第5話 竜人 キア

「……あ、ああ。実はそうなんだ。その……をしていると色々あってさ、ハハ……」

 アタシは勇者と金髪エルフの勘違いにのることにした。それが、この場を乗り切る最善の手さ。


「……心中、察しますわ」

 金髪エルフが神妙な面持ちで声をかけてくる。

「あ、ああ……」

 アタシにしては間の抜けた返事が口から出る。いやぁ、何だかこの金髪エルフは調子が狂う。


「……………………ッ!?」

 瞬間、背後に殺気を感じる! アタシが考える間もなく、体が殺気に反応して身をかがめた。

 パァン、という乾いた音と空気が震える感触がアタシの体に伝わってくる。それと同時に、つい一瞬前にアタシの頭があった場所を拳一つが通過する。


 アタシはその体勢から側転をして、殺気の持ち主から距離を取った。側転と同時に体を反転させて、殺気の持ち主と相対する。


 ……竜人ドラゴニュート、か。

 昨夜この部屋に潜入した時に、勇者とともに寝ていた金髪エルフともう一人の方。


 燃え盛るような紅い髪は、腰のあたりまであるストレートロング。両側頭部からは、樫のように曲がって節のある黒い角が生えている。

 アタシを真っ直ぐに睨む、その瞳は濃い橙色に爬虫類のような縦長の瞳孔がある。それでいて、通った鼻筋、ぷくりと膨らんだ唇と整った顔立ちをしている。


 まだベッドルームにいると思っていたけど、いつの間にかアタシの背後に回っていたのかね……。


「シロウくんに手を出すなぁ!!」

 竜人はアタシに、燃え盛るような紅髪と同様、激しく燃え盛る怒りを向けてくる。どうやら、アタシと勇者がことに凄まじくご立腹のようだね……。

「キア、落ち着いて! ボクとこの人はじゃない!」

 勇者が慌てて、アタシを指差しながらキアと呼ばれた竜人を制止する。


「例えシロウくんが許しても、キアは許さないんだから!」

 竜人はそう声を張り上げると、アタシが側転で離した距離をステップで詰めてくる。ワン、ツーとステップを踏み、その勢いを利用して殴りかかってくる。


「アタシは別に、はしていないさ!」


「言い訳無用! どっからどう見ても娼婦だよね!?」


「今までの話を聞いてなかったのか!?」


「聞いてない!」


「人の話を聞け!!」


 何のひねりもない、真正面からのストレートパンチだね。そんなパンチじゃ、いくら威力があろうが対応するのは朝飯前さ。


 アタシは竜人のストレートパンチを両手で受け止めると、そのまま腕を掴んでひねりを加える。

「おわぁっ!?」

 次の瞬間、竜人が情けない声をあげる。と同時に、竜人の体が綺麗に縦回転しながら宙に浮く。そして、ドタンッと大きな音を立てて床に叩きつけられる。


 一瞬のうちに床に叩きつけられた竜人は、何が起きたのか全く分かっていないらしく、床に寝そべったまま目を白黒させている。


 驚いたのは竜人だけじゃない。勇者も金髪エルフも、何が起きたのかよく分かっていないらしく、アタシと竜人を交互に見ながら口をパクパクさせている。


 ここに至って、アタシは自分がどんな格好をしているのかを再び思い出す。……娼婦さ。


 つまり、だ。屋根から飛び降りた娼婦が、勇者に助けられてこの部屋に入った、そんな可哀想な娼婦が、まさかだなんてここにいる三人には信じられやしないだろうさ。


「えーと、貴方、本当に娼婦なのですか……?」

 恐る恐るといった感じで、金髪エルフが声をかけてくる。

「…………あ、ああ、そうだな。こんな仕事をしてると、色んな人を相手にする。全員が全員、善人ってわけでもないさ。だから、まあ、護身のためにちょっと、ね……」

 アタシ自身のことながら、苦しい言い訳だと思うさ。


「すごいっ! 初手でキアが、こんなに簡単に倒されたのは初めて!」

 物凄く天真爛漫な声とともに、竜人がガバッと勢いをつけて起き上がる。そして、爬虫類のような縦長の瞳孔を目いっぱい広げて、アタシをキラキラとした視線で見つめてくる。


 そして、立ち上がった勢いのままステップを踏んでアタシに近づいてくる。すわ、再びパンチか!? と警戒して構えを取ったアタシの拳は、次の瞬間、竜人の拳に力強く握られる。 

ねえさんと呼ばせてください!!」

 アタシの手よりも小さく、触り心地の良い竜人の手……。ほんの少しだけ、鼓動が弾む。


「へ……? ね、姐さん?」

 アタシはつい間の抜けた声を出す。

「はい! さっきの見事な体捌き、キアはすごくすごく感激しました! だから、敬意を込めて姐さんと呼ばせてください!!」


「いや、そんな純粋無垢なキラキラした瞳で見つめられてもさ……」

 …………顔が近い。今にも唇と唇が触れ合いそうだよ。


「キア、人を困らせたらダメだよ」

 勇者が困り顔のアタシを見かねて、竜人を諭す。

「…………分かったぁ」

 諭された竜人は、ほっぺを膨らませて不満げな表情を浮かべて、渋々といった感じでアタシの手を離し体も離す。


 部屋は、静寂に包まれる。


「……あのぉ、再びの質問で恐縮ですが、貴方、本当に娼婦なんですか……?」

 一瞬の後、金髪エルフが静寂を破る。


「………………」

 アタシは窓の外を見る。なんだかんだとやっている内に、外はかなり明るくなっている。

 こりゃあ、ヤバい。早くこの場を退散しなきゃだね。


 アタシは金髪エルフの疑問に答えず、素早く開け放たれたままの窓へと身を躍らせる。

 一瞬の出来事に、アタシ以外の三人は何も反応できない。


「それじゃ、アタシはここでお暇させてもらうさ!」

 その一言だけを残して、窓からダイブする。


 呆気にとられた勇者たちの、声にならない驚愕の声を背中で聞きながら。

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