メリッサがんばる 2

「2年も一緒に過ごしたのにこうやって食事するの初めてだね」

 アルは感慨深げに言うが、メリッサはカチンとくる。

「ええ。ボスが仕事仕事でこんなことでもない限りは一緒に食事することがないことを確信しておりましたので、これまで特に何も思いませんでしたが」

 自分でも辛辣な言い方になってしまったと思う。こんなはずではなかったのに、つい、いつものような言い方になってしまう。メリッサは俯いてしまう。

「――一生懸命だったんだ」

「分かっております。ですのでむしろ、私がこんなことをしてボスがお怒りにならないことが不思議で」

 アルからの返事はなかった。やはり怒っているのかと思い、顔を上げ、アルの様子を窺った。すると真顔でアルはメリッサの目を見た。

「僕の名前を知っているよね」

「もちろん。ミスター・アルフォンス・ミラー」

「では、ボスではなくアルと呼んでくれないか」

 メリッサはその言葉を聞いて、心臓が止まる思いがした。まさかアルの方からそんな申し出があるとは思っていなかった。どうやってアルと呼ぼうか考えて考えて考えていたのに、その想定は無用になってしまった。

 アルは真顔のままだった。

「――アル」

 アルは笑顔になった。少し照れているようだった。

「ありがとう」

「名前を呼んだだけで感謝されるいわれはありません」

「それでこそ君だ」

 アルはまた笑った。

 どうしてこんな物言いをしてしまうのだろう。メリッサは内心、自分の頬を叩く。猛省するしかない。ここでどうしてデレられない! と自分を嘆く。

「アル」

「どうしたんだい」

「トマトスープ、良い出来です」

「不味くはならんだろ、トマトスープは」

「それでも言いたかったんです」

「ふむふむ。さては夕食で失敗したときに僕に悪口を言わせない作戦だな」

「私だって難しいものを作る気はありません。ただ……」

「ただ?」

「せっかくの休暇なので、ボス――じゃない、アルに楽しんでいただきたいんです。私と一緒じゃ、楽しくならないかもしれませんが」

 今度はアルが目を点にする番だった。

「もう楽しんでいるけど」

 本当にアルの目が点のようになっていたので、メリッサは驚いた後、笑いを堪えながらも堪えられず、漏らした。

「面白い?」

「もちろん」

 メリッサは意図せず、自分が自然な笑みを浮かべたのが分かった。それを見たからか、アルが言った。

「初めて見たときの君と同じ瞳をしている」

「初めて見たときの? それはいつのことですか」

 まさか奨学金の説明会のときのことではないだろうとメリッサは思う。おそらく入社面接の時だと思うのだが、そのときに微笑んだ覚えはメリッサにはない。緊張のあまり吐きそうなくらいだったのだから。

「覚えていないかな。奨学金の説明会に1人だけ若い理事がいただろう。あれが僕だったんだ。面接でも君と話をしたんだよ」

 メリッサは唇を噛んだ。アルの方からそんな話をふられるとは夢にも思っていなかった。

「そうですね。大学に行き、社会に出て、自分に何ができるか、自分の力で社会に何を貢献できるか、夢がありましたから。きっと、うん。笑顔を浮かべて聞いていたのでしょうね、私は」

 メリッサは思い出す。そして無事、入社して社会に出て、まず最初の1歩としてDV被害者救済プログラムをアルに提言し、受け入れられた。自分の働きで何十人、何百人のDV被害の女性や子どもが救われた。それは誇るべきことだ。胸を張る。

「そうだね。面接の時も実に得意げに、楽しげに話してくれていたよ」

「そ、そうですか」

「それが今や氷の女王様だ」

「そこまでは言われてません! 氷の秘書でしょう?」

 ふふふ、とアルは笑った。

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