第3話 10年前の出会い

10年前の出会い 1

 10年前、メリッサはまだティーンの高校生だった。メリッサの両親は既に亡くなり、里親のところでつつがなく学生生活を送っていたが、大学進学となるとそうもいかなくなる。独立して大学に通うには奨学金が必要になる。それも返還不要か、無利子のものでないと遺産が残っていても、いつかは破綻する。

 

 一方、アルフォンスの方は父親の急死で会社を引き継いだばかりの、大学を出てからあまり時間が経っていない青二才だった。


 会社の業績はよくても、先代の急死と若いアルが社長に就任したことで、業界紙では将来が危惧されていた頃だった。そんな事情を高校生のメリッサが知っていたのは、アルが社長を務める会社がメインスポンサーの無返還の奨学金を得るためだった。アルはその財団の理事を務めることになっていて、説明会から面接まですることになっていた。だから事前情報として仕入れておく必要があったのだ。


 そんな気前のいい奨学金を出す財団の説明会で、メリッサはアルを初めて見た。雑誌の中の強面のイメージは吹き飛び、慣れないながらもマイクを握り、必死な形相で奨学金制度の説明をするアルは可愛かった。雑誌のプロフィールにはかつては野球少年だったとあった。その面影は確かにある。そして朴訥な話し方が、誠意を感じさせた。かわいくて、格好良くて、優しそうだった。


 一言で言えば、メリッサはもうアルにぞっこんになってしまったのだ。もちろん恋愛対象ではない。アイドルを見るような感じだ。そして面接で話をして、更に好きになった。


「君は大学で何を学んで、どうしたいの?」


「自分の可能性を拓きたいです。そして自分の力で、社会に貢献できるようになりたいです」


「いいね。すごくいいね。君は輝いている」


 この人のもとで働けたらどんなに幸せだろう。メリッサは短い会話だけで直感していた。実際は地獄のように忙しかったが、それでも今、幸せだ。


 他の財団の奨学金も貰えそうだったが、アルのことが忘れられず、彼が理事を務める財団から無返還の奨学金を無事貰えることになったので、ありがたく使わせていただくことにした。奨学金を貰えるようになったのは、きっとアルが自分の夢を評価してくれたからだと勝手に思った。


 大学時代は、奨学金のお陰で不便なく過ごすことができたが、その代わり勉強漬けだった。男の子からの誘いが多くなり、自分が美人になった自覚が出てきた。高校生の頃はやや太っていたのでそれほどでもなかったが、あまりにも勉強しすぎて痩せたからだろうか。しかしアルが社長を務める会社に就職したかったから、メリッサの大学生活は異性よりも勉強が優先だった。


 また、奨学金を貰っている間は、月に1度、手紙を書かなければならなかった。このご時世に直筆の手紙が義務だった。無返還の奨学金である。その程度の条件は苦にならない。そもそも手紙を綴るのは好きな方だった。


 たまに返事が来た。頑張っているね、期待しているよ、というような無署名の短い手紙だったが、メリッサはアルからの返事だと勝手に決めつけ、楽しみにし、絶対に彼の会社に就職するんだと決意した。そして無事入社し、彼の直筆の、新入社員へのメッセージを見たとき、やはり彼からの手紙だったのだと確信した。


 そのとき、憧れが恋心に変わった。


 恋愛経験がゼロのまま、異性経験ももちろんゼロのまま大学を卒業し、アルの会社に就職した。アルは一奨学生に過ぎないメリッサのことを覚えていて、入社した日もわざわざオフィスまで来て声を掛けてくれた。そして働きながらMBAを取得し、1年でいろいろな部署に回され、たまにアルに声を掛けられつつ働き続け、4年で秘書になったのだった。

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