第17話 もう一人のギルドマスター

 階段を下りると、そこは遺跡だった。

 入り組んだ通路に、何を表しているのかサッパリ分からない古代文明の壁画がところどころに刻まれた、アルカンセルの地下に広がるる迷宮のような遺跡……。とは言え、ここは掘り尽くされてモンスターもお宝もない涸れた遺跡さ。

 もちろん、アタシはこの遺跡に眠る未知のモンスターだとか、古代文明の強大なマジックアイテムを求めてここへ来たわけじゃない。


 アタシが、この薄暗い地下迷宮を歩いていると誰かが通路に立っている。小柄で痩せ細った目つきの鋭い男。

「……誰かと思ったら、ニコじゃねえか。ナハリに行ってたんじゃなかったのか?」

 男は薄暗い中でも、アタシを見るやすぐにアタシがニコだと気づいた。

「まあ、仕事の関係でね。アルカンセルここに里帰りってわけさ。……そんなことより、ギルドマスターはいるかい?」

 アタシは軽い調子で男に言葉を返す。

「ギルドマスターなら、相変わらず礼拝堂にいるぜ。………………ギルドマスターは、お前の帰りを待ちわびてるぞ」

 男はそう言って、わずかに片方の口角を上げて「ヒヒッ」と小さく笑う。

「いいか、【門番】。アタシとギルドマスターはそういうんじゃなくてだね……」

 アタシは、やれやれと肩をすくめる。


【門番】は、アタシの言葉など聞こえなかったかのように再び「ヒヒッ」と笑うと、早く行けと言わんばかりに通路の先を顎で指す。

 アタシは「はぁ……」とため息を一つ吐いてから、ギルドマスターがいる礼拝堂の方へと歩を進めた。


 誰が何のために造ったのか分からない、この迷宮のような遺跡は、アタシたち裏の人間にとっては、人の目から隠れられる格好の居場所ってわけさ。

 ギルドマスターがいる礼拝堂というのも、本当に礼拝を目的とした場所なのかは分からない。

 崩れて原型が分からなくなった大きな像が中央に配された円形の広場で、もしかしたら古代の人間たちはここで像に礼拝をしていたのかも知れない……。なんて誰かが言い出したもんだから、いつの間にか礼拝堂と呼ばられるようになった。

 そして、礼拝堂はギルドマスターがよくいる場所なのさ。だから、ギルドのメンバーは全員、礼拝堂=ギルドマスターの居場所だと認識している。


 もう分かっだろ?

 ここは、アタシたちのギルド。暗殺者ギルド本部ってわけさ。


 そして、暗殺者ギルドのギルドマスターってのが……。



 礼拝堂に入った途端、寸分の狂いもなくアタシの首目掛けて投擲用ダガーが二つ、速く、音もなく飛んできた。

 アタシは、ダガーが首に刺さって頸動脈から大量に血しぶきを上げて即死する、ほんの少し先のアタシ自身を幻視した。けれども、そこに何の恐怖も慟哭も覚えず、現実には、アタシはそんなことを幻視しながら投擲用のタガー二つを素早くキャッチしていた。


「前回よりも、反応速度が瞬き半分遅い。……ニコ、少し腕が鈍ったんじゃないか?」

 低い男の声。礼拝堂の中央、崩れた像のすぐ下に簡素な椅子に座った長身痩躯の男がいる。まともに整えられたことのなさそうな銀色の長髪。髪に隠れて顔はよく見えないが、髪から覗き見える双眸は、暗く沈んだワインレッドの瞳を持つ。身なりと言えば、粗末な服しか着ておらず、全体の暗鬱とした雰囲気も相まって、この暗い古代遺跡に元からいたような印象を受ける。


「お前の方こそ、前回よりも狙いが蟻一匹分ズレていたさ。そろそろ、ギルドマスターも引退時なんじゃないかい? ……なあ、【鼠】さんよ」

【鼠】というのがギルドマスターの名前さ。いや、もちろんのこと、これが本名だなんてことはない。

 というか、ギルドマスターの本名は誰も知らないし、そもそも本名というものがあるのかどうかすら誰も知らない。それどころか、暗殺者ギルドのギルドマスターということ以外の全てが謎に包まれた男なのさ。



 ただ、暗殺の腕は間違いなく超一流。……いや、ギルドマスターが暗殺をしているところを見たことはない。

 じゃあ、何で、ギルドマスターが暗殺をしているところを見たことがないのに暗殺の腕が一流なのかが分かるのかって言ったら……。


 アタシは両手に持った、投げつけられたダガーを持ち直して順手で持つ。そうしながら、ギルドマスターの方へと歩を進める。

 ギルドマスターは、そんなアタシを見てとると椅子からゆっくりと立ち上がる。そして、懐からアタシが持つダガーと全く同じダガーを二つ取り出して両手に持つ。


 アタシが一歩、二歩と歩を進めると、ギルドマスターも同じく一歩、二歩とアタシの方へ歩を進める。

 そのままアタシとギルドマスターは、お互いに近づく。アタシとギルドマスターの間の距離が、ほんのわずかあと一歩のところまでくる。


 アタシより頭一つ半ほど背が高いギルドマスターの暗く沈んだワインレッドの瞳を、わずかに顎を上げて見やる。その、何の表情も浮かばない瞳で、アタシをやや見下ろしている。


「ギルドマスター……」


「ニコ……」


 お互いがお互いを呼び合って、そして、アタシたちはゆっくりとダガーを構えた。


「何回目になるだろうか」


「一々、数えちゃいないさ」


 そう言って、お互い一つ呼吸を入れる。


「それじゃあ、ギルドマスター」


「……仕事をはじめようか」


 暗殺者の仕事は、

 アタシとギルドマスターは、何回目になるのか、もう数えきれないくらいしてきたを、今回もすることにしたのさ。


お互いがお互いを仕事相手として――。

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