第26話 共闘

「師匠っ! 大丈夫ですか!?」

 アタシは勇者の腕の中さ。……不本意ながらね。

 あれだけの高さから落ちたアタシを受け止めるなんて、腕にかかった衝撃は凄まじいはずだろうに、勇者は平気な顔をしている。まあ、勇者の力チートスキルがあればこそ、なのかも知れないけどね。……ん? ていうかさ。

「なんで『師匠』……?」

 不本意ながら勇者の腕に抱かれている、アタシの頭に浮かんだ素朴な疑問さ。


「えーと……、師匠は師匠なんで」

「………………………………」

 互いに見つめ合っで数瞬。……まあ、恋は生まれないけどね。

「アタシはお前のことを弟子だと認めたわけじゃ……」

「そんなことより! 怪我はないですか!?」

 いや、待て。『そんなこと』ってなんなのさ!?

「……あ、ああ」

 心の中のツッコミを全て飲み込んで、アタシは答える。今は、この勇者にツッコミを入れてる場合じゃない。


 アタシは勇者の腕の中から立ち上がって、空を見上げる。ワイバーンは俺のことを忘れるな、と言わんばかりにキシャアアアア! と鳴き声を上げて、地表近くまで急降下してくる。

 そして、アタシたちに向かって翼を広げて威嚇の姿勢をとる。


 アタシとワイバーンとの闘いを遠巻きに見守る群衆は、騒ぎもせず動きもせず静かなものだね。


 ……いいだろう。さっきはミスったけど、今度こそ仕留めてやるよ。第二ラウンドと行こうじゃないか。

 アタシは、再びダガーを構える。

「ボクも……闘います」

 ダガーを構えたアタシに、勇者は言う。

「やめろ。お前じゃ足でまといだね」

 アタシは即言する。


 闘技場で見せたあの鋭い一撃はあっても、それだけで今の勇者が、ワイバーンに歯が立つとは思えない。

 竜族の中では弱い部類に入るワイバーンとは言え、腐っても竜族。そこら辺のモンスターとは訳が違うのさ。

「……でも」

 勇者は何か言いたげだけど、アタシはそれを無視してワイバーンを見据える。


 その瞬間、ワイバーンはアタシたちに向けて尻尾を振り下ろしてきた。ワイバーンの尻尾が石畳を打つビシッという鋭い音が響く。

「…………チッ!」

 アタシは後ろへ跳んで、ワイバーンの尻尾を避ける。


 勇者は、っと……。ああ、ダメだ。全然避けれてない……。

 勇者はワイバーンの尻尾に打たれて、アタシのすぐ側まで大きく吹っ飛ばされる。


 ワイバーンの厄介さは、尻尾にある。牙、爪ももちろんのこと威力があるけど、それに加えて長い尻尾の攻撃……。ただ打つだけじゃない。

 尻尾の先端の尾棘には致死性の猛毒がある。アタシが最初にワイバーンの尻尾の尾棘を破壊しようとしたのは、そういうことさ。


 逆に言えば、尻尾の尾棘さえ封じてしまえばワイバーンとの闘いはずっと楽になる。

 ……何か、ヤツの尾棘を封じる手段はないものか。

 アタシは必死に頭をフル回転させる。


 ふと、アタシのすぐ側で転げている勇者と目が合う。


 …………………………………………。

 ………………。


 勇者……。

 勇者の力チートスキル……。


 怪我もせず。毒も効かない。ワイバーン以上に厄介な能力を持つ。故に死なず……。


 ………………………………。


 ……………………………………………ッ!!!!!!


 そうか!!!


「なあ、勇者。やっぱり、アタシと一緒に闘おうじゃないのさ!」

 アタシはある策を思いつく。そして、それには、この勇者が必要不可欠なのさ。

「……え、えええ?」

 勇者は――こんな状況だってのに――ほんの少し頬を赤らめながら、困惑の声を上げる。


 アタシは勇者を抱き起こして、気合を入れるために勇者の背中を軽く叩く。

「いいかい、勇者。お前に大事な役割を与える。そして、その役割があれば、この闘いはきっと勝てるさ」

 そう言って、アタシは勇者にニヤリと笑ってみせる。


 そして、アタシは懐から呪符を取り出す。そして、それを勇者に手渡す。勇者を殺そうと霧と繭亭に忍び込んだ時に使った、浮遊レビテーションの呪符さ。

「勇者、1回しか言わないから、よく聞けよ。その札には浮遊の魔法が込められてる。だから、魔法が使えないお前でも、念じればわずかな時間、空中に浮かぶことができる。そして、その札を使って……ヤツの、ワイバーンの尻尾を思いっきり掴め! そして、絶対に離すんじゃないよ。いいね!?」


「……え!? ええええ!?」

 訳が分からなそうな勇者に、アタシはもう一度、背中を軽く叩くと一つ頷いてみせる。

「よ、よく分かってないけど、とにかくアイツの尻尾を掴んでればいいんだね?」

 何とか、やることは分かっているらしい。

「そういうことさ」


 アタシが考えたことは、こういうことさ。

 勇者には勇者の力がある。だから、怪我もせず毒も効かない。ということは、当然、ワイバーンには勇者を傷つけることも毒で殺すこともできない。

 現状、勇者はワイバーンに歯が立たないけどワイバーンもまた勇者に歯が立たない。

 そして、その勇者にワイバーンの尻尾を掴んどいてもらって、ヤツの厄介な猛毒を封じようってことさ。


「ちゃんとできたら、今度こそ本当にボクを弟子にしてくださいよ」


「…………アア。まあ、それについては考えとくさ。……そんなことより! 今度こそ行くよ、勇者!」

 アタシは勇者の弟子入りについてはお茶を濁すと、勇者に向かって発破をかける。


 ワイバーンがこちらに向かってくる。

 そして、再び尻尾でアタシたちを打とうと、尻尾を大きく振り上げる。


 アタシは懐にある魔蜘蛛アラクネー の糸を取り出しながら、ダガーを構える。

 勇者も不格好ながら、いっちょ前に構えを取る。


 じゃあ、今度こそ本当に第二ラウンドと行こうじゃないのさ。

 暗殺対象ターゲットとの共闘なんて、長らく暗殺者稼業をしているアタシでも、初めての経験だけどね……。


 まあ、それはともかくさ……。

 何とか上手くやってくれよ、勇者!

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