第7話 異世界 ニッポン

「…………と、まあ、以上のことから私は、ニッポンという、この世界とは別の世界が存在するという仮説を立てたんだよ」


 ズワシの長い話が終わった。

 ズワシの話をまとめると、こういうことらしい。


 この世界の過去の出来事の記録を調べると、この世界の常識では考えられない不可解な出来事があることが分かる。


 ズワシが話のはじめに挙げたハープルの失踪事件は、ガイスター伯の次男坊レオは生まれた時から体が弱く、何をやらせても上手く出来なかったために無能とされ引きこもりの生活を送っていたが、十歳の誕生日を迎えた日から人が変わったのように才気煥発になった。

 人格がまるで変わったレオを気味悪がったガイスター伯以下ガイスター家の面々は、レオを辺境地送りにしようとしたが、レオは幼なじみであり従者のアイシャとともに姿を消し、それ以降、彼らの行方は分かっていない、という事件だ。

 その後、この不可解な事件の調査が行われたが、事件解決に繋がる手がかりは何もなく事件は迷宮入りした。

 ただ、レオの世話をしていた侍女の一人が「どんな状況だったのかは覚えていないがレオ様の口から『ニッポン』という、全く聞いたことのない、それが何なのか全く分からない言葉を聞いた」と証言している。


 その他にも、記録に残っている不可解な出来事の多くに、ニッポンという謎の存在が絡んでいることをズワシは突き止めたんだとさ。


「……で、それで、自分の仮説が正しいことを証明するために、わざわざ禁忌の召喚魔法でニッポンから人を召喚したってわけかい?」

 アタシは呆れ気味にズワシに訊ねる。

「まあ、そういうことになるね。私の仮説が正しかったことが証明されたんだよ。異世界ニッポンはあった」

 ズワシは涼やかに微笑みながら答える。


「で、召喚したのがアイツなのか……」

 アタシは、あの黒髪に平たい顔の勇者を頭に浮かべる。マスターが推測したように、勇者が異次元の世界からやってきたというのは本当だった、ってことだね。

「じゃあ、もしかして、勇者の力ってのはニッポンって世界の奴らが持つ力ってことなのか……?」

 アタシは勇者の厄介な力を思い出す。怪我をせず、毒も効かない。故に、暗殺を成し遂げるのはほぼ不可能……。

「さあ? それは分からないね。勇者を召喚して以降、彼の動向を見守ってはいるけれど、勇者の力に関しては君の方が知っているはずだよ」

 ズワシは、相変わらず涼やかに微笑みながら、手に持った空のティーカップを手品のように消したり出したりする。

 こんなズワシの余裕ぶった態度にちょっとだけムッとさせられることがあるのさ。まあ、ズワシはいつもこんな感じだから、一々ムカついていても仕方がないのだけどね。


「そうか、分かった。……で、それを伝えるためにアタシを呼んだのかい?」

 ズワシなら魔術師ギルドにいながらにして、勇者を見ておくことは簡単なことだね。当然、アタシのこれまでの行動もズワシは把握してるはずさ。

「それもあるよ。でも、わざわざ影まで使って君を呼んだのはそれだけじゃない。と言うか、本題はここからなんだよ」

 ズワシはそう言うと、アタシには聞き取れない言葉を口にする。何を言っているのかは分からないが、魔法の詠唱だってことは分かる。ズワシが短い詠唱を終えると、目の前にあるティーセットが瞬時に消える。


「さて、ニコ。私の友人。今の話を聞いて、俄然ニッポンに興味が湧いたんじゃないか?」

 ズワシがソファから立ち上がり、幾何学模様が描かれた部屋の中央に向かっていく。アタシもズワシにつられて、ソファを立ち上がる。その瞬間、ソファとテーブルも消えてなくなった。

「いや、興味なんか湧いてはいないさ。そんなことより、あの勇者を殺す手立てを考えなきゃならないのさ」

 アタシは部屋の中央まで歩を進めたズワシに向かって言う。


「…………。私はこの世界とは別の世界であるニッポンに、凄く興味があるんだ。だから、ニッポンの住人がどんな存在なのかを知りたい。彼を一体どうするのか、この世界はどうなるのか。あるいは、彼がこの世界でどうなっていくのか……。それを知りたいんだよ」

 ズワシはゾッとするほどの涼やかな微笑みで言う。

「……そうして、何をしたいのさ?」

 昔から何を考えているのか、よく分からない奴だったがそんなことを考えていたとはね……。


「何も。ただ、どうなっていくのかを知りたいだけだよ。君は、彼を暗殺のターゲットにしてる。……果たして。それがどんな帰結を迎えるのか知りたい」

 ズワシは愉快そうに笑いながらアタシを見てそう言うと、幾何学模様の中心で両腕を広げる。それと同時に、幾何学模様が紅く輝きはじめる。そして、全く魔力のないアタシでも感じられるほどの魔力が部屋全体に渦巻く。

「でも、ニコ……。私の友人。私はもう一つ知りたいことがあるんだ。それは、異世界ニッポンはどんな世界なのか、ということだよ」


「……もしやズワシ。ニッポンに行きたいのかい?」


「ニコ、お願いがあるんだよ。?」


「それが本題ってヤツだったのかい!? っていうか、何でアタシが行かなきゃならないのさ!!」


 ズワシは、アタシの必死の疑問には答えず両腕を振り上げる。部屋に渦巻く魔力は激しさを増す。部屋の四方にある本棚の本がバサバサと一斉に床に落ち、空間が軋む。幾何学模様は紅く妖しい光線を放つ。

 アタシの感覚は全ておかしくなり、意識が飛びそうになる。必死に正気を保とうとするも、それが保つのは僅かな時間だけ。

 ここに至ってようやくアタシは気付く。部屋の中央に描かれた幾何学模様は、アタシを異世界ニッポンへ送るための転移魔法陣。


 ズワシは、最初からアタシをニッポンへ転移させるつもりだったのさ。


 でもズワシ、何でアタシをニッポンへ?


 アタシの疑問すらも転移魔法陣は飲み込んでいく。


 ……。

 …………。

 ………………。


 そこで意識が止まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る