第10話 熊殺しのアキ
「ニコ先輩っ! あの…………す、好きですっ!!」
またかい。これで今週五回目さ……。
季節は秋の入り口。爽やかな風が頬を撫でる。アタシは今、放課後の体育館裏にいる。今アタシに告白してきた後輩に呼び出されたのさ。
異世界ニッポンに転移してきて一ヶ月ほどが経った。
アタシが転移してきた場所ってのが、異世界ニッポンのナガノ県スザク市ってところらしい。ニッポンの中じゃあ、田舎の部類になるって澪が教えてくれた。
それで、どういう訳だか、アタシはスザク東ヶ丘高校ってとこに通うことになったのさ。
意味が分からない? アタシだって意味が分からないさ。
澪が勝手に――どういう手段を使ったのかは知らないけど――スザク東ヶ丘高校二学年にアタシを編入学させたのさ。
「ニコ姉さんと一緒に学校に行けたらいいなぁ、フフ」とか言ってさ。
もちろん、異世界から来たことは秘密。ガイコクからの留学生ってことになってる。
んで、アタシも異世界ニッポンに来てしまった以上、
それに、元の世界に帰るための手がかりがあるかも知れない。そう考えて、この学校に通いはじめたんだんだがね……。
「…………ああ、気持ちだけ受け取っておくよ」
「だけ」の部分を強調して返事をする。
いざ通い出したら、何故だか女子生徒に告白される毎日で、異世界に帰るための手がかり探しもできやしない。
授業は、数字とよく分からない記号の羅列やら、ナツメソーセキの何とかは何とかであるとかいう物語を読まなきゃならないわ……。
挙句の果てには、化学反応とか何とかってヤツ。そんなん火属性魔法で爆発させた方が早いじゃないのさ。
なんて感じで、退屈でやってられないさ……。
「じゃ、アタシは帰るね」
「あっ、はい……」
アタシはそれだけ伝えると、早歩きで校門へと向かった。
校門の方へ行くと、前方に男子のグループがいる。
いかにも柄の悪そうな男子が数人……。この学校で有名な不良グループだ。
さらに近付いて行くと、状況が分かった。
不良グループが一人の男子生徒を囲んでいる。
「ねえ、遊びに行きたいんだけどさぁ。ちょっとお金貸してくれない?」
不良グループのリーダーと思しき奴が男子生徒をカツアゲしている。周りの不良はそれを見て笑っている。
……ああ、そういうことかい。
アタシは走って一瞬でソイツらに近付く。
「金が欲しいなら、バイトでもしたらどうなのさ?」
アタシはキツめの口調で、不良たちに声をかける。
澪から聞いたことがある。ニッポンの労働形態にはアルバイト、略してバイトというのがあって学生はバイトでお金を稼いでるんだ、って。
「なんだぁ、この女!? ……お前、見ねえ顔だなぁ?」
リーダー格の奴がアタシの顔をジロジロと睨んでくる。
「……コイツっす。話題の留学生」
腰巾着っぽい奴がリーダー格に耳打ちする。まあ、丸聞こえなんだけどさ。
「金が欲しいなら、まともに働けよ!」
ら? アタシは不良どもにそう言う。言ってから、果たして――元の世界で――アタシはまともな仕事をしてるのか……と我が身を振り返ってちょっと心が痛む。
元の世界に戻れたとして、今の仕事を終えたら暗殺者を引退しようかね……。
ともかく、だ。今は不良どものカツアゲをやめさせるのが目的さ。
「なんだよ、留学生の姉ちゃん。熊殺しのアキとは俺のことだぜ。殺られたくないなら、今のうちに謝っといた方がいいんじゃねえの?」
「出たー! 熊殺しのアキ!」
「素手でツキノワグマを殺った伝説の男!」
「スゲェっす、兄貴!」
熊殺しのアキと名乗った不良のリーダー格が特にカッコよくもない口上を述べると、他の不良どもが囃し立てる。
「一つ聞きたいんだが、ツキノワグマってのはそんなにヤバいモンスターなのかい?」
不良どもはアタシの言葉を聞くとキョトンとする。一瞬、場の空気が固まる。
「モ、モンスター……?」
「ああ。殺したことが自慢になるモンスターっていうなら、霊山に棲まう
「………………???」
不良どもが訳の分からなそうな顔をして沈黙する。
「い、言ってることがよく分からねえが、この熊殺しのアキ、逆らうなら女でも容赦はしねえぞ!」
熊殺しのアキはそう言うと、大きく振りかぶって殴りかかってくる。
……これじゃあダメだ。
足を踏ん張っていない。腰が入っていない。これじゃあ、右腕に体重が乗らないじゃないのさ。これじゃあ、食らったところで大したダメージにはならないね。
しかも、大きく振りかぶった分、拳がアタシに届くまでかなりの余裕があるね。これじゃあ、避けるなり反撃するなりしてくださいと言ってるのと同じさ。
アタシはアキの拳をひょいっと軽く
アタシは体勢の崩れたアキの首筋に、軽く手刀を入れる。
「うっ……」
首筋に手刀を入れられたアキは、そのまま地面に倒れ込んで気絶する。
勝負あり、さ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます