『千燈千春と、千燈千夏』

 千燈せんどう千夏ちなつ


 それは、千春ちはるの実の妹。

 紅太こうたからすれば、もうひとりの幼なじみだ。


 年は紅太こうた千春ちはるとひとつしか違わず、今年には十六歳を迎える千夏ちなつ

 明日になればついに高校生活が始まる。


 姉の千春ちはると、妹の千夏ちなつは、昔からとても仲良しな姉妹なのだと近所の人たちには知られ、子供の頃は一卵性の双子なのかと疑わられるほどには、千春ちはる千夏ちなつの姉妹は似ていた。


 髪型はもちろん、服装すらもそれぞれが似たようなものをよく着ていたのが記憶にまだある。


 それでも千春ちはる千夏ちなつは双子ではなく、ただ年の離れた姉妹。そのためふたりの性格はすこし違う。


 年の離れた姉妹なために、千春ちはるはしっかりと姉をしていたし、千夏ちなつもしっかりと妹だった。千夏ちなつはすこしわがまま気質で、千春ちはるはそんな千夏ちなつのわがままを聞き入れたりなど。

 共通点を上げるならば、両者ともが日常的に紅太こうたをからかうのが趣味だったところだろうか。


 そんな千春と千姉妹夏を、千春ちはる千夏ちなつの両親と紅太こうただけは見間違えることはなかった。

 四年と言う長い月日が経とうとも……。



「お兄ちゃんはやっぱりわかっちゃうんだね……」


 わずかに俯きながら、目の前の少女はどことはなしに嬉しそうに小さく口にした。


 紅太こうたのことを『こうた』ではなく、『お兄ちゃん』とそう呼ぶ人物はこの世でただひとりだけ。千春ちはるの実の妹である千夏ちなつだけだ。


 千夏ちなつは昔から紅太こうたのことは『お兄ちゃん』とそう呼ぶ。理由は知らないが。


「いつから?」


 千夏ちなつのそれは「いつから私が千春ではなくて、千夏だとわかったの?」と言う意味だろう。


「たぶん、最初から」


 紅太こうたがそう曖昧に答えたのは、最後まで目の前の少女が千春ちはるではなく、千夏ちなつではないかと言う確信があったわけではないから。

 だから紅太こうたは、その答え合わせをするために訊ねた。


「そっか……」


 千夏ちなつは海に顔を向ける。

 潮風が胸の辺りまで伸ばされた千夏ちなつの髪をふわりと揺らした。千夏ちなつは昔から、姉の千春ちはるとは違い、髪を伸ばしていた。


「なあ……」

「お兄ちゃん」


 紅太こうた千夏ちなつの名前を呼ぼうとすると、それに対して被せるように千夏ちなつは海に顔を向けたまま紅太こうたを呼んだ。


 海から紅太こうたに向き直る。そのあとで、

「場所変えて、話さない?」

 と、言葉を続けた。

 

 それに対し、紅太こうたは「……わかった」と疑問の言葉を返さずに受け入れた。聞きたいことは当然あるのだが。


 紅太こうた千夏ちなつは海岸をあとにすると、千夏ちなつのあとを追う形で海浜公園駅に足を向けた。

 波の音は段々と遠のき、駅までの道のりの中でふたりの間で会話は交わされなかった。

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