身ごもっておいでです!そのような乱暴をされて万が一の事があっては・・・」


ゼロスはミリアと頬を押え涙を滲まし項垂れるザビーネを一瞥すると部屋の入口に向かう


「今晩はこの屋敷に泊まる事を許す、明朝にはローファット領へ戻れ、俺は此れから法国との戦いの準備で忙しいのだ、隠居老害の妄言に付き合っておれぬ」


「よいな!」バタンッ!


応接のドアを乱暴に閉めゼロスは出ていった・・・ザビーネは自分のお腹を大事そうにさすりながらミリアの肩を借りて立ち上がる


「ゼロス様もこの子が生まれたらきっと・・・前みたいに・・・」







〇シェーンブルン子爵領  国境付近



シェーンブルン領はベストパーレ男爵領の西側に位置するシェーンブルン子爵の治める領地だ


ベストパーレ領よりも温暖な気候で作物が良く育ち、果物と穀物が良く採れる


国境付近は見渡す限りの農園で麦畑が豊かに実った穂を風に揺らしてる


「風が気持ちいいじゃないか・・・なぁダキ」


「はい・・・主様・・・ダキもこの風は・・・好きです・・」


「ロン様ぁぁオイラも馬車を運転してみたいどぉぉ」


俺の横にチョコんと座るダキは、その狐の耳を隠す為ローブを深々と被っている後ろの荷台から顔を出してるミホークが不満そうに頬を膨らましてダキと俺の交互に見てる


「それじゃミホークも馬車の操縦を覚えるか?」


「うん!!」


そういうと荷台から飛び出して俺の膝の上に座ると俺の方を向きニシシと満面の笑みをこぼし俺から手綱を受け取った


「ミホーク・・・主様にベタベタしすぎ・・・失礼・・」


「えぇぇだってダキがロン様の横に座りたいって言うから譲ったんだどぉ?」


「だってぇ・・・」


ローブで見えないがダキのモフモフの尻尾はいま萎れてるに違いない


「はっはっは、二人とも仲良くな」


二人の頭を撫でると、二人ともプルプル震え顔を赤くする


「ロン様ぁぁぁ♡」


「主様♡」


「!?」


二人から発情した女の匂いがしてきたので慌てて手を引っ込める、二人は残念そうな表情をしていたが今は隠れる場所もない田んぼ道だ・・最中を見られたら・・まぁ別に良いんだがな


ミホークとダキが交代しながら馬車の手綱を取り俺から操縦を教わりつつ進んで行くと


「・・・主様・・・風に混じって血の匂いがします・・」


ダキの目が獣の様な目になり、口元の犬歯が鋭さを増す


「ミホーク」


馬車を停めるとミホークが飛び降り、地面に手をついて目を瞑る


「ロン様・・この道から左に逸れたあの森の中に数名・・・内、何人かはダキの眷属みたいだどぉ」


「そこへ案内しろ・・ダキは俺達の匂いを消せ」


「「御意」」


【香風(こうふう)】


俺達の周囲に花の甘い香りが立ちこめる、馬車を道脇の木の傍に停めると麦畑の中を駆け抜けミホークの言う森の中に入る


すると、少し開けた場所で獣人と思われる数名と十名程の騎士、そして貴族らしきドレスコードを着飾った女性が対峙していた



そして、ひと際目を引く貴族の女性が背負ってる身の丈を超える大きさの銀色に怪しく輝く大鎌の先端に真紅の血が滴る



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