第24話 ワイバーン渡り

 ――晴れた秋空。空を見上げる。

 そろそろ、ワイバーン渡りがはじまるね……。


 アンブロシア王国とマーハーラル帝国の間に広がるムザ草原には、秋の風物詩がある。

 夏場、北のデルバイ山地にいたワイバーンの群れが、冬場を過ごす南のガミル半島へと渡るためにムザ草原を北から南へと飛ぶ姿が見られる。それが、ワイバーン渡りさ。


 自由都市アルカンセルからも、ワイバーン渡りを観測することができ、モンスターの生態を研究する魔術師ギルドの研究員やモンスター愛好家、一部の好事家こうずかなんかがこの時期にアルカンセルへとやってくるのさ。


 そんなこんなで、アルカンセルが賑わう季節は秋。

 アタシは今、賑わうアルカンセルの目抜き通りをトボトボと歩いている。


 全く……。最近のアタシは、何だかとても、……。


 勇者を殺すだけのはずだった。

 勇者が、の普通の人間なら、アタシは今頃、仕事を終えて報酬の二億Gとともに、棲み処で高いびきをかいていたはずさ。


 ところがどうだい?

 勇者は強くはなかった。それどころか、弱かったさ。でも、殺すには最も不向きな相手だった。

 勇者の力チートスキル…………。

 あれだったら、まだ不死の王アンデッド・ロードの方が殺しやすいさ……。不死者に対しては、それ相応の殺し方というものが存在するからね。


 怪我をしない、つまり身体損傷せず、毒も効かない。だからこそ、死にもしない。

 今のアタシの持てる力じゃあ、勇者を殺すことはできない……。今のアタシの力だけじゃ……。


 ……。

 …………。

 ………………。


 今のアタシの力だけじゃあ……?


 …………………………。

 ……………………!!!!!!


 そうか!

 あの手があるじゃないのさ!


 ハハッ、全く……。バカか、アタシは。

 何も、アタシがんじゃないのさ。


 アタシは、勇者を殺せるかもしれない、とある施設の存在を思い出す。

 そして、それは、自由都市アルカンセルの地下に広がる古代遺跡の奥深くにある。


 そうか、あれなら……。


 アタシが、そんなことを考えながら、ワイバーン渡りを見にきた人と、そんな人を相手に商売をしようと露店を出している人でごった返すアルカンセルの目抜き通りを歩いていると、そこにいる人々から「おおっ!!!」と大きな歓声が上がった。


 アタシは、その声に反応して辺りを見回した。人々の視線は空に向けられている。アタシも釣られて空を見上げると、ワイバーンの群れが晴れ渡った秋空を北から南へと飛んでいく姿が見える。


 ……ワイバーン渡り!


「あれが……、ワイバーン渡りかあ!!!」

「なんて、デカいんだ!!」

「すごい……!」

 空を見上げる人々が、口々に感嘆の声を発する。


 アタシもしばらく、空を行くワイバーンの群れを眺める。

 もうそろそろ、ワイバーン渡りが終わるという頃、群れの最後尾を飛ぶ一頭のワイバーンの様子がおかしいことに気付く。……飛び方がおかしい。フラフラと力なく飛んでいるね。


 やがてフラフラと飛んでいるワイバーンは、徐々に群れに付いていけなくなり、飛ぶ高度を落としていく。

「お、おいっ……!」

「あのワイバーン……!」

「こっちに降りてきてないかっ!?」

 人々がザワつきはじめる。ワイバーンは急速に高度を落とし、すぐにその姿が大きくなる。自由都市アルカンセルの目抜き通りの、すぐ上空まで高度を落とす。


 ザワついた群衆はすぐにパニックとなり、ワーワーと叫びながら我先にと逃げだした。

 ワイバーンはそんな群衆の只中に降り立ち、キャオオオオオンと甲高い声で鳴くと群衆を無造作に、翼の生えた前肢で薙ぐ。一人が不幸にも、その薙ぎ払いを喰らい倒れ込む。倒れ込んだその人を、ワイバーンは前肢の爪で引っ掛けて大きく開けた口へと放り込む。

 どうやら、このワイバーンは飢えに耐えかねて降りて来たようさ。


 グチャッという不快な音とともに、ワイバーンの尖った歯の隙間から血が滴り落ちる。

「………………ッ!!!」

 アタシは思わず顔をしかめる。それと同時にアタシは走り出す。ワイバーンに向かってね。


 ……別に、人々を守りたいだとか、助けたいだとか、そういうんじゃないさ。それこそ、勇者みたいな正義感なんて、アタシにあるわけがない。でも、目の前で――暗殺対象ターゲット以外の――人が死ぬのを見るのは寝覚めが悪い。ただ、それだけさ。


 アタシは走りながら、ワイバーンの右目に向かってダガーを投げる。硬い鱗に全身を守られたワイバーンでも、目だけはそうじゃない。そして、ワイバーンにだって利き目はある。このワイバーンの身体の動きから、アタシはコイツの利き目は右目と見抜いた。

 ワイバーンのような、知覚を視力に頼る敵の利き目を最初に潰しておくのは有効な攻撃なのさ。


 アタシが投げたダガーは、真っすぐ飛んで、そのままワイバーンの右目を貫く。不意を突かれたワイバーンは、グギャアアアオオオンと悲鳴のような鳴き声を上げて怯む。


 ワイバーンが怯んだ隙に、ワイバーンの後方へと回り込む。ワイバーンが厄介なのは、尻尾の先端にある猛毒の尾棘さ。もう一本のダガーで、尻尾の先端にある猛毒の尾棘を斬ろうする。

 しかし、アタシが尾棘にダガーを当てる直前で、ワイバーンはアタシを振り払って空中へと飛び立った。

「……チッ!」

 思惑が外れて、アタシはほぞを噛む。

「ガオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!」

 ワイバーンは大きく翼を広げて、残った左目でアタシを睨み、尻尾の先端をアタシに向けて大きくいななく。完全に、ワイバーンが攻撃態勢に入ったかい……。


 アタシも空中のワイバーンを睨み、ダガーを構えた。

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