第27話 ワイバーンスレイヤー

 勇者は愚直にワイバーンへと向かっていく。何の策も捻りもない。だけど、それでいいさ。


 ワイバーンは突然現れたに対して、爪を振るって追い払おうとする。

「おわぁっ!?」

 勇者は――あまりカッコ良いとは言えないけど――情けない声を出して地面に突っ伏し、爪の攻撃を避ける。


 アタシはいつでも走れる構えのまま、勇者がワイバーンの尻尾にしがみ付くタイミングを待っている。


 勇者……。

 悔しいが、今はお前が頼りさ。上手くやってくれよ。


 ギャァァァオッとワイバーンがイラついたような鳴き声をあげる。その隙に、勇者は立ち上がってワイバーンの尻尾の近くへと走る。


 そして、一瞬の間の後に空中へと浮遊する。

 さっきアタシが渡した浮遊レビテーションの呪符を使ったようさ。

 そして、勇者を見失って、空中で停止しているワイバーンの尻尾へと見事に取り付く。


 …………今だねっ!


「うぎゅあああああああ……!!!」

 尻尾にしがみついた勇者の必死の声を聞きながら、アタシは全力で駆ける。

 勇者が尻尾に取り付いたことを察したワイバーンは、急速に上空へ昇ろうとする。


 ……そうは、させないさ!


「ハッ!!」

 アタシは駆けると、全身のバネを使って跳躍する。自分の身体の何倍もの高さまで到達した跳躍は、それでもワイバーンの身体まであと少し……。

 アタシは跳びながら、懐から魔蜘蛛アラクネーの糸を取り出す。そして、それをワイバーンの尻尾目掛けて投げる。

 糸の先端の輪っかは狙い過たず、ワイバーンの尻尾に引っかかる。……ああ、まあ、正確にはワイバーンの尻尾にしがみついている勇者に、だね。


「ちょっ!? うえっ!? ええええええええええええええええええええ!!!??」

 勇者が情けない驚きの声を上げる。

「 すまん、勇者っ! ちょっとの間だけ我慢してくれよ!」

 アタシは勇者に向かって、精一杯声を張り上げる。

「んな……、無茶苦茶なぁ~!!!」

 アタシの声に、勇者は絶叫する。


 その声がワイバーンの耳に届いたのかは分からないけど、ワイバーンは更に高度を上げる。

 アタシは――もちろん勇者も――振り落とされないように必死さ。そして、アタシは少しずつ糸を手繰り寄せて登っていく。


 ほんの少しが経ち、アタシはようやくワイバーンの尻尾へとたどり着いた。

 この高さ……。落ちたら、今度こそ死ぬ。下を見ると、群衆と街並みが色とりどりのゴミのように見える。身体中がゾクッとする。下は見ない方がいいね……。


 アタシは、ワイバーンの尻尾にしがみつく勇者の身体に、しっかりと手と足を絡ませて自分の身体を密着させる。そして、ゆっくりと慎重に、少しずつ上へと登っていく。

「あっ……あの。し、師匠っ……!?」

 勇者の声が上ずっている。さっきとは少し違うニュアンスの声……。

「なんだい……? もう体力の限界かい? もう少し頑張ってくれよ」

 アタシは勇者の耳元で、そう声をかける。

「い、いやっ、体力の限界じゃなくて……。いや、限界ではあるんだけどっ……! そっちの限界じゃなくって、その……」

 勇者が相変わらず上ずった声で、訳の分からないことを言う。


 ……そう言えば、服越しに伝わってくる勇者の体温が高い。そして、ほんのわずか伝わってくる心臓の鼓動が早いし、息が荒い。ワイバーンの尻尾にしがみついているせいかとは思うが、その割りには少し違和感がある。

「なんだい? 変な奴だね……?」

 アタシはボソッと呟くと、更に上へと登っていく。まあ、気にするほどのことじゃないか……。


 その間にも、ワイバーンは飛ぶ。

 急上昇した次は、急下降。

 さっき、ゴミのように見えた群衆と街並みが、あっという間に大きくなる。


 そうなると、今度は尻尾を登るというよりは尻尾を下りるという格好になる。

 身体のコントロールは、さっきの真反対のことをしなきゃならない。でも、また落ちるような失敗は繰り返さないさ。

「ヨッ、と!」

 アタシは、ワイバーンの身体から落ちないように気を付けながら、一気に尻尾を下る。そして、ワイバーンの背中にしがみついた。


 を見ると、勇者がホッとしたような残念そうな顔をしているのが見える。……勇者、一体何だったんだ? という疑問が一瞬頭に浮かんだけど、意識をワイバーンに向ける。


 いけない、いけない……。今は勇者よりもワイバーンに集中さ。


 アタシはむちゃくちゃに飛ぶワイバーンから落ちないように、背中を伝ってワイバーンの首へと手をかける。

 そして、ワイバーンの硬い鱗の隙間にダガーをねじ込む。頸動脈を刺す。ワイバーンの急所は人間と同じさ。


「これで終わりさ!」

 ブシャッ、という音ともにワイバーンの首から血が吹き出る。手がワイバーンの血で塗れるけど、それを気にせずアタシは更にダガーを深く刺す。

 ギュエッギギュゥ、と苦しそうな鳴き声を上げてワイバーンが力を失っていくのが伝わってくる。


 ワイバーンは力を失い、ゆっくりと墜落していく。

 最後の力を振り絞って、一つ大きく羽ばたくけど、それで空を飛ぶことは叶わない。

「すまないな、ワイバーン。お前が人を襲わなければ、こんなことにはならなかったのさ。己の不運と無力を恨みな」

 アタシは、ワイバーンにとっては何の慰めにもならない――そして、ワイバーンに伝わることのない――言葉をかける。


 地上が迫る。ゆっくりと墜落していくワイバーンから跳んで、アタシは建物の屋根に飛び移った。

 勇者はというと……。何が起きたのかよく分かっていないらしく、まだ尻尾につかまってワァワァとしている。ああ、もういいんだよ、勇者……。


 そのままワイバーンは、ドサァッと大きな音を立てて地面に墜落する。

 群衆がザワザワとしながら興味と心配そうに、それを取り囲む。


「うへぇっ……。もう、何なんだよぉ……」

 勇者がそこから這って出てきて、ブツクサと文句を言う。

「……勇者さま?」

 群衆の一人が恐る恐るといった感じで、勇者に声をかける。

「勇者さまがワイバーンを……?」

「倒してくださった……?」

 群衆がさっきとは違う意味で、ザワザワとし出した。

「す、すげぇ……」

「ワイバーンを倒しちまったなんて!」

「ワイバーンスレイヤーだ!!!」

 群衆が勇者を囲んで、口々に勇者に賞賛の声をかける。

「……へ? あ、ああ。ああ、いやまあ!」

 相変わらず、何が起きたのかよく分かってなさそうな勇者だったけど、どうやら自分が褒められていると分かったらしく満更でもない様子だね。照れくさそうに頭を掻きながら、ニヘニヘと笑みを浮かべている。


 これは…………。


 アタシは暗殺者。陰の人間。

 目立つことはごめんだね。

 勇者がワイバーンを倒したのだと思ってくれるなら、その方がいい。


 ……その方が好都合さ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る