第14話 ニッポンの夜
……………………。神から、スキルを?
澪から借りた『チート勇者の無双伝』の第一話を読んだアタシは、あの勇者を思い出していたのさ。
一切の怪我をせず、毒が効かない。ほとんど無敵と言える勇者の力は、神から与えられたチートスキルというヤツなんじゃないかい……?
『チート勇者の無双伝』の水無瀬勇は、
アタシの
もし、こっちからあっちに行く間に『チート勇者の無双伝』と同じように、神と出会い神からチートスキルを与えられていた……。なんてことはないのかい?
…………。
まあ、
午後十時。夜が暗いのは、どちらの世界も同じだね。
ニッポンでは時刻を十二進数で表す。今でこそ十二進数の時間表記に慣れたけど、こっちに来てからすぐは、一体この数字たちは何の意味があるのかさっぱり分からなかったさ。
「ねえ、ニコ姉?」
本を読み終えて畳の上でゴロゴロしているアタシに、ベッドの上で胡座をかく澪が声をかけてくる。
「どうした、澪?」
アタシは澪に応える。
「……ニコ姉は、異世界に帰りたいって思う?」
澪が何を想ったのか、そう言って少し寂しそうな顔をする。
「……そりゃあ、帰りたいさ」
アタシは澪に応える。
「確かに、ニッポンはいいところだと思うさ。食べ物は美味しいし、人は優しい。それに、治安もいい。アタシの世界と違って、ゴブリンだの野盗だのに襲われる心配もないんだしね。すごくいいところだよ。……でも、アタシには、あっちの世界でやらなきゃならないことがあるのさ」
「やらなきゃいけないこと、って……?」
「………ある奴を殺さなきゃならない」
「………………!!?」
澪が目を丸くして唖然とする。
「え……? 殺……す……って……?」
そして、心底嫌そうな顔をする。
「人を殺すのは……良くないよ」
澪は首をブルブルと振って、何か物凄く不味いものでも食べたかのように顔をしかめてウェーッと舌を出す。
「……人を殺すのは良くないのか?」
アタシは純粋な疑問を口にする。
アタシは生まれてからずっと、人を殺すということしかしてこなかった。だから、人を殺すことが良いとか良くないとか、そういうことを考えたことがなかった。
「うん、良くないよ」
澪が小さく、でもきっぱりと言う。
「…………………………」
アタシはそこで、ふと気付いた。
暗殺者になる前からずっと、アタシにとって何かを殺すということは仕事であり、いつの間にかそれがアタシにとってのアイデンティティにすらなっている、ってことにさ。
「人を殺すことは良くない、のか……」
アタシは、今度は自分自身に問いかけるように小さく呟く。
「そういえば、ニコ姉は異世界では何をしていたの?」
そんなアタシの様子を見て、澪は首を傾げてそう言う。
「………………言って驚かないかい?」
「……その感じだと、絶対驚くこと言いそう」
澪は苦笑いなのか微笑みなのか分からない、複雑な笑みを浮かべて言う。
「ニコ姉が言いたくないなら、言わなくていいよ」
そして、今度は優しく微笑む。
「もし、アタシが……」
「さてさて、明日もガッコなんだし寝よ寝よ。ニコ姉、悪い。電気消してくれる?」
澪はアタシの言いかけの言葉をさえぎってそう言うと、ベッドに寝転がる。
「……ああ、分かった」
アタシはそう澪に返事をすると立ち上がり、部屋の入り口近くにある電気のスイッチを押して電気を消す。
「澪、アタシは……」
アタシはそう言いかける。
「ニコ姉が異世界で何をしてたんだとしても、それはあくまで異世界でのことだよ。
澪はそう言うと「ふぁあ~。眠いぃ~」とわざとらしくあくびをす:る。
アタシは何も答えず、澪の部屋から出た。
部屋から出てアタシがいつも寝ている部屋へとゆっくり歩いてると、廊下で澪の父の貴とすれ違った。
「ニコちゃん、ちょっといいかい?」
貴は、どこか澪と似た優しい微笑みを浮かべて言う。
「ああ」
アタシは頷く。
「知っての通り、澪はあまり自分から積極的に人と関わるタイプじゃなくてね。男手一つで育てたせいもあるのかも知れないんだが……」
「そう言えば、まだ聞いてなかったね。澪の母親は?」
「………………。澪を産んですぐに行方不明になった」
貴が複雑そうな表情をして言う。
「行方不明に……? 何か心当たりは?」
「…………それが、ないんだよ。オレとの仲も良かった。澪を産んだこともすごく嬉しがってた。特に、何か問題があったなんてことはなくてね」
そう言って、貴は寂しそうな顔をする。……その寂しそうな顔も、どこか澪に似ている。まあ、親子なんだから当然か。
「でも、ニコちゃんが来てくれて澪は、何かこう、活き活きとし出した感じがあってね。だから、ニコちゃんには本当に感謝してるよ」
そう言って貴は、少し頭を下げる。
「……感謝されるようなことはしてないさ。むしろ、どこの馬の骨とも分からないアタシを居候させてくれているんだし、こっちが感謝しなきゃならないさ」
アタシは、そう応える。何か、すごくムズムズとした変な感情が沸き上がる。
「そうか。……言いたいことはそれだけだよ。じゃ、おやすみ」
貴はそう言うと、一つあくびをしてから自分の寝室へと歩いていく。ああ、そのあくびの仕方もどこか澪に似ている。これが、親子ってヤツなのかい。
その時、アタシの脳裏に思い出したくもない奴の顔が浮かんだ。アタシの、父……。父と呼べるような代物ではないけど、一応、血のつながりとしては父であるアイツ……。
「少し、夜風にでも当たってくるかね……」
アタシは少しだけ顔をしかめてから、澪と貴がいるこの家の外へと向かった。
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