第25話 ワイバーンの背に乗って

 ガシッと先端の尾棘が石畳を打つ音がする。この尾棘に僅かにでも触れたら、猛毒ですぐに絶命するだろうさ。アタシは、バックステップをしてワイバーンの尻尾の一撃を躱す。


 はっきり言って、ワイバーンの攻撃を躱すだけなら余裕さ。ならね。


 これなら、三年戦争のある時に、帝国兵士相手にブチギレたデベッタの猛攻を躱しながらなだめた時の方が、何百倍も大変だったさ。あのは、ブチギレたら敵味方の見境がなくなるからね……。


 問題は、だ……。攻撃さ。


 ワイバーンは空中から、ヒット&アウェイで攻撃を繰り返している。こっちの攻撃が届かない距離を空中で保ちつつ、攻撃の瞬間だけ地上近くまで降りてくる。アタシにすりゃ、ワイバーンの攻撃が当たることはないけど、アタシの攻撃が当たることもない。


 互いに、ジリジリとした闘いが続いている。


 アタシは考える。ワイバーンがヒット&アウェイで来るなら、ヤツが攻撃しようと地上に降りてきた時こそ、アタシが攻撃する最大のチャンス。だけど、タイミングはシビアさ。一歩間違えれば、ワイバーンの一撃でアタシが死ぬ。


 ワイバーンはアタシの頭上をグルリと旋回して、再び攻撃の体勢に入る。来るのは、爪か、牙か、それとも尻尾か……。アタシはダガーを逆手に持ち替えて、身構える。


 ビュウッと風を切る音をさせて、ワイバーンが急降下する。そのまま、後肢をアタシに向けて突っ込んでくる。


 後肢の爪で、アタシを切り裂く気か! なら、アタシは……。


 アタシは、眼前に迫る大きくて湾曲したワイバーンの爪を前に、ダガーを口に咥えた。そして、腕を大きく広げる。


 ……賭けさ。アタシが、ワイバーンの爪に切り裂かれるか、それとも、アタシがワイバーンの脚を掴んでヤツの身体に取り付くのか、のね。


「さあっ、来てみな! この《飛びトカゲ野郎》!」

 キュオオオオオオオンという甲高い叫び声を上げながら、アタシへと突っ込んでくるワイバーン。爪がアタシの体を切り裂いたか、という瞬間、アタシは跳んだ。


 間一髪、爪に切り裂かれることはなかった。ワイバーンの足の甲を足場にして、脚にしがみつく。凄まじい速さで飛ぶワイバーンに振り落とされないように、体のバランスを取る。


「ヒュウウウウウ~」

 息を細かく吐いて、呼吸を整える。体のバランスを取るのに、呼吸は大事な要素さ。何とか、脚にしがみつくのは成功したね。


 ……だけど、どうやら、安心するのはまだ早いみたいだね。


 脚にしがみつかれたことを察したワイバーンは、そのまま急上昇すると、とんでもない速さできりもみ飛行をしはじめる。アタシを振り落とす気か……!


 竜族のみならず、モンスターの中でも抜群の飛行能力を誇るワイバーンが、本気でアタシを振り落とそうときりもみ飛行をするなんてさ……。


 アタシの視界は、上空、地上を凄まじい勢いでグルグルと回る。

 さらに、ワイバーンは脚をバタバタと振り回してくる。三半規管と体幹をフル稼働させて、必死でワイバーンにしがみつく。


 一瞬でも気を抜いたら、落下。自由都市アルカンセルの石畳に叩きつけられて、体の原型を留めることなくアタシは死ぬ。

「グッ……!」

 アタシはしがみつきながら、舌を噛まないように、ダガーごとしっかりと歯を食いしばる。


 そのまま、三〇秒だろうか、一分だろうか、はたまた三〇分だろうか、短くとも長くとも思われる時間、ワイバーンはきりもみ飛行を続けた。


 しばらくして、さすがのワイバーンでも疲れが出てきたのか、ワイバーンのきりもみ飛行が緩んできた。


 これは好機だね。


 グルグルと回る視界のまま、アタシはワイバーンの脚をよじ登る。硬い鱗が、ちょうど良い滑り止めになってくれる。

 ワイバーンの背を目指して、少しずつよじ登っていく。


 ワイバーンの背までもう少し、というところまで来た時、今度は凄まじい速さで急降下し出す。

「おっ、おわあっ!?」

 その瞬間、アタシは体のバランスを大きく崩し、ワイバーンの体からアタシの体が離れる。


 空中に投げ出された……!?


 一瞬の浮遊感の後、アタシは空中からアルカンセルの石畳へと自由落下していく。

 このままアタシは石畳に叩きつけられて、体の原型も留めず、アタシはアタシの人生を終えるのか……。


はかない……人生だったさ…………。


 アタシが自分自身の死を覚悟した、その時――。

「師匠っ! 今、ボクが助けます!!!!!」

 下から少年の大声がした。


 退避した群集の中から、誰かが飛び出してきた。


 落下して石畳に叩きつけられるはずだったアタシの体は、誰かの腕に受け止められる。

 王都ナハリで、霧と繭亭の屋根から足を滑らせて落ちた時、勇者が腕で受け止めた時のように……。


 って、あれっ!?


 気づけば、今回もアタシは勇者の腕の中だった。

「あれ、なんで……?」


「気づいたら師匠がいなくなってたから、必死で後を追ってきたらこれだったんで、思わず……」


「はあ……、なるほどぉ?」


 状況がイマイチ飲み込めてないアタシは、そうやって生返事をするのがやっとだった。

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