第4話 金髪エルフ シア

 夜が明ける――。

 東の空が白みはじめ、太陽がベスツィ連峰の尾根から顔を覗かせる。


 今頃、勇者サマは主神シェセマの御元へと旅立っているはずさ。……まあ、果たして、異次元の世界から来たらしい勇者がシェセマの御元に旅立てるのか否か、って問題はあるだろうけどね。


 とにかくだ、勇者サマの死に顔を見なけりゃ仕事は終わらない。

 アタシは立ち上がると、昨夜と同じように勇者の部屋の窓の上まで行き屋根の縁に立つ。


 アタシが屋根の縁に立って窓を見下ろすと同時に、窓がバッと開かれる。

「オエェェェェェ! ウエエェェェ! ハァ、気持ち悪……」

 呻き声とともに開いた窓から黒髪が突き出る。

「…………………………!?」

 …………勇者、か? アタシは、昨夜ベッドで寝ていた三人を思い出す。一人はエルフ。もう一人は竜人。そして、勇者。

 その三人の内、この黒髪の持ち主に当たるのは勇者しかない。


 勇者が、生きてる……。毒に耐えたって言うのかい?

 まさかとは思うが、勇者の力ってヤツには毒の耐性も備わっているのか……?

 アタシは勇者の真上で、計算外の出来事に動揺していた。


 次の瞬間、アタシは屋根の縁から足を踏み外していた。

「あっ……」

 小さく声を出した瞬間、ガタンッ! と派手な音が立つ。それと同時にアタシの視界が大きく傾く。そして、間を置かずに体が宙に投げ出される。


「気持ち悪~……。って、ええええええ!?」

 アタシは宙に投げ出されながら、勇者が大きな音に反応して上を見るのを見た。勇者は驚き声を上げながらも、咄嗟に窓から腕を伸ばす。


 ほんの一瞬の内に、アタシの体は勇者の腕の中にあった。

 勇者は、自身の腕にかかっている衝撃に負けて、アタシを落としてしまうのを必死に堪えている。

 アタシも自分自身が落ちないように、瞬時の判断で勇者の胴体の方へ体重をかける。


「お!? おわああああぁぁぁ!」

 急に自分の胴体の方に重さがかかってきた勇者は、その重さに耐えきれずに後ろ向きに倒れていく。

 その結果、アタシと勇者はもつれ合いながら部屋の中へと倒れ込んだ。


「………………」

「………………」


 アタシと勇者は、体が重なり合うように倒れ込んでいた。アタシが上。勇者が下。

 意図せず、お互いがお互いを見詰める状態になっている。


 勇者は、一〇代半ばと言ったところかね。まだほんの少し幼さが残る平たい顔立ちに、クセのない真っ直ぐな黒髪。この世界ここらへんでは見かけないタイプの顔……。勇者が異次元の世界からやってきたってのは、本当なのかも知れないね。

 ってかさ、コイツ、顔を真っ赤にして、視線がアタシの顔と胸を行ったり来たりしている。……ハァン、さてはアタシを見て興奮してるな?

 



「シロウさまぁ~!? どうかしたのですか~!?」

 女の声が聞こえる。それと同時に、ベッドルームからシュミーズ姿のエルフが出てくる。

 ロングテールの金髪に面長な顔立ち。ほんのわずか釣り上がった目に浅葱色の瞳。鼻は筋が通り小さい。淡い紅色の唇は肉薄だが上品。美人の部類に入るが、キツい印象はなくやわい印象を受ける。


「シロウさまぁ…………っ!?」

 金髪エルフはアタシと勇者の体勢を見ると、事態が飲み込めないのか一瞬だけ無表情になり、そしてすぐに事態を飲み込んだらしく、徐々に怒りの表情へと変わっていく。

「シ、ロ、ウ、さ、ま……?」

 エルフの白い肌は、その白さゆえに怒りで顔が赤くなるのがよく分かるな……。と妙に冷静な自分が金髪エルフを観察する。

 いやぁ、をやっていると、どんな時にでも観察をする癖がついてしまう。職業病さ……。


「いや、違うんだ! 違うんだよ、シア!」

 勇者はあたふたとしながら、シアと呼ばれた金髪エルフに向かってシドロモドロに声を出す。

「……何が違うんですか、シロウさま? 目の前にいるのは、どう見ても娼婦のようですけど?」

 鋼鉄をも溶かすドラゴンの炎かのような赤い顔から急転直下、今度はフロストジャイアントが纏う絶対零度の氷かのような顔になる金髪エルフ。


 そして、その金髪エルフの言葉で、アタシ自身、自分がどんな格好しているのかを思い出す。

 ああ、そう言えば、霧と繭亭ここに来る時に、ヴェルローの娼婦に変装したんだっけか。


 つまり、だ。今のアタシと勇者の状況を、これまでの経緯を知らない第三者が見たら、娼婦と客がようにしか見えないってことさ……。

「違うんだ、シア! ボクはヤラしいことなんて全然してない! ボクはただ、この人を助けようと……!」

 勇者がさらにあたふたしながら、必死になって金髪エルフに説明しようとしている。


「娼婦を……助けた……? どういうことですか?」

 金髪エルフがジト目でアタシと勇者を見る。

「え~と、この人が屋根から落ちてきたんだよ」

 勇者がアタシを指差しながら、金髪エルフに答える。

「そうなんですか?」

 金髪エルフは、冷たい声でアタシに訊ねる。


「………………そうさ」

 アタシは勇者から体を離し、立ち上がりながら答える。

「ほら、シア。ボクは無実だよ」

 勇者が濡れ衣は晴れたとばかりに、声を大きくする。


「まあ、確かに、シロウさまが娼婦を買うだなんてことをするお人だとは思えませんけど……」

 金髪エルフはアタシと勇者の交互に視線を向けつつ、拗ねたように声を出す。


「でも、何で貴方はこんな朝早く、屋根から落ちたんですか?」

 金髪エルフはアタシへと視線を向け、訝しむようにだね。


「あー、それはさ……」

 アタシはどう答えるか思案を巡らす。


 まさか、勇者を殺そうと寝ている勇者に毒を盛って、屋根の上で勇者の死を待ってその死を確認しようとしたら、当の勇者が生きていたので動揺のあまり屋根から転げ落ちました、だなんてことは口が異次元のかなたまで裂けても言えないことさ……。


「……シア。この人、屋根から落ちてきたってことは、つまり、その……」

 勇者が立ち上がりながら口ぶりで金髪エルフに言う。

「…………ああっ。私としたことが、何て無遠慮なことを。娼婦の方、本当に申し訳ありません」

 勇者の言葉を受け取った金髪エルフも、何かを察したかのように、急に気まずそうな表情になりアタシに向かって深々と頭を下げる。


 つまり、だ……。コイツら、アタシが自殺を図ったと勘違いしてやがる!

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