第9話 ニッポン人(女) 美鈴澪
行く先に何があるのか分からないまま、灰色の道路の右隅を歩く。
途中、謎の移動物体が何度か走っていった。基本的な構造はどれも同じようだけど、色や形、大きさは様々あるようだね。
そして、その謎の移動物体の走り方を観察して分かったことは、進行方向に対して道路の左側を走っているってことだった。
もしかして、これも
そんなことを考えながら、アタシは歩く。道路は緩やかな下り坂がずっと続いている。周りは小高い山と規模の小さい畑ばかり。
謎の移動物体に人が乗っていたことから推測すると、あれはきっとこの世界での移動手段の乗り物なんだろうさ。
だとすると、物自体は違えども移動手段が存在するってことは、恐らくどこかには人の住む町があるはずさ。
そう推測したアタシは、全身に絡み付くようなベタつく暑さに耐えながら歩き続ける。
ミーンミンミンミン
ミーンミンミンミン……。
時々聞こえてくる、この謎の音は何なんだろうかね……? 不快な音ではないけど、正体が分からない。
しかも、この音は一つじゃない。いくつか重なって聞こえてくる。何かのモンスターの鳴き声、なんてことはないだろうね……。音の正体が分からない以上、用心することに越したことはないね。
更に歩き続けると、町が見えてきた。アタシたちの世界の建物の見た目とは違うけど、明らかに人が造った建物がいくつもある。
町を見た途端、緊張が緩む。異世界であっても、町があり、そこに人がいるんだと思うと安心するものなのか。
我が身のことながら、安心する気持ちが湧いたことが不思議でならないさ……。
ともあれ、アタシは町へと向かう。
……のだが、アレ? おかしいね、身体がやけに熱い……。視界がボヤけはじめ、身体がフラつく。汗が止まらず、頭が痛い。 歩きが鈍り、
今までに味わったことのない感覚……。
「なんだよ、これはさ……」
アタシはそこで意識を失った。
どのくらい経ったろうかね……。アタシは意識を取り戻した。
「……………………」
ボンヤリとする視界に、見慣れない木目の天井が映る。木目の天井を虚ろに眺めて数瞬、自分が寝かされているってことに気付く。
首を左右に巡らせて周りの様子を見る。アタシたちの世界のものとは雰囲気や造りが違うけど、どうも何かの部屋の中にいるようだね。
ベッドではなく床の上にシーツが敷かれている。シーツを通して感じる床の感触は、樫でできた床のような硬さではなく、それよりも柔らかい。
そして、額に冷たい感触がある。額に手をやって、冷たい感触の何かを目の前に持ってくる。水で湿らせたタオルのようだ。
「……………………?」
状況が飲み込めないままでいると、部屋の戸がスゥーッと静かな音を立ててスライドした。
そこから顔を出したのは、黒髪に平たい顔の女だった。肩の辺りまである黒髪は艶やかで、顔は美人というよりは愛嬌のある顔立ちをしている。……へえ、ニッポン人の女を見たのははじめてだけど、アタシたちとは違った雰囲気があるんだね。
ソイツは、アタシと目が合うと恥ずかしそうに「へへっ……」と笑いながら、そぉっと部屋に入ってくる。
そして、アタシの側まで来ると手の平をアタシの額に伸ばしてくる。
「……………………ッ!?」
暗殺者の職業病というのか、咄嗟に手を振り払い、そのまま勢いよく立ち上がってソイツから距離を取って身構える。
「何するのさ!?」
アタシは威嚇するように声を上げたのさ。
ソイツは余程びっくりしたのか、アタシの額に手を伸ばそうとした体勢のまま目を見開いて口を大きく開けて硬直している。
お互いに動きが止まったまま、数瞬が過ぎた……。
「……あ、あの、もう大丈夫なのかなって思って……。迷惑でした……?」
ソイツは絞り出すように小さく声を出す。その様子を見て、危害を加えるつもりがないと判断してアタシは構えを解く。
「…………あ、ああ、すまない。何がなんだか分からなかったから、つい……」
「そうですよね。道端に倒れてたあなたをお父さんが担ぎこんできて、それから丸一日寝てたんですよ。外、暑いし、来た時のあなたって体がすごく熱かったから、熱中症なんじゃないかって。だから、今様子を見に来たら目を覚ましてたから、体もう熱くないのかなって思って……」
「ネッチュウショウ……?」
はてな顔のアタシを見て、ソイツは首を傾げる。
「はい。熱中症です。もしかして、熱中症って知らないんですか?」
「ああ……」
「外国人さんだから、知らなくても仕方ないかぁ」
「ガイコク人……」
またガイコク人って言われたさ……。アタシは、やっぱりガイコク人とかいう種族だと思われてるらしいね。
「まあ、でも、意識が戻って良かったです! お父さんが担ぎこんできた時には、ホント死んじゃうんじゃないかって心配したけど、こんな美人なお姉さんを死なせるなんて絶対できないって頑張って介抱したかいがあったです!」
ソイツは小さく手を叩いて笑顔で喜んでいる。アタシは、それをどういう気持ちで見ればいいのか分からず、苦笑いで返すしかできない。
「そうだ。お姉さん、名前は?」
「……ニコ。ニコさ」
アタシは自分の名前を伝える。
「へえ、ニコ姉さんですね!」
ソイツは笑いながら言う。
「私は、ミオ。
そう言って澪はニコリと笑う。
「澪、か。その、まあ、なんだ。助けてくれて感謝する」
「どういたしましてぇ。……そうだ、ニコ姉さん。ニコ姉さんはどこから来たんですか? こんな田舎に観光するとこなんかないのに」
「アンブロシアさ」
「……アンブロシア? 聞いたことない国だぁ」
「まあ、この世界ではないからね」
「…………………………………………???」
「つまりだ、異世界の……」
「…………ッ!!! え!? 嘘!? そんなことって現実にあるの!?」
澪はアタシの言葉を遮って驚いたように声を上げ、急に落ち着きがなくなる。
「…………………………………………???」
「ニコ姉さん、あなたは、つまり……異世界から来たんですか!?」
「まあ、そういうことになるんだろさ」
「…………!! 最高です! 最高すぎます!!!」
澪はそう言うと、アタシに抱き着いてきた。爽やかな香りがフワリとアタシの鼻を通り、柔い肌の感触がアタシを包む。
いや、でも、いきなりどうしたんさ?
訳が分からない……。
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