メリッサがんばる 3

「そうか。あと、提案があるんだ」

「なんでしょう」

「2週間も共同生活をするんだからルールを決めよう」

「それは盲点でした」

「そんな甘すぎる計画」

「せいぜい、プライバシーの保護くらいかと。掃除も食事の準備も私がするつもりでしたし、洗濯は外にクリーニングに出しますし。そうですね。大スクリーンで何を見ようかとかはもめるかもしれませんね。あと、音楽の趣味もあるし、何を流すかとかも決めた方が良いですね」

「やっぱりザルな計画じゃないか」

「基本的にアルのお休みが優先なんですから、アルの希望が優先ですよ。大スクリーンでポルノを見るようなこともないでしょうし、その点は心配していません」

「見ない! それは逆セクハラだぞ!」

 アルは本気で怒ったような顔をする。

「じゃあ問題ないではないですか」

 アルは俯いた。

「君は――いいのか。僕と2週間も2人きりで」

「覚悟の上です。これも秘書の役割だと割り切ります」

 秘書以上の役割も――と言いそうになり、抑える。前と前の前の秘書がアルを誘惑してクビにファイヤーされたことは社内では公然の秘密だ。自分から誘惑するのは悪手だ。どうにかしてアルの方をその気にさせないとならない。それまでは自分は氷の美女を演じ続ける必要がある。

 ――そう考えると見せブラはいきなり失敗だっただろうか。

 メリッサはTシャツの首回りを引き上げ、見せブラの紐をなるべく隠す。どうとられるかは分からない。もしかしたらガードを固めたと思われたかもしれない。しかし正直、少し気恥ずかしくなってきたのも事実だ。

 アルは目をそらした。

「うん。そうだよな。君らしいといえば君らしいんだが」

 アルはトマトスープをスプーンですくった。

「食事を作る当番は決めないことにしよう。作りたい方が作る」

「どっちも作りたくないときは?」

「そのときはジャンケンで決めよう。下のホテルにデリバリーの注文ができるだろ?」

 会議などで階下のホテルに注文することはよくあることだ。

「どっちも作りたいときは?」

「2人で作る」

「メニューは?」

「そのときの気分次第で――君が主張したら僕が折れるよ」

 アルは小さく肩をすくめた。

「問題はプライベートだね。基本、この広い執務スペースしかないから、パーソナルスペースは仮眠室だけになる。あ、トレーニングルームも共用しよう。君も運動したいだろうから」

「私は別にそれで構いません」

「君も自由にここを使って欲しい。狭い仮眠室の中での休暇じゃ寂しすぎるだろう」

「は、はい」

「僕もなるべく執務スペースにいるから。せっかく2人でいるんだ。同じ時間を過ごしたい」

 そ、それってどういう意味で、と聞きたくなるのをメリッサはぐっと抑える。

「わかりました」

「まあ、せいぜいいい骨休みにするさ。なにせ社長室ここにいるんだ。緊急事態が起きたら、取締役会が僕の休暇を解除してくれるだろ?」

「その手筈です」

「さすが、優秀な秘書だ」

「当然です」

 メリッサは胸を張った。

「では、お互い同居人の立場ってことでOK?」

「はい。アル」

 アルの方から歩み寄ってくれたようで、嬉しくなった。

 ランチを終えて、2人で食器をキッチンスペースに下げる。

「作っていただいたんですから洗いますよ」

「じゃあ、お願いするよ。僕も楽にする。服はこれとスポーツウエアしかないから、あとで持ってきて貰わないとな」

「言えば持ってきて貰えるようにしてあります」

「トホホ。全て君の手のひらの上か」

 そう嘆きながらアルはキッチンスペースを後にした。

 さて、とメリッサは皿を洗いながら考える。

 どうやって自分が誘惑せずに、この後、アルの方から手を出させるか。

 それがこの休暇中の最大の問題になりそうだ。

 こんなことで結婚してくれなんて言うつもりはない。でも、1度でいい。アルに抱かれたい。アルが自分の最初の人になって欲しい。しかしそれを決して言えそうにない現実に、メリッサは押しつぶされそうだった。

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