色彩のコンパニー

生來 哲学

じゃあ三分以内に相手を惚れさせてください

「俺たちには三分以内に終わらせなければならないことがあった。そうだろう? 相棒」

 隣の席に座る親友に問いかけられ、俺は頷いた。

「……そうだな」

 そして会話が停滞する。

 数十秒の沈黙。

 その間に周囲からは男女の楽しそうな話声がそこかしこから聞こえてくる。

 だが、今このテーブルには二人の男と重苦しい空気しかない。

「確認するぞ。お前が三分以内にやらないとやるべきことはなんだ?」

「互いの自己紹介と、好印象を与える特徴・エピソードのアピール、楽しい会話のキャッチボール、それらをすべて三分以内に行うべき、て授業では習ったね、一応」

「分かってるじゃないか」

「……分かってるからって実戦で使える訳ないだろ。トレモとかないの?」

「昨日の練習会サボったのお前だろ!!」




 少子高齢化の波が激しい現代社会。

 2050年、ついに日本政府は合コン・お見合いの義務化を教育指導要領に組み込んだ。

 かくて中学生達は年に数回、各県内で様々な学校が集まる合コンパーティが開催され、男女の恋愛を強引に促進されることとなった。

 放っておいても少年少女とは勝手に恋愛するものだと言われていたが、近年の研究では、少女はともかく日本の少年達は女性陣を放置して自分の趣味や勉学に励む傾向が強く、男女間の恋愛観の断絶はかなりすさまじいものだ、と言う説もある。

 なのでもう恋愛することすら授業に組み込もうと言う訳だ。

 そして今日も今日とて中学生達は強制的に恋愛ゲームの場へと立たされる事となる。




「初めまして、山田エンジェルです」

「戸山リンクでーす」

「阿須間ジャスティスです。よろしくお願いします」

「……木田フリーダムです」

 新しくテーブルに来た女性陣に俺たちは深々と頭を下げる。なお2050年の現代――俺たちの世代はみんな名前がキラキラしている。してない方がおかしい。

「やだー、そんなに生真面目に頭下げなくても」

「ははは、俺たちの中学は厳しくて」

「へー」

 若干引いてる気もするが、俺はなんとか学校のせいにして場を和ませようとする。そこへさっきまでの合コンではずっと黙っていた木田が口を開いた。

「ところで君達の中学はどこですか?」

 ――ついてに木田が自分から話題を! えらいぞ!

 この合コンに参加している生徒達はみんな学校の制服姿なので知ってる学校であれば制服を見れば分かるが、対面の少女達は見たことない制服を来ていた。

「私達は裏西第二中でーす」

「僕たちは縁緒学園です」

 県内一の進学校の名前を言ってどやぁ、と勝ち誇った顔をする木田。

「へーすごーい!」

「頭いいんだね!」

「うん、君達とは頭の出来が違うんです」

 テーブルの空気が死んだ。




「馬鹿野郎! 木田! 俺が言ったことが分からなかったのか!」

「自分のアピールポイントをちゃんと語ったのに何がいけなかったんだい?」

「お前普段そんなキャラじゃないだろ! どうしたんだ木田! 女の前でテンションがおかしくなっているのか?」

 裏西第二中の少女達が引きつった顔で去っていった後、俺は親友に詰め寄っていた。

「僕だってやりたくてやってる訳じゃない! でも裏西第二中とかかなり――」

「やめろ木田! 偏差値の話をこの場でするんじゃない! 俺たちがするべきは女の子達にいい印象を持って貰うことだ! 何故分からないんだ!」

「そんなの……僕は嫌だ。好きでもない女の子達に好かれようとするなんて、できっこないよ」

「いい加減にしろ! 別に惚れてる女がいる訳でもないのに! 好きか嫌いかは後にして、仲良くなってみないと相手のことを好きになれるか分からないだろう? 今日は友達を増やすつもりで頑張るんだ!」

