第5話 アルフォンス、さっそくやらかす

アルフォンス、さっそくやらかす 1

 どうしてTシャツにデニムパンツなのにあんなにセクシーなんだ!

 アルはキッチンスペースから出て、メリッサの姿が自分の視界から消えると同時にどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。Tシャツがまた緩いので、ブラの紐だけでなく、かがむと谷間が見えるし、揺れるとおへそが見えたりする。細いウエストに腹筋の割れ目の中におへそが見えると、もうセクシーでたまらない。

 少なくとも女体から5年は遠ざかっているアルにとっては堪えるだけでも絶大な精神力を要する。もしかしてメリッサが誘惑しているのか、とチラリと考えなくはない。しかしそれにしては彼女はあまりにラフだし、なにより自然過ぎる。普通の格好と言えば普通の格好ではないか。

 自分が意識しすぎなのだとアルは自分に言い聞かせる。なにより氷の女王様のままではないか。少しくらい自分に優しくして欲しい。そうすれば自分だってもっと頑張れる。けど、それはそれで情けないなあと思いながら、アルは会議用のテーブルの椅子に着き、うつ伏せる。

「――2週間も保つだろうか」

 自家発電にも限界がある。なにより密室に2人きりなのだから隙を見て自家発電しなければならない。もしバレでもしたら、表情1つ変えずに手伝いますくらい言いそうなメリッサだ。それは大変恥ずかしいし、そんな事態は避けなければならない。

 ああ、そうですか。そうですよね。自分の思慮が足りませんでした。申し訳ございません。お手伝いいたします。胸を使うことは私の方のサイズ的に難しいので申し訳ないのでできませんが、手はもちろん、口でもいたしますよ――

 もう口調まで仮想メリッサになって脳内で台詞が再生される。

 口はダメだ。口は。キスが先だ。

 妄想がはかどる。

 あの薄い色素の唇に、淡い色のルージュを重ねて、色っぽい膨らみを伴って、自分に近づいてきて、キスしてくれたら――

 いやいや。そんな事態にならないために、自家発電するならシャワールームがいいだろうか。バレなさそうだ。しかしあまり時間をかけると心配して彼女は見に来てしまうかもしれない。

 失礼いたしました。せっかくなのでお手伝いいたしますが、ここでは私も濡れてしまうので、脱がせていただきますね――あら、もっと大きくなりましたね。嬉しいです。

 いや「嬉しいです」は言いそうにないな。無言で「あら~~」みたいな顔をして僕の顔を見上げそうだ。それから呆れたようにクスッと笑うに違いない。

 そしてメリッサがTシャツを脱いでブラも外して、下も脱ぎ去って、スラリとした肢体を恥ずかしげもなく晒すのだ。

 これも仕事のうちですからご安心を、くらい言いそうだ。それでもきっと自身ははち切れんばかりになってしまうに違いない。

 アルの妄想は留まるところを知らない。実際、妄想だけで既にはち切れんばかりになっている。

「後片付け終わりました」

 キッチンスペースからメリッサが出てきて、うつ伏せていたアルは面を上げる。

「あ、ありがとう」

「いえ、どういたしまして。音楽を流しても?」

「どうぞ。何を聞くの?」

「環境音楽ですよ。草原の風と鳥のさえずりだけです」

「どうぞ」

 そんな穏やかな音楽を聞くのに、自分のガマンが限界だなんて皮肉だ。スラックスの下の膨らみはどうしたって隠せそうもないから、アルは席を立てない。

 メリッサはタブレットを操作し、自然音を流す。

 ちょっとだけ落ち着いた気がする。

 メリッサは向かいの席に座った。

「さて、何をしましょうか。時間はたっぷりありますから」

 そして頬杖を突き、テーブルの下の脚を組んだ。デニムパンツだからって組むな。頼むから。こっちがガマンできなくなるだろうが。

 もちろん言葉にはできない。精いっぱい平静を装う。

「そうだな。筋トレしたあと、読書かな。読みたいものがいっぱいたまっているからね」

「それはいいですね。何を最初に読みますか」

「うん。人類の進化史的な本が幾つも出ているからアップデートしないと」

「人類の進化史ですか」

「人間がどうすれば善く生きられるかを知るにはは、まず人間がどう進化してきたか分からないと入り口にすらたどり着けないと考えているからね」

 よかった。だいぶ落ち着いてきた。

「それは意外です。アップデートの成果をあとで聞かせてください」

「ああ。そうだ。タブレットをとってくれないか――いや、いい。自分でとる」

 今、彼女は休暇中なのだ。お願いするわけにはいかない。アルは椅子から立ち上がり、タブレットをとりに執務机に向かう。

 そして戻ってきて、メリッサの視点が下方向に向いていることに気づき、自分の大失敗に気がついた。

「い、いや、これは……」

「大丈夫です。訴えたりはしません。男性の生理現象であることは理解しております。驚きのあまり見続けてしまいました。失礼いたしました。お許しください」

 メリッサは視線をそらしたあと、顔を伏せた。

 かなりやらかしてしまった。この状況を彼女はどう捉えるだろう。今まで2年間、ずっと一緒にいたが、こんな失態は今日が初めてだ。アルは小さく首を横に振り、元の椅子に座った。とてもではないが、アルはメリッサの顔を見られなかった。

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