10年前の出会い 2


 執務机の上のデジタル時計が12時になった。


 いよいよメリッサも休暇となり、アルはうつ伏せていた執務机から顔を上げ、メリッサの机の方を見た。


「休暇だね」


「休暇です」


 笑顔で銀髪を揺らした。なんて可愛いんだ。


 就職前、彼女の学生時代に男の影がなかったことは興信所に調べさせて知っていた。入社してからは分からないが、誰にもなびかなかったことはつとに知られている。銀髪の氷の美女、それがメリッサの社内の通り名だ。だが、アルは美女とは思わない。美女というよりとても可愛く見える。そう見えているのがどうやら自分だけとわかり、アルは自分の目がおかしいのかとまで思ったことがあった。しかしそうでないことは百も承知だった。


 というのも、奨学金の説明会でメリッサを見たときから、もうアルは彼女のことを忘れられなくなっていたからだ。まだ高校生だったメリッサは今よりもずっとふっくらとしていて健康そうで、元気がよく、笑顔が多い娘だった。説明会でアルが話すと目を輝かせて見つめてくれた。奨学金を貰うために一生懸命だったのだろうが、もうそれだけでアルは自分が舞い上がるのが分かった。すごくかわいい子だと思った。7つも年下なのに、恋愛対象に見てしまった自分を責めもしたが、面接の時に直接話をして素敵な子だとわかり、私的感情を含んではいたものの、優秀であることも間違いなかったので、彼女への無返還奨学金のサインをした。


 そして大学生活の間も手紙を貰い、あしながおじさんの気分を味わった。あれほどには年齢差はないが、あしながおじさんの気分はいいものだった。本音を言えば、物語のように本当に彼女に会いに行きたかった。だが、その頃は会社を引き継いだばかりで、そんな余裕はなく、仕事の合間に返事を書くのが精いっぱいだった。


 大学生活最後の方の手紙には、自分の会社に就職したい旨が書かれていて、心が躍った。頑張ってね、と返事を書いた。心からそう思った。入社に際して手心を加えるつもりはなかった。そして彼女は己の力だけで、入社してきた。嬉しかった。


 アルはひいき目なしに、優秀な彼女を育てようと、それとなく総合職になれるように人事配置をした。そして最後の仕上げが秘書のポジションだったのだが――誤算があった。


 アルは本気で彼女を愛していることを自覚したのだ。


 高校生の時の笑顔は失われ、大人の女性になったメリッサは氷の美女と呼ばれるだけの美貌とスタイルと頭の切れを周りに披露していた。だが、行動の節々に見える優しさに、やられてしまった。


 玄米パンのサンドイッチを手作りしてくれたときは、文字通り小躍りしそうになるのを押さえつけるのに、すさまじい精神力を要した。今だって、このままベッドルームに連れ込んで押し倒したかった。


 ダメだ。それはセクハラ以外のなにものでもない。


 ぐぐぐぐぐぐぐぐと抑え、美味しいねと返すので精いっぱいだった。


「さて、お昼ご飯をいただきに――ああ、外に出られないのでしたね。どうしましょう? テイクアウト依頼します?」


 メリッサは小さく首を傾げ、笑顔をアルに見せた。もう、可愛い。ちなみに社長室のメインの扉の脇にはテイクアウトを差し入れられるくらいの小さな扉がついている。もちろん、人間がくぐれる大きさではない。


「ううん。せっかくだから料理でもするかなあ」


「え? ボスが料理をするんですか?? 本当に? 食材の無駄になりませんか? 地球にやさしくないですよ」


 メリッサができっこないでしょうとでもいうような蔑んだ笑顔を向ける。


「見てろよ。君の分も作るから、食べてくれよ」


「ご命令ですか?」


「休暇中だから『お願いプリーズ』」


「それでは喜んで。では私は着替えてきます」


「え? 着替え?」


「私が計画的にことを進めているのですから、もちろん用意はしてありますよ。見つからないように運び込むの、大変だったんですよ」


「うーん。一切、気がつかなかった」


 アルは上着をハンガーに掛け、腕まくりしてキッチンセットに向かう。


 さて、どんな食材があるのやら、と思いながら。

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