第22話 勝負の行方

 泥試合だった……。


 実力で勝るガンドロフは勇者を何度となく叩き伏せるけど、何度倒れても勇者は立ち上がる。それが十回、二十回、三十回、四十回、五十回……と続き、ガンドロフは息が上がり激しく肩を上下させている。

「ハァハァ……ゼェゼェ……。なんだよ、倒しても倒しても起き上がりやがる。お前は本当に人間か? ……不死アンデッドじゃあないだろうなあ?」


 対する勇者も、チマチマと弱い攻撃を当てるくらいしかなく、ガンドロフに決定打を与えることはできていない。

「強い……。奴隷市場の警備兵やゴブリンとは格が違う……」

 勇者は立ち上がって、大きく息を吐きながら言う。


 ………………。


 勇者を見ていて思ったことがあるのさ。

 ひょっとして、この子は剣の訓練を受けたことがないんじゃないのかい?

 構え、剣の握り方、腕の振り方、体の運び方。そのどれもが、何か違う。全ての動作がぎこちない。だから、威力のある剣撃が出せないのさ。


 警備兵やゴブリン程度なら、そうであっても勇者の力チートスキルでゴリ押して何とかなったのかも知れないけど、これじゃあさすがに、シルバーランクの冒険者相手にはゴリ押しきれないね。


 だけど、ガンドロフも勇者の力をどうにかすることはできない……。

(まあ、それは今のアタシも同じことなんだけどさ)


「やめた、やめた! やってられねえよ、こんな勝負」

 勇者が倒れて、そして立ち上がって計六十九回。ガンドロフがさじ……もとい巨斧と大盾を投げる。そして、ガックリと肩を落とす。

「……負けを、認めるのですか?」

 アタシは――もちろん、冒険者ギルドの受付嬢を演じたまま――ガンドロフに試合放棄の意思を確認する。試合放棄とは即ち、負けということさ。


「ああ、バカバカしくてやってられねえよ」

 そう言って、ガンドロフはわざとらしくため息を吐きながら闘技場から出ていく。……まあ、気持ちは分かる。気持ちはね。

 いくら倒したって勝てない相手じゃ、やる気もなくなる。


 それでも、負けは負けさ。


 アタシと勇者は、闘技場を出ていくガンドロフを生暖かい目で見送る。

「あなたの勝ちです」

 そして、アタシは勇者に勝利を宣言する。

「う、うん……」

 勇者も勇者で、この勝ちにあまり納得はしていないようさ。


 そりゃそうさ。勇者だって、勝ちは勝ちだけど実力で勝てたわけではないんだから。

 勇者もガンドロフも、そしてこの決闘を見守ったアタシも、モヤモヤとするものが残っていた決闘だった……。


「これで、あなたは冒険者となることが決定致しました。……さて、私はこれにて失礼致します」

 アタシは勇者に儀礼的にそう告げると、闘技場の出口へと足を向ける。

「…………待って、受付嬢さん」


 勇者に背を向けて闘技場から出ようとしたあたしを、勇者は呼び止める。

「はい。どうかしましたか?」

 勇者に背を向けたまま、アタシは答える。

「…………あの、受付嬢さん。どこかで見た覚えがあるってずっと思ってて。気のせいとも思ったんですけど、やっぱり見覚えあるなって」

 勇者がゆっくりと、言葉を選んでる様子で言葉を出す。

「……気のせいではないでしょうか」

 アタシの声が少し上ずるのが分かる。


「ナハリの宿屋にいた時に、屋根から落ちてきた……娼婦の……」


「…………………!!」


「…………………………」

「…………………………」


 闘いと狂騒を司る闘神エンドヴァの領域である、闘技場が沈黙で支配される。


「やっぱり、そうなんですね?」

 背中越しのアタシの様子を見て、勇者は確信したらしい。

「…………ああ、そうさ」

 アタシは素直に認める。こういう時、下手に言い訳をして逃げおおそうとするよりも、素直に認めた方がいい。その方が、変に疑われずに済むのさ。


 勇者……、思っていたよりも勘が鋭いようだね。


「それで、どうしたいっていうのさ?」

 アタシは勇者の真意を問う。

「あなたが本当は、娼婦なのか受付嬢なのか、それとも他の何者なのかは知りません。でも、ナハリの宿屋の時の、あなたはとても強かった。あなたはボクよりも、おそらくさっきのガンドロフよりも強い。だから……」


「だから……?」


「だから、ボクを弟子にしてください!!」


 …………。

 …………………………。

 …………………………………。


「はぁっ!?」


 勇者、お前は何を言ってやがるのさ!?

 アタシは、お前を殺すことが目的なんじゃないかいっ!?

 そんなアタシに弟子入りすんなんてバカなのかい!?


 出かかった言葉を口にする寸前で飲み込む。


「いや、それはっ……」


「お願いします!! 一生のお願いです!」

 勇者は、身体がへし折れんばかりの勢いで頭を下げる。

「ダメだっ! そんなことはできない!」

 アタシは頭をブンブンと振って、勇者のお願いを断る。

「そこをなんとか!!」


「そこをなんとかしたらダメなのさ!」


「ダメをなんとか!」


「ダメをなんとかしたらダメなのさ!」


「お願いします!!! ボクだって強くなりたい!!」


「お前が強くなったらダメなのさっ!!」


アタシと勇者の不毛なやり取りは、しばらく続いた……。

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