「友達に媚びる人はいないよ」

「媚びるんじゃない! まずは気持ちよく会話をするんだ!」

「……うぅ」




「阿須間ジャスティスです」

「木田フリーダムです」

「西岡七瀬です」

増本ますもと玲奈真莉愛れなまりあです」

 次の俺たちのテーブルに新しい女の子達が来たので俺達は挨拶をする。

「なんていうか、阿須間さんて声大きいですね。さっきから話し声が会場中に聞こえてますよ」

「こら、西岡さん! あはは、ごめんなさいこの子空気読めてなくて」

「いえいえ、確かに俺は声が大きいって子供の頃から言われてて」

「そうなんですよ、子供の頃から阿須間はすぐ怒るしすぐに大声で正論を振りかざすんだ」

「「そうなんだー」」

 木田の言葉に女性陣が謎の感心の声をあげる。

 ――くっ、俺が笑いものにされている。だが、今までで一番木田が自然に話せている。これはなんとか出来るか?

「お二人はどんな女性が好みなんですか?」

 木田は対面に座る女の子達を一瞥した後、言葉を濁した。

「やっぱり胸の――」

「木田! 身体的特徴に触れるのはやめろ! 中学生なのにおっさんみたいなことを言うんじゃない! あ、いや、失礼。こいつはいつもこんな奴じゃないんだけど、俺たちは男子校なものだから女子との会話に慣れてなくて――」

「でも阿須間だって普段は学校で下ネタばっかり言ってるじゃないか」

「男子校の会話を外に持ち出すんじゃない!」




「ふー、やっと終わった」

 県主催の合コン大会が終わり、木田がこの日一番の笑顔を見せる。

「お前……その笑顔をなんで女の子達の前で出来ないんだ?」

 俺はがっくりと肩を落としてため息をつく。

「いいじゃないか、参加義務があるだけで成績評価には関係ないし」

 確かに形式上は授業の一環であるものの、この合コンで女の子と連絡先を交換できなかったからと言って学校からの評価に響くことはない。出席さえしていれば今日の俺たちみたいに誰とも連絡先を交換してなくても問題はない。

「木田。これも授業の一つなのだから出たからにはきっちり成果をだすべきだろう」

「阿須間は真面目すぎるよ。全科目で一位を目指す性分なのは分かるけど、こういう成績が関係ない場所では気を抜きなよ」

 ――誰のせいで気が立っていたと思ってるんだ。

 とは思ったが、これはこれで不器用な親友なりの気遣いなのは分かってるので突っ込むのはやめた。

「そう言えば俺たち以外のやつらは何処に行ったんだ? さっきまでそこら中にいたのに」

 俺たちがいるのは合コン会場に使われたホテルのロビーだ。先生との点呼も終わって生徒達は自由に帰宅していいが、先ほどまでは仲良くなったグループがそこかしこで会話してる姿が見受けられたのに、今や残ってるのは教師連中と俺たちくらいだ。

「ああ、それならみんな二次会に行ったみたいだね」

「は? ホントに? ……まあ皆も俺たちがいない方が楽しめるか」

 なにより人見知りの相棒は余計な他校生がいなくなって今日一番いきいきしている。

「じゃ、僕たちも本屋寄って帰ろう。今日、今月の新刊が出てるはずだ」

「木田はマイペースだな。そんなんじゃいつまで経っても灰色の青春だぞ」

「青春の色彩ならあるさ。阿須間と一緒だもの」

「木田……お前って奴は」

 かくて俺たちは合コン会場を後にした。

「まあいいさ。授業合コンは今年は後2回ある。次頑張ろう」

「やだよ。頑張る意味ないじゃないか」

 首を振る木田の肩を叩く。

「意味ならある」

「何さ?」

「趣味の布教が出来る。ネトゲのメンツが揃えられる。レイドやクランが組める」

「それなら頑張れるかもしれない」

 次回から趣味の布教に走った結果俺たちは恋人こそ出来ないが、多くのゲーム友達が出来るようになるのだが、それはまた別のお話。




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