仕事中毒の社長の事情 2
「もちろん、2週間分の準備は万端ですよ。ボスがリフレッシュできるように最大限、お手伝いします」
メリッサは微笑んだ。銀髪、抜けるように白い肌、珍しい紫の瞳。凍えるような微笑みの中に、微かに愉悦の色が混じっていた。
「君はそれでいいのか?!」
つまりメリッサはアルの強制休暇をプロデュースするために、自分も休暇をとり、犠牲になるというのだ。
「毒を食らわば皿までというではありませんか」
「今まで僕が見たことがない笑顔をしているな」
「そうでしょうか?」
「もしかして楽しい?」
「ボスがこれほど動揺するなんて思いませんでしたから。それにもっと怒られると思っていました」
「だからか――」
さっき、メリッサは仕事を辞めることになるかもしれないと言っていた。つまり激怒した自分が彼女をクビにすることも考慮した上での計画だったのだ。
はあ、とアルは大きなため息をついた。
「大丈夫。
「休暇が終わるまでこの最上階から出ることはできませんが、2週間、困ることはないと思いますよ。私も一緒にいますし。お手伝いできることはします」
何の手伝いだ――と思わずメリッサの全身を嘗めるように見てしまう。グレーのぴったりしたスーツは彼女の曲線をよく表している。決してグラマーではないが、出るところは出ているし、ウエストの細さは一言二言あっていいレベルだ。
「いや、その、お手伝いと言われてもだな……」
アルは露骨に意識してしまった。2週間もあれば、そんなシチュエーションになることもあるかもしれない。
これはチャンスだ。
そうアルは思い直すことにする。
「ほら、プールもありますし」
「うん。あるな。無駄だと思っていたが。掃除したのはそういうことか」
普段は空になっている、窓の外のプールを振り返る。会社を傾けかけた先代の設計で、無駄と思いつつもそのままにしていたプールだ。珍しく水が張られているのは伏線だったのか。メリッサは天災のときにトイレ用水になるから張ったとか説明していたくせに。
「読書しようと思ったら電子書籍は山ほどあるし、簡単ですけどキッチンセットはありますし、食材も別途届くようにもなっています。映画だって大スクリーンで見放題。トレーニングだってできます」
「一応聞くが、誰が料理するんだ?」
「私ですが――ボスもされますか?」
「君が望めば」
「たいへんいいお返事です。私も休暇中だってこと忘れていないのですね。ああ、私はまだあと30分ほど就業時間中ですが」
メリッサは笑顔を作った。もうこれでもかという露骨な演技の笑顔だった。
「シャワールームもありますし」
「簡単なのがな」
筋トレで汗をかきすぎた時用に設置しておいたのだ。
「仮眠室にベッドもありますし」
「君の分もあるな」
仕事が忙しいときの仮眠用だ。下のホテルまで行く時間すら惜しいときに使う。
「添い寝いたしましょうか?」
メリッサが妖艶な笑みを浮かべた。
バン! とアルは思わず執務机を激しく叩いてしまった。彼女の裸体を想像するだけで、もう、ガマンができなかった。
「し、失礼」
「いえ。騙した自覚はありますので、その程度は覚悟の上です」
それ以上もか? ――とアルは思い悩む。秘書になってこの2年、一切、そういうフリを見せたことがない氷の秘書だった。今まで秘書になった女は皆、アルを誘惑してきた。だが、メリッサは違った。だからより一層好きになったのだ。そして、それ故に彼女とは公私の壁を越えられずに来たのだが。
そうだ。再び心の中で言葉にする。これはチャンスだ。10年間、ずっと彼女のことを思い続けてきた。そして秘書に任命するまできた。なのに、最後の一押しができずにいた。チャンスを窺い、メリッサと一緒にいたくで、仕事中毒のフリをしてきた。いつだって彼女のことを考えてきた。
アルはもう一度、自分に言う。
これはチャンスだ。メリッサをモノにするんだ。そして彼女を幸せにするんだ。
アルはもう花嫁衣装さえ飛び越え、その先の、自分の子どもを抱いているメリッサの姿を想像している。
アルは10年前の彼女との出会いを思い出していた。
